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『365日のシンプルライフ』幸せな人生を送るための「モノ」

公開日: : 映画:サ行

Eテレの『ドキュランドへようこそ』番組枠で、『365日のシンプルライフ』という、フィンランドのドキュメンタリーを放送していた。調べると、この作品は本来は劇場用作品で、日本でのテレビ放送用に再編集した短縮版らしい。すぐさまオリジナルの映画版を観てみた。

監督で主人公のペトリは26歳。その青年が、何もない部屋で全裸で立ち尽くしている。そして雪の積もる深夜のヘルシンキの街を、裸のまま走り抜ける。冒頭からつかんでくる。

ペトリ・ルーッカイネン監督の日常の生業は映像関係。撮影や編集の技術、ドキュメンタリーの語り口はたくみだ。ペトリはある実験を試みる。それはとても個人的なこと。この映画はその記録。

ペトリはモノが大好き。部屋中はたくさんのガジェットに溢れてる。仕事もあるし友達も多い。でもなんだか虚しい。モノがたくさんあっても、ちっとも満たされない。いっそモノを生活から全部取っ払ってしまおうと、近所のレンタルボックスに押し込めてしまう。そして1日1品だけ、レンタルボックスから部屋へ持ち帰っていいというルールをつくる。はたして自分のモノに対する気持ちがどう変化していくか? はたから見るには楽しいが、本人にとっては命がけのサバイバルだ。

映画を観ている我々観客は、ペトリの視点になっているので、このおかしな実験もあまり奇異に感じない。でも考えてみれば、ある日突然、自分の家族か友達が、部屋中の荷物をすべて手放すなんてことをしたら、心配以外の感情は起きないものだ。

家族や友達たちもペトリのバカげた実験に懐疑的だ。「そんなことしなくたって、結果は分かってるじゃないか」って。

ペトリの小学生のいとこですら、「そんなことしてるヒマがあったら、ガールフレンドでも探した方がいいんじゃない?」と、的を得たことを言われてしまう。人が極端な行動に出るときは、辛い現実を受け入れられない場合が多い。なんやかんやと高尚な理屈をつけて、自分の殻に逃げ込もうとするものだ。

ここで面白いのは、ペトリの実験を批判する周囲の人たちは、つまらないことを言っていないということ。日本人が誰かを諭さんがために放たれる言葉は、凡庸でシラけるものばかり。当事者は当然、いちばん最初に浮かぶであろう陳腐な一般論。大きなお世話。それでも強行しようとする人に対しては、ちゃんと向き合って己の言葉で意見を言わなければ、相手には響かない。

立派だなと感じたのは、小学生のいとこですら、自分で考えた自分なりの意見を、年上のペトリに発している。とどのつまり、この子はこの映画の結論を、当初に言い当てている。おそるべき子ども!

フィンランドは、世界でいちばん幸福度の高い国だというのはよく聞く話だ。それはいい政治家がそろっただけではなさそうだ。国民の一人ひとりが自分で考える力を持っていて、それを表現していった結果だ。国民が賢いと、政治家もおいそれとナメたマネはできない。小さな個人の意見のたくさんの積み重ね。それがなければ国という大きなものは変わらない。個人個人の小さな知性が、幸福への近道だ。

映画のプロモーションで来日したペトリが、いまフィンランドの若者では、環境について考えるのがブームだと言っていた。日本でブームと聞くと、現実逃避系のエンタメに興じる姿しか浮かんでこない。知的格差が恥ずかしい。

ペトリはよくおばあちゃんに相談する。このおばあちゃんがとても気の利いたことを言うステキな人。

「女は荷物が必要なのよ。でも年を取ってくると、それほど必要なものはない。モノがあるから幸せなのではなくて、モノは幸せの小道具でしかないのよ」って。

男がモノを集めるのは、経済力を誇示するためのものなのかも知れない。「僕はあなたの欲しいもの揃えられる力がありますよ」って、無意識のうちにアピールしてる。まるでクジャクのオスが派手な羽を広げて、メスにアピールしているかのようだ。

このドキュメンタリーをみていると、とにかくフィンランドの人たちはモノを大事にしているのがわかる。壊れた電気製品も、できる限り自分で修理しようとする。一般人が持っている工具の多さに驚かされる。日本ではすぐにお金を出して、人に直してもらおうとしてしまう。だからこそ修理不能と判断したとき、それを手放すのがとても悲しそうにみえてくる。

ペトリは、このドキュメンタリーが、ただただモノを取り返している自分の姿を記録するだけではダメなことをよく知っている。モノに依存しない生き方。おのずとペトリは、当たり前の答えを見つけていく。

男性の物質主義が、女性へのアピールとなるならば、ひとたびカップルが成立した場合、様相は変化する。経済力の誇示が、カップルというチーム結成によって作戦が変わってくる。単身時には浪費は重要な社会性だったが、パートナーができれば、節約こそが生きる糧となっていく。真逆になる。

ペトリが部屋から搬出する荷物の中に『ファイトクラブ』の本が混じっていた。きっとペトリはワザとその本を目立つところに置いたんじゃないか?

『ファイトクラブ』は、90年代に物質主義への警鐘を鳴らした小説。デヴィッド・フィンチャーの映画もヒットした。ミニマリズムが定着した現代。なんと先見の明のる題材か。当時サッパリ分からなかった『ファイトクラブ』も、今だったらしっくり当たり前のこのとして受け入れられそうだ。

サブカル好きの自分のような人たちは、その時々の流行の最先端を、意味もわからず追いかけてしまうことがある。当時、物質主義への問題意識も、それほどなかったはず。トンがったものを追いかけていたら、いつのまにか人間的な素朴な生活を見返していたとは、なんとも皮肉。

モノを持たないことがおしゃれになる時代がやってくるとは、まさかまさかだが、とてもいいことだと思う。

ネタバレになってしまうが、映画の冒頭では独り身だったペトリが、「実験」の途中でガールフレンドと出会う。彼女がなんとなくペトリのおばあちゃんに似ているのに嬉しくなってくる。映画は気持ちのいい着地点へ到達する。

どんなにトンがってみても、人は人らしく生きていくことがいちばん幸せだ。どんなにへ理屈をごねても普遍的なものには敵わない。

当たり前のことを当たり前にできない世の中だからこそ、じっくり自分で考えて、自分の人生を設計していかなければならない。答えは一つじゃない。どれを厳選するかもセンス。

物質主義という単独プレーだったペトリが、パートナーとチームプレーに作戦変更した瞬間だ。これからもこの情報過多な世の中で生きていかなければならない我々の、一つの解答例がここにある。

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