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『ツイスター』 エンタメが愛した数式

公開日: : 映画:タ行, 配信, 音楽


2024年の夏、前作から18年経ってシリーズ最新作『ツイスターズ』が発表された。そういえば前作の『ツイスター』は観ていただろうか。『ツイスター』公開当時、ものすごい話題作になっていたし、映画館へ行けばいつもこの映画の予告編がかかっていた。いつしか自分は『ツイスター』を観た気分になっていた。新作も公開されたので、前作でも観てみようかと思って配信ボタンを押してみると、まったく記憶にない初見の映像が流れてきた。そう、すっかり観たつもりで観ていなかった超話題作の『ツイスター』。

どうしてこの話題作を観ていなかったのだろう。人気と言われれば、一応観てみるミーハーな自分。単にこの映画が怖そうだったので、観るのをやめていたのを思い出す。自分は大のホラー映画恐怖症。『ツイスター』はホラー映画ではないけれど、怖いことばかりが起きそうな映画だったので、観るのを避けていた。こうして18年の時を経て、新作が発表されたのを機に、過去の映画を観てみるのも、興味深い出会いでもある。

新作の『ツイスターズ』は、自分が見ているSNSではとても好評。母国アメリカでも、この夏の人気作となっている。近年の気候変動で、アメリカのみならず日本でも竜巻注意報が頻繁に発令されるようになってきた。これは人間の環境破壊による天災だから、ちっとも良いことではない。前作の時代では、いささかファンタジー要素の強かった竜巻による被害も、いよいよ世界各国でも身近な自然災害となってきた。だからこそのこれだけ間をあけての新作公開になるのだろう。単純に今のハリウッドに企画がないのもあるけど、今の映像技術で今一度同じテーマを扱ってみようという試み。前例がある分、企画が通りやすそう。

日本では物価高騰や円安、さらには戦争にまつわるきな臭い雰囲気まで漂っている。それに加えて台風上陸や南海トラフによる大地震に備えよと、とてもリラックスできない夏休みの状況となってしまった。地球温暖化の影響で、夏の気温上昇。日々、熱中症の危機もある。NHKのテレビ画面は、注意報の情報量で目眩すらしてくる。過度な注意報に煽られて、トイレットペーパーなどの日用品が店頭から無くなったりしている。中でも米不足は深刻。お盆の時期にこの様子では、今年の夏はのんびりディザスター映画など観る気にもなれない。まさに現実世界の方がディザスター状態。

それでも新作の『ツイスターズ』はきっと面白いのだろう。この新作映画、アメリカでは大ヒットしているが、日本では観た人の評判こそはいいが、ヒットはしていない。相変わらず日本の映画チャートは、国内作品ばかりが占めている。いつしか日本人は海外のカルチャーから目と耳を塞ぐようになってしまった。ここまで海外の文化に興味が薄い国民性も、世界的に珍しい。失われた30年は経済だけではなく、文化も鎖国状態とさせている。

日本人の映画館離れは、もともと映画を観るほど余裕のない生活を送っているからにある。映画館の入場料が世界的にみても高額なのは、絶望的に大きな原因。コロナ禍以降の物価高騰で、さらに映画のチケット代が高騰してしまった。そうなるともう映画館などいく気になれない。そもそも映画鑑賞は、もっとも気楽に行けるレジャーだったはず。いつの間にか贅沢の極み、マニアックな娯楽となってしまった。今では、普段頑張っている自分にご褒美をあげるような、ここぞというときに奮発して映画館へ行くぞという感覚になってしまった。それこそ高額ラージフォーマットなんて贅沢過ぎて震えがくる。自分のような下々のような者にはとても手が届くような代物ではございません。

これから映画館で新作『ツイスターズ』を観るか観ないか別として、未見だった前作『ツイスター』をこの機会に観てみよう。幸い多くのサブスクでこの映画は扱われている。きれいにレストアされたこの映画は、まるで最近の作品のような高画質高音質。役者のファッションや、ヴァンヘイレンはじめとするハードロック系サントラで、そういえば古い映画だったのだと思い出す。

音響が新たにデザインされたのか、冒頭の場面から、リアスピーカーから小さく雷の音がしている。家族が「あれ、夕立かな?」と勘違いしてしまうほどのリアルな音響。映画が始まって30分は、登場人物紹介や舞台背景の解説。これからどんなことをするのか、物語の動機の説明がされていく。なんともシナリオ学校で習うような、教科書的な物語展開。2時間前後の映画なら、中盤の上映開始1時間くらいで、大きな見せ場があるはず。久しぶりに、ここまでシナリオの設計図に準じた映画を観た。この頃のハリウッド大作映画は、このシナリオのフォーマットでほとんどつくられている。

このシナリオのフォーマット化の影響で、映画制作において今後、脚本家はいらないのではないかと極論も語られ始められた。生成AIにあらかじめキーワードを打ち込めば、AIが勝手に面白いシナリオをあげてくるのではないかと。

人の感情には流れがある。映画を鑑賞していて、その映画の世界観のルールは物語の始めのうちに観客に知ってもらわなければならない。でも説明会話が長すぎると、観客は飽きてしまう。いかに観客を退屈させず、つまらない説明を理解してもらうかが重要なテクニック。この物語の展開のバイオリズムは、分単位で計算が出せる時代になってきた。シナリオ技術の進化でもある。ただそのせいで、観劇するときの観客の感情も記号化されてしまう。それでは興醒めもいいところ。

