『ならず者(1964年)』 無国籍ギリギリ浪漫
話題のアニメ『ダンダダン』で、俳優の高倉健さんについて語っている。そういえば健さんの映画は、数本しか観ていない。高倉健さんは自分の親世代の人気俳優。健さんの映画といえば、任侠ものがすぐ浮かんでくる。黙って耐えて、最後に爆発したらめちゃくちゃ強い、かつてのヤクザ者。過去の傷を引きずりながら、静かに生きている正義の男。そんなイメージが高倉健さんにはある。なんだかキアヌ・リーブスの『ジョン・ウィック』みたい。もっとも自分がリアルタイムで知っている健さんは、もっと静かになった文芸作品などに出る貫禄のある俳優さんといったところ。自分が生まれる前の東映任侠ものを遡って観ることもなかった。
アニメの『ダンダダン』は、現代の高校生が主人公。当然、健さんの映画をリアルタイムで知る世代ではない。不思議なもので、いつの時代でも本人が生まれる前のサブカルやファッションを追求する人というものは存在する。当時を知らないはずなのに、当時を生きてきた人よりも詳しい人がいて驚く。何かをきっかけにその時代のカルチャーに興味を持って、どんどん調べていくスキルには感心してしまう。
最近ではネットで、必ず誰かが似たような研究をしている人はいるもの。目当ての情報に辿りつく手段は、昔よりは簡単になった。それこそY2Kみたいな、その時代を彷彿させつつ現代的にイノベーションするファッションも生まれてくる。この時代と限定するのではなく、ふわっとその時代っぽいというのがカッコいい。時代錯誤にならないというのも、ネット社会が生み出す文化なのかもしれない。
なんか健さんの映画観たいなと思っていたところ、SNSの TLに流れてきたのがこの『ならず者』の動画。我らが高倉健さんと丹羽哲郎さんがバディになって銃撃戦をしている場面。なにこれ、カッコよすぎる。日本映画というよりは、往年のフィルム・ノアールの映画のよう。自分が生まれる前の日本映画に、こんなのがあったなんて。
監督は誰かと調べてみると石井輝男さんと書いてある。自分が知っている石井輝男監督作品は、つげ義春さんのマンガを実写化した『ねじ式』。そのときの映画宣伝でも、「鬼才・石井輝男の最新作‼︎」と謳っていたような気がする。石井輝男監督作品の作品群の多さに圧倒される。リアタイで知っている映画ファンにとっては、カルト的な人気監督なのが伺える。
『ならず者』は1964年製作の作品なので、さすがに自分も生まれていない。映画は作品そのものを観るだけでなく、その時代や国の様子を想像しながら観た方が楽しめる。「この映画は名作だよ」と、年上の映画ファンから紹介された作品で、観てみるとがっかりしてしまうものがある。それはその時代を知らない自分が、後続して影響を受けた作品を先に観てしまっているせいだと思う。サブカルチャーは、さまざま影響を受けあってブラッシュアップされていくもの。今あるものからそのまま原点を比べてしまうと、なんだか物足りなかったりしてしまう。だから古い作品を観るときは、その作品が生まれる土壌の時代や社会を想像して補完していきたい。映画鑑賞という受動態の行動でありながら、その時代へ想像力を運ばせていくという、能動態のクリエイティブな頭の動かし方へ変えていく。映画鑑賞は、自分が生まれる前の時代の空気感も伝えてくれている。
なんでもこの『ならず者』は、ジョン・ウー監督にも影響を与えているらしい。自分からしてみると、『ならず者』はフィルム・ノアールの渋い雰囲気を、日本映画で見事に再現しているオマージュ作品に思える。でもそれは香港のジョン・ウー監督に響いて、彼がアメリカに渡って、トム・クルーズの人気シリーズの『ミッション・インポッシブル2』の監督に抜擢されたりして、国境を越えてしまったりしている。『ならず者』には『フェイス・オフ』への影響も感じる。そもそも面白ければ国境の壁など軽々と飛び越えてしまうのが、サブカルチャーの楽しいところ。「日本映画はつまらない」なんて言っているのは、案外日本人だけなのかもしれない。
日本映画では銃を扱うのはかなり難しい。日本は銃社会ではないので、銃が出てくるだけでファンタジー色がつよくなって、厨二病っぽくなってしまう。『ならず者』では、香港を主に作品の舞台にしているので、いい意味でそのファンタジー色の整合線が取れている。海外ロケもあってか、撮影もゲリラ的で荒削り。ハンディカメラで、ささっと撮影している感じが、ドキュメンタリーのドライな感じになっている。それが作風にマッチして、かなりカッコいい。でもそれが雑というわけではない。光と影を巧みに使い、構図も大胆。カメラマンのセンスの良さが滲み出る。
香港の街を歩く健さんがカッコいい。銀幕のスターと言われていた高倉健さん。立ち姿だけで絵になる。存在感がありすぎる。そういえば、健さんは徹底してプライベートを明かさない俳優さんだった。画面の向こう側で、スターを演じ切るのは大事。スターの素顔を知って、あまりに凡人すぎてがっかりしてしまうこともある。ヘタなことを言って、観客の夢を壊してしまうくらいなら、最初からなにも言わない方がいい。高倉健さんの俳優ポリシーの潔さ。素顔が謎のままの方が、演じる役に幅が広がってくる。
『ならず者』は、ロケーションの素晴らしさや俳優の魅力で引っ張ってくる映画。実のところ、プロットはざっくりしてるし、セリフもキザすぎて一歩踏み外せばギャグにもなりかねない。そのギャング映画とギャグ映画の狭間で、ギリギリカッコいいところを攻めてくる。その危なっかしさも、現代の視点から観てしまうとスリリングで面白い。
『ならず者』は、やりたい表現をなりふり構わずやるというよりは、できない中でどれだけ工夫して理想に近づけるかのセンスや苦労の方が滲み出てきているのが魅力。
それで今の日本映画が無個性でつまらなくなったのかと言ったら、そんなこともない。海外で活躍する是枝裕和監督も言っていたが、日本映画ほどバラエティに豊富な作風のお国柄はないだろう。日本ではメジャー映画よりも、マイナーな独立系映画の方が個性的な作風が活発。新しい才能や感性は、独立系映画の方が面白い。
ただ、この『ならず者』は、大手の東映がつくっていて、オールスターキャストのメジャー作品。しかも銃撃戦の場面が、海外映画のような迫力があるのだから、現代的視点ではかなり異色。こんな映画、今の日本ではつくれそうにない。
不景気真っ只中の今日本では、事業で冒険をするのは大企業ではなくて、中小企業や個人ばかりと聞いて久しい。その小さな冒険心も、近年では経済的に摘まれつつある。日本の社会はずっと文化を下に見てきた。そうしていうちにアジアの周りの国では、サブカルチャーを立派な産業として国際的な利益を得られるようにまで育ててきた。日本の制作会社も、ケチ臭い国内大企業をスポンサーにつけるより、最初から海外資金で運営した方がいいという流れに変わってきている。潤沢な資金のもとで、つくる側も観る側も楽しい作品というものは、とても幸せなエンターテイメントのあり方でもある。
『ならず者』は、古いけど新しい。これをそのままマネをしてみても、失笑で終わってしまいそう。シリアスとギャグは紙一重。今では観ることのできない、新鮮な雰囲気の犯罪映画だった。
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