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『動くな、死ね、甦れ!』 過去の自分と旅をする

公開日: : 映画:ア行, 映画館, 音楽

ずっと知り合いから勧められていたロシア映画『動くな、死ね、甦れ!』。自分ものこの映画はタイトルだけは知っていた。『動くな、死ね、甦れ!』。なんともインパクトのあるタイトル。でもどんな映画なのかさっぱりわからない。「とにかくすごいから」と言われていた。なんでも推薦してくれた人は、早稲田松竹でたまたま時間が合ったこの映画を前情報もなく観たらしい。鑑賞後、しばらく席を立てないくらい衝撃を受けたとのこと。

この映画は配信ではどこも扱っていない。鑑賞方法は巨大なレンタルビデオ屋へ行くか、高額なDVDを買って観るしかない。しかし2025年のこの夏、渋谷のアート系シアターのユーロスペースで、リバイバル公開されるという。それでは観に行かないわけにはいかない。

ユーロスペースではこの『動くな、死ね、甦れ!』のヴィターリー・カネフスキー監督の特集が組まれていた。とはいえヴィターリー・カネフスキーの代表作は3本しかない。『動くな、死ね、甦れ!』は、実質監督二作目に当たるのだが、第一作目は自身の意に沿わない雇われ仕事の作品だったらしいので、ラインナップには入っていない。『動くな、死ね、甦れ!』は1989年の作品。日本での初公開は1995年とずいぶん遅れる。1990年のカンヌ国際映画祭で、新人賞のカメラドールを受賞したとき、ヴィターリー・カネフスキー監督は54歳。なんとも遅咲きの監督さん。2025年現在の自分は、ヴィターリー・カネフスキーがこの映画を撮ったときと同年代。そうなるとものすごく親近感を覚えてくる。この作品は、自身の実体験を元につくったという。ヴィターリー・カネフスキー監督への興味は募る。

ロシアの映画監督といえば、すぐさまアンドレイ・タルコフスキーが浮かんでくる。タルコフスキーは、ロシアの社会主義の緊迫した日常を作品に描いたため、母国ロシアで生活していけなくなり、イタリアに移住している。ヴィターリカフネスキー・カネフスキー監督は、3本しか映画を撮らず、その後忽然と映画界から活動が見られなくなっている。今回の日本でのレトロスペクティブ上映を、彼は知っているのだろうか。それよりそもそも存命なのか。日本ではこんなマイナーな監督の現在など知る由もない。こういった情報を調べるには生成AIはとても便利。質問を打ち込めば、世界中の記事からその答えを検索してくれる。日本語で打ち込んでも、あらゆる言語で探してくれる。英語だけでなく、ロシア語の記事だって怖いものはない。そういえばタルコフスキーは54歳で亡くなっていた。

どうやらヴィターリー・カネフスキー監督が存命かどうかは2025年現在の記事では見つからないとのこと。ただ存命なら、フランスに住んでいるのではないかとなった。ヴィターリー・カネフスキーが生きているなら今年で90歳。かなりのご高齢。やはりロシアでは、自国の恥を映画にしたレッテルを貼られていたらしい。若い頃には無実の罪で8年間も投獄された経験を持つカネフスキー監督。波瀾万丈の人生が想像できる。監督の前情報だけで、『動くな、死ね、甦れ!』は、どんどん観ておかなければならない作品となっていった。

コロナ禍以降、経営不振でミニシアターが経営難となった。ユーロスペースだって存続の危機にあったことだろう。アート系映画を扱うミニシアターが減った今、その手の独立系映画がユーロスペースに殺到している。2館しかないユーロスペースに、1日数本の映画がひっきりなしに上映される。ヴィターリー・カネフスキー監督作品も3本中、1日1本しか上映されない。自分が予定が合う日と『動くな、死ね、甦れ!』の上映日が合うとは到底思えない。なかばあきらめていたとき、観れそうな時間帯にこの映画が上映される日があった。

ユーロスペースにはずいぶん行っていない。自分が知っているユーロスペースの場所へ行っても、一向に見つからない。Google MAPで調べると、旧Bunkamuraの合った場所の近くとのこと。かつて行ったそこは、地下がQ-AXシネマという映画館だった。それよりそもそもユーロスペースとイメージフォーラムを間違えていた。どれだけ渋谷で映画を観ていないんだということになる。

