*

『日の名残り』 自分で考えない生き方

公開日: : 最終更新日:2021/09/17 映画:ハ行,

『日の名残り』の著者カズオ・イシグロがノーベル文学賞を受賞した。最近、この映画版の話をしていたばかりだったので親近感が湧いた。ジェームズ・アイヴォリー監督でアンソニー・ホプキンスとエマ・トンプソン主演のこの映画、原作者の人物像などまったく気にしていなかった。イジワルな視点もふんだな本作。純粋なイギリス映画と思っていた。今回のノーベル賞受賞で、原作者が日系人だと初めて知った。日系英国人によって書かれた話となると、作品の感じ方も変わってきてしまう。

原作未読なのでわからないが、ジェームズ・アイヴォリー監督作なので、きっとロマンスが強く脚色されているんだろう。

仕事はできるけど、生きるのが下手な人間の悲しみを、アンソニー・ホプキンスがこれでもかと演技をしている。主人公本人にとっては、苦しく悲しい人生観なのかもしれないが、映画として客観的に描かれると、主人公の挙動ひとつひとつが笑えてしまう。悲劇と喜劇は紙一重。

舞台は第二次大戦直前のイギリス。アンソニー・ホプキンス演じるスティーブンスは、極右貴族の元に仕える執事。仕事は完璧だ。住み込みで働く執事というのは、ファンタジーの題材によく使われる。生活のすべてが職場に従しているのだから、プライベートなどない。彼の人生そのものが執事の仕事。恋愛やら、自分の家族を持つなんて考えたこともない。おのれの人間性をひたすら押し殺す。たとえ実の父が倒れても、それは仕事を邪魔する厄介ごと。自分の人生を向き合おうとしないスティーブンスの逃げ腰な態度に、だんだんかわいそ過ぎて笑えてくる。

いつだって人生に取り返しはつくものだ。年甲斐もなく新しいことに挑戦することは、一見バカにされそうだが、本当はとてもいいこと。

でも、本来その時にやるべきことに向き合わずにできてしまう「人生の忘れもの」があまりに多くなり過ぎてしまうと、おのずと自信がなくなり「怖いもの」ばかりになってしまう。面と向かって人と話すのも恐怖。もうそうなるとただの偏屈になるしかない。

エマ・トンプソン演じるケントンが、読書しているスティーブンスに何を読んでいるのか聞く場面がある。スティーブンスは頑なに本を見せない。この場面の緊張感たらない。このやりとりがなんともエロティック。アンソニー・ホプキンスもエマ・トンプソンも演技がうますぎ!

スティーブンスが読んでいた本は、かわいらしい恋愛小説。ケントンは最初はわいせつな本なのかと推測したが、スティーブンスは「ご主人様の書棚にそんなものがあるはずがない」と否定する。ならば政治的に危険なもなのかと疑うと、そうでもない。大のおじさんが、恋愛小説を読んでたのが見つかったくらいで、これほどの動揺。

スティーブンスは仕事以外のことは、とにかく何も考えない。主人の思想ややっていることにも関心がない。自分にはとやかく言える立場ではないと。戦争を食い物にしているマッチョな連中が屋敷に集まる。本来のスティーブンスならきっと苦手な連中だろう。

恐ろしい行いをしている者への「考えない」という行為は、それを加担するのと同等だ。仕事以外のことは考えない。自分の人生のことも、自分の周りで起こっていることも。スティーブンスは、彼の人生において多くのチャンスを逃していく。

ケントンと再会した、人生の黄昏期のスティーブンスは、ケントンのあの頃の気持ちを初めて知る。でももう遅い。覆水盆に返らず。日の名残り。いままで変化を拒み続けた男は、きっとこれからも変わらない。成長を拒むことの愚かしさ。

「仕事仕事」と自分の人生と向き合わず、ただただ忘れものばかり増やし続ける日本のビジネスマンにも近しいものがある。日系人であるカズオ・イシグロの遺伝子が囁いているのだろうか。ワーカホリックという病。

思えば現代日本の中高年の男性で、やたらとおセンチな作品を絶賛する姿も、同じ悲しみをはらんでいる。

不思議なのはエマ・トンプソン演じるケントンが、なぜスティーブンスのような男に惹かれたのか? そもそもそこに不幸がある。戦争で一儲けしようとする危険思想の貴族の屋敷で、日々生活と仕事をしていて、知らず知らずのうちに心を蝕まれていったのか。ちょっと考えれば、そんなところで働きたいと思うはずがない。

仕事はめちゃくちゃできるけど、ダメ人間な男女の話。闇は深いが、それをユーモアで包んでいるのは上質な大人の味わい。

静かで暗い話なのに、終始ニヤニヤさせられる。不思議な感覚の映画だ。

関連記事

『アデル、ブルーは熱い色』 心の声を聴いてみる

2013年のカンヌ国際映画祭で最優秀賞パルムドールを受賞したフランス映画『アデル、ブルーは熱

記事を読む

『ドグラ・マグラ』 あつまれ 支配欲者の森

夢野久作さんの小説『ドグラ・マグラ』の映画版を久しぶりに観た。松本俊夫監督による1988年の

記事を読む

no image

『FOOL COOL ROCK!』サムライ魂なんて吹っ飛ばせ!!

  『FOOL COOL ROCK! ONE OK ROCK DOCUMENTARY

記事を読む

no image

『とと姉ちゃん』心豊かな暮らしを

NHK朝の連続テレビ小説『とと姉ちゃん』が面白い。なんでも視聴率も記録更新しているらしい。たしかにこ

記事を読む

no image

原作への愛を感じる『ドラえもん のび太の恐竜2006』

  今年は『ドラえもん』映画化の 35周年だそうです。 3歳になる息子のお気

記事を読む

『星の子』 愛情からの歪みについて

今、多くの日本中の人たちが気になるニュース、宗教と政治問題。その中でも宗教二世問題は、今まで

記事を読む

no image

『湯殿山麓呪い村』即身仏、ホントになりたいの?

  先日テレビを観ていたら、湯殿山の即身仏の特集をしていた。即身仏というのは僧侶が死

記事を読む

『ファンタスティック・ビーストと黒い魔法使いの誕生』その扇動、のるかそるか?

『ハリー・ポッター』シリーズのスピンオフ『ファンタスティック・ビースト』の第二弾。邦題は『黒

記事を読む

no image

『高い城の男』占いは当たらない?

  映画『ブレードランナー』の原作者フィリップ・K・ディックの代表作『高い城の男』。

記事を読む

no image

『ジュブナイル』インスパイア・フロム・ドラえもん

  『ALWAYS』シリーズや『永遠の0』の 山崎貴監督の処女作『ジュブナイル』。

記事を読む

『ロード・オブ・ザ・リング』 ファンタージーがファンタジーのままならば

Amazonのオリジナル・ドラマシリーズ『ロード・オブ・ザ・リ

『鎌倉殿の13人』 偉い人には近づくな!

NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』が面白い。以前の三谷幸喜さん

『星の子』 愛情からの歪みについて

今、多くの日本中の人たちが気になるニュース、宗教と政治問題。そ

『コーダ あいのうた』 諦めることへの最終章

SNSで評判の良かった映画『コーダ』を観た。原題の『CODA』は、

『あしたのジョー2』 破滅を背負ってくれた…あいつ

Amazon primeでテレビアニメの『あしたのジョー』と『

→もっと見る

PAGE TOP ↑