映画にCGが使われるようなったとき、始めのうちは今まで観たこともない映像が出てきたので、需要と供給でCG作品が急増した。今では観客とCG映像にすっかり慣れてしまった。いつしかCG映像よりも、実写で撮影された映像の方に観客の価値基準が戻っていった。ひと昔前なら「これCGの映像なの? すごい」となっていたところが、今なら「これCGじゃないの? すごい」になった。今の大作映画の表現の主流は、CGと実写のいい塩梅でのブレンド。そのセンスにかかってきている。結局、すべてコンピューターでつくってしまうと、受け手は違和感しか覚えなくなってしまう。よくできているけれど、なんだか気持ちが悪い。

生成AIがどんなに進化したとしても、それをつくるためのキーワードを入力するのは、プログラマーのセンスにかかってくる。こんなものをつくりたいという欲求を、はっきりと言葉にできるにはセンスと技術が必要。そこに人のぬくもりが伝わって、感動へとなっていく。どんなにAIが便利になっても、やっぱり人の力は必要。一周まわってものごとの真実を知ることとなる。

『ツイスター』の監督はヤン・デ・ヴォン。90年代に大活躍した監督さんだけど、近年はすっかり鳴りを潜めてしまっている。ヤン・デ・ヴォンといえば、ジョン・マクティアナン監督、ブルース・ウィリス主演の映画史に残るアクション映画『ダイハード』の撮影監督。日本が舞台のリドリー・スコット監督作品『ブラックレイン』も、この人が撮影監督。この頃カメラマン出身の映画監督でのヒット作が多かった。コーエン兄弟の初期作品の撮影監督バリー・ソネンフェルドなんかも『メン・イン・ブラック』シリーズなどで成功している。なんだか表向きは景気がいい感じがする。

この『ツイスター』のシナリオは、わかりやすい構成でできているので、とても分析しやすい。エンターテイメント作品を志す人の手本としてもいいくらい。ネットでの感想を聞いていると、新作の『ツイスターズ』も、図式的な構造の映画みたい。観客を楽しい気分にさせてくれるアトラクション映画の王道といったところ。

『ツイスター』はディザスタームービーだけど、竜巻に追いかけられて、逃げている一般市民の物語ではない。主人公たちは竜巻を研究している科学者たち。むしろ竜巻に立ち向かわんと闘志に燃えている人たち。科学者が主人公というのが、マイケル・クライトン原作らしい。

ヘレン・ハント演じる主人公のジョーは、幼い頃に竜巻で父親を亡くしている。そのトラウマ克服も、物語のもうひとつのテーマ。ただ90年代は今ほど心理学が研究されておらず、物語にそれほどこの精神的な葛藤の姿は反映されていない。現代のシナリオ作成のスタイルなら、脳心理学や精神学を使わない筈はない。アクションのカタルシスと、主人公の心理的克服が、クライマックスに同時に浄化されてしまえば、観客にどれほどの気持ちよさを感じさせられることか。不思議なもので、観客のエモーショナルな心の動きは、ハイテク技術でコントロールできてしまう。相手(観客)にどう思ってもらいたいかを突き詰めた技術。分析の重要性。まったくもって恐るべし。

この映画の竜巻研究チーム。アメリカ人らしい軽いノリの連中ばかり。なかでもピンクに全身まとった太っちょが気になる。いつもヘラヘラしていて、下品な下ネタばかり口にしてる。なんかムカつく。あれ、フィリップ・シーモア・ホフマンじゃないか。あのころまだ彼は生きていた。しかも若い!

演技派のフィリップ・シーモアのことだから、あのキャラクターのイヤな感じは、彼の芝居の賜物だろう。図式化されたシナリオでは、ここまで登場人物の個性は掘り下げていないだろう。それが何より、これだけ露悪な雰囲気を醸し出しておきながら、彼にまつわるエピソードが何も起こらないということ。仕事ができないとか、とんでもないミスをするとか、ライバルに情報をリークすることもなく、そつなく仕事をこなす優秀な人物。クセがありそうでクセがない。そんな人もいたよねぐらいの記号化された人物像。フィリップ・シーモア・ホフマンをあらかじめ知らなければ、映画を観ても印象に残らないくらいの存在感。しかしながら自分は、現代において若かりし日のフィリップ・シーモア・ホフマンが拝めただけでも『ツイスター』を観た甲斐があった。

マーケティング的な研究に研究を重ねて築き上げられたエンターテイメント大作『ツイスター』。観ているときは、あれやこれやと怖がりながら、あっという間に映画が進んでいく。面白い。でも不思議。観終わってから、すぐにこの映画のこと忘れてしまう。おかしなもので、映画鑑賞前と観賞後で、映画の印象がまるきり変化がないということ。こりゃあ、昔に観ていたか観ていないかもわからなくなってしまう。映画を観終わったあと、誰かとこの映画について語り合いたい気分にはなっていかない。「さて映画も観たことだし、腹減ったのでメシは何にしょう」と次のことを考えてしまっている。それでよかったのかもしれない。そのあと映画は、複雑な作品が好まれるようになっていった。そしてそれがまた飽きられて、『トップガン マーヴェリック』みたいなシンプルな作品に先祖返りしていく。歴史は繰り返すとはいうものの、サブカルチャーの回転の速さには呆れてしまう。人生100年時代に突入してしまうと、同じ流行の変遷を3回くらい見届けなければならなくなるようだ。

映画の流行りもひとまわりして、前作から20年経って新作が発表された『ツイスター』。時代が一周して、新しい感覚の新作となっているのだろう。

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