久しぶりに独立系の映画館に来たのでワクワクしてきた。集まってくる観客もなんだかこだわりのありそうな人たちばかり。育児がひと段落するまでは、映画をゆっくり観ることもできなかった。せいぜい地元のシネコンでそそくさと映画だけ観て、急いで帰るような鑑賞スタイルになっていた。ユーロスペースでの映画鑑賞は、15年くらい昔の自分を思い出させた。ただあの頃と違うのは、今の自分は渋谷にそれほど魅力を感じていないところ。15年の月日のせいもあって、渋谷はものすごく老朽化した古い街に感じられた。新開発の工事は不便だし、新しい街並みも馴染めない。渋谷の街中には下水道の匂いが漂っている。映画館の周りも治安が悪いのかとても汚い。道の向こうは高級住宅地とは思えないくらい。でもその日本とは思えない緊張感のある場所で、この映画を観ることに意味がある。『動くな、死ね、甦れ!』は、殺伐とした世界観の、何ひとつ救いのない映画だった。

主人公ワレルカは12歳。ロシアの極東の街スーチャンは、現在のパルチザンスクというところにあたる。カネフスキー監督が実際に育った地。撮影当時53歳だった監督の少年時代を追体験していく。雪と泥でぬかるんだ不衛生な土地。ワレルカたちはほったて小屋のようなバラックで暮らしている。貧しい生活。モノクロの映像が、より一層陰鬱な気分にさせてくる。舞台となる時代は、戦後すぐということもあって、近くには日本人俘虜の収容所もある。ときおり我々日本人にはお馴染みの日本の歌が聞こえてくる。実際にこの撮影時期にもまだここで人々は暮らしているようだ。映画はフィクションではあるけれど、ドキュメンタリーの要素もある。どこから本当で、どこから虚構なのか判別できない。

『動くな、死ね、甦れ!』は、よくフランソワ・トリュフォー監督の『大人はわかってくれない』や、『禁じられた遊び』と比べられる。子どものいたずら心が発展した残酷性や、社会からドロップアウトしてしまう姿は、戦時下や貧困な生活からの荒んだ心理から発現してくる。カネフスキー監督は、子どものもつ多動性の予測不能さを映画で試している。発達障害などの精神多様性による生きづらさは、先天的なものばかりではなく、生育歴からくるものもある。『動くな、死ね、甦れ!』のワレルカを取り巻く生活環境は劣悪で、こんなところで育てばまともでいられるわけがないと思わせる。理屈ではないものが画面から伝わってくる。それはこの映画がロケセットで、実際の場所ですべて撮影しているからの説得力なのだろう。

タルコフスキーの映画を観ていると、ロシア人は小声でボソボソ喋るものかと思っていた。この映画のロシア人たちは、皆声がでかく、とにかくいつも歌ってる。かなりやかましい人たちだ。同じロシア人でも、だいぶ印象が違う。暴力を振るわれている場面は、実際に殴っているようだ。走る汽車の前をギリギリまで歩いていたり、かなり危険な撮影がされている。人が犬に噛まれて引きずられたり、常に死と隣り合わせ。生半可な気持ちで撮影されていない。

映画を観ていると、子どもたちが笑っている場面でおじさんの笑い声が聞こえてくる。あきらかにそこにいないおじさんの笑い声。きっとこれは監督の声。思い返せば、あちこちで不自然なおじさんの声が聞こえてくる。監督が役者に話しかけながら映画を撮る手法は実際にある。それでも編集でその声は消してしまうもの。それが撮影時そのまま残っている。荒削りな印象。わざと自分の声を残しているとしたら、この映画のみえかたが変わってくる。

この映画が撮影された場所は、カネフスキー監督がかつて暮らしていた場所。きっと彼が子どもの頃とそれほど景色は変わっていないだろう。かつての自分の分身のワレルカの目を通して、自分の子ども時代をいま一度再現していく。社会情勢も悪く、学校教育もなっていない。大人たちも自分が生きていくことで精一杯。人権なんてそこにはない。不幸な子ども時代だし、カネフスキー監督にとっては思い出したくもない黒歴史だろう。それをあえて客観的に具現化して追体験していく。あたかもメンタルヘルスの治療のよう。

この映画には頭がおかしくなってしまった人がたくさん出てくる。それが演技でやっているとは到底思えない。本物の狂人を使っている可能性が高い。画面の向こうの人たちの奇行が想定外の斜め上をいく。妊娠していれば特赦をもらえると信じている少女が身売りしようとする。でもその身体はガリガリで、とても女性には見えない。下半身を露わにしたことで、はじめて性別が判断できるくらい。また、かつて学者だったが頭がおかしくなったということで捨てられたという男が登場する。子どもたちがこの男の周りにわらわらと集まってくる。きっと酷い目に合わされるのだろうと、観ているこちらも身構える。その男は情けで分けてもらった小麦粉を泥水の中に落とす。泥水で小麦粉こねてパンにみたてて、もさもさ食べ出す。その表情にカメラはどんどん近づいていく。その瞳に映るものを捉えようとする。ここは安全な映画館。この出来事は画面の向こうの過去の記録。それでもその瞳の中の光が怖い。

あるときは発狂した全裸のおばさんが走り回る。尋常ではない状況。「子どもはいいから、女を撮れ」と監督らしき声が響く。それでもカメラは子どもを撮り続ける。カメラマンの心情が伝わる。あのおばさんに近づくのは危険だ。カメラマンが抱く恐怖心。それでもカメラは被写体を追わなければならない。

この映画には裸体がたくさん出てくる。服を剥がされるということは、人権を失うことの象徴でもある。その裸体はどれも醜い。そのせいで、悲惨な場面なのに滑稽さもでてくる。貧困生活を送る人は、極端に太るか痩せてしまう。中肉中背なら、きちんとした生活を送っている証拠。引き締まった肉体など、贅沢の極み。この映画の俳優たちのだらしない身体つきは、それこそ簡単に出来上がったものではない。

狂人たちの目に宿るもの。演技で狂った人のフリをする場面は、劇作品ではよく見かける。あらかじめ演技で演っているとわかっていれば、それは笑えるものだったりもする。本当の狂人の目は演技で吹っ切れたものではない。自分は正常でありたいと願うものがそこにある。自分が異常者なのだと周囲から好奇の目で見られているのはわかっている。それでも正常の状態にたどり着けない。迷いと焦りと怒り。こんなことはしたくないという理性も垣間見れる。わかっているのに制御ができない戸惑い。自分では正しいことをしているはずなのに。

自分の人生や生い立ちを客観的に見るのは難しい。自分が不幸だったり幸福だったりすることも、その当事者にはよくわからない。他者と出会って、他の人生を知ることによってはじめて自分の個性を知ることもある。カネフスキー監督の子ども時代は、とても人間らしい生活ができていたとは言いがたい。そんな苦労人が映画監督になって海外で偉大な賞を獲るまでになる。きっと子ども時代は映画を観るどころか、本すら読めなかっただろう。そんな悲惨な生育歴を持つ人が、自分の生い立ちを記録にしてくれた。我々はこの過酷な人生を追体験する。他人の人生を知ることで、己の人生を見つめ直すきっかけにもなる。

『動くな、死ね、甦れ!』と、めちゃくちゃカッコいいタイトルが付いているこの映画。当初は『守護天使』というタイトルだったらしい。守護天使とは、ワレルカのピンチに必ず助けに来る幼馴染の女の子ガリーヤ。ディナラ・ドルカロワが演じている。彼女は現在も俳優を続け、映画監督にもなっている。今の自分と同年代。要するにディナラ・ドルカロワ自身が、『動くな、死ね、甦れ!』を撮ったときのカネフスキー監督の年代の中高年になっている。なんだか頭が混乱してくる。

ガリーヤは、ワレルカが困っていたり、道を踏み外したりすると、正しい方に導いてくれる。ワレルカは結構ガリーヤに意地悪をしているので、なんでガリーヤは助けてくれるのかよくわからない。ワレルカはカネフスキー監督の分身。カネフスキー監督は、子ども時代のピンチは自分ひとりで乗り越えてきただろう。孤独な人生の旅。一人称では映画として華がない。ガリーヤはカネフスキー監督の子ども時代のイマジナリーフレンドなのかもしれない。要所要所でのガリーヤの助け舟が、ご都合主義と思えてくる。他がリアルなぶん、映画の中で少し浮いているようにも思える。でも、そんな甘いものじゃないんだと、監督自身の怒りなのか、映画は甘ったるさを一刀両断で残酷に、バッサリ断ち切ってしまう。自暴自棄にも近い顛末。少なくとも映画のタイトルを『守護天使』にしなくてよかった。これではあまりにおセンチすぎる。

映画を観ているときは、その流れてくる映像にただ身を委ねているわけだが、そのとき食らった衝撃は、鑑賞後しばらくしてからジワジワとボディーブローでやってくる。今回の『動くな、死ね、甦れ!』のリバイバル上映は、ヴィターリー・カネフスキー・トリロジーとして、3本の映画が特集上映されている。その3部作はすべて関連作で、『ひとりで生きる』はこの続編となる。『動くな、死ね、甦れ!』が、あまりに断ち切るような終わり方をしたので、続編が映画業界から求められたのだろう。センチメンタルに自身の記憶を浄化できた瞬間、それを拒絶する。それはカネフスキー監督自身が持つ多動性なのかもしれない。生きづらさを背負っているけどタフな生命力。カネフスキー監督はおそらくきっと今も元気なのだろう。『動くな、死ね、甦れ!』を撮ったあと、「もう映画はつくれない」と発言していたらしいので、彼の中での記憶のわだかまりはそこでひと区切りついたのかもしれない。どうかカネフスキー監督のその後の人生が穏やかなものであって欲しいと、お節介ながら願ってしまう。

 

 

 

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