『バグダッド・カフェ』 同じ映像、違う見え方
いつまでも あると思うな 動画配信。
AmazonプライムビデオとU-NEXTで配信中だった映画『バグダッド・カフェ』。権利の関係で、2023年中で配信サービスが終了するとのこと。煽られて映画を観るのはとても嫌だが、近いうちに観直したいと思っていた映画なので、慌てて観ることにした。
映画『バグダッド・カフェ』は、1989年に日本公開されている。自分はまだ10代の頃。日本公開直前に、ラジオでピーター・バラカンさんが「とても良かった」と言っていた。「僕の番組を好んで聴いてくださっている方なら、きっと好きになってくれそうな映画」とまで言っていた。そしてジュベッタ・スティールが歌う主題歌『calling you』を番組で紹介した。自分はその曲を一瞬で好きになった。
『バグダッド・カフェ』は、渋谷のスペイン坂にあったミニシアター『シネマライズ』で公開されていた。自分は公開時は映画館では観ていない。ピーター・バラカンさんの言葉を信じて、いきなりレーザーディスクを買ってしまった。レーザーディスクという媒体も時代を感じさせる。当時高校生になったばかりで、アルバイトの給料で買った。映画をコレクションすることが楽しかった。
なんでもこの『バグダッド・カフェ』には、編集が違う幾つかのバージョンがあるとのこと。数年後に『完全版』と謳った再編集版は映画館で観た。そのときは『シネマライズ』ではなくて、『テアトル新宿』が上映館。『完全版』は、オリジナル版よりやや長尺で、後半のミュージカル場面が長くなっていた。登場人物の細かい描写が増えたので、オリジナル版よりもわかりやすい。後付けでいろんな編集版が出てくると、大抵はオリジナル版より改悪されてしまう。この映画のロングバージョンはなかなか良いものに改変されている。
主題歌が好きだったので、サントラのCDも持っていた。当時ヘビーローテーションして聴いていた。劇中でかかる音楽が少ないため、CDの後半20分は監督のパーシー・アドロン自らの朗読による映画のあらすじが収録されている。これも英語の勉強と頑張って聴いていた。映画のスタイリッシュな演出ではわかりにくかった、登場人物たちのやり取りがここでは語られている。公開オリジナル版ではカットされて描かれていなかった、ブレンダの夫との和解の描写も、このあらすじでは語られている。
今回の配信版は『ニュー・ディレクターズカット版』とのこと。映画のオープニングで浮かぶタイトル表記が『Bagdad Cafe』ではなく、『Out of Rosenheim』となっているから、ベースは『完全版』と同じ。というか『完全版』と『ニュー・ディレクターズカット版』との違いは自分にはわからない。カラコレ補正して、さらに色鮮やかにしているようにも感じるけど、この2本に大差はなさそう。
『バグダッド・カフェ』はドイツ映画。調べると「西ドイツ映画」となっている。映画公開当時の1980年代後半は、ドイツにはまだベルリンの壁があって、東西の分断があった。ドイツの歴史的な時期の映画。ドイツ映画なのに舞台はアメリカで、言語は英語で制作されている。国際配給を前提としてはじめからつくられている。自分はその頃、映画制作はどの作品も国際標準でつくられるものとばかり思っていた。この後、日本のサブカルチャーの鎖国化を見ることとなる。国内完結型マーケティングの強固化確立。サブカルチャー、日本だけのガラパゴス化現象。
『Bagdad Cafe』は国際配給用に付けたタイトルで、オリジナルは『Out of Rosenheim』。『バグダッド・カフェ』の方がキャッチーなタイトルなので、インパクトに残りやすい。覚えやすいタイトルというのもヒットの要因。『バグダッド』とタイトルについていても、中東の地の名前ではなく、カリフォルニア州のバグダッドという地名の場所が舞台とのこと。同郷ドイツ映画のヴィム・ヴェンダース監督作品『パリ、テキサス』も、アメリカの砂漠の土地名がタイトルになっていた。それにあやかった二番煎じ的なネーミングをしてしまうくらいだから、まさか30年も愛される映画になるとはそのとき誰も想像すらしていなかっただろう。
『バグダッド・カフェ』は、カッコいい音楽と映像で瞬く間にブームになった。当時を知る映画ファンで、この作品を知らない人はいないのではと思うくらい。80年代はミニシアター・ブームもあり、この映画は「オシャレ映画」の代名詞みたいになっていた。そんなファッション的なノリには自分は毛嫌いしていたが、今思うと同じ穴のムジナ。表面的なビジュアルや音でしかこの映画を観ておらず、今となっては自分はちゃんと映画の本質を楽しめていなかったのだと恥ずかしくなる。
当時友人が、「なんだこの映画、寅さんと同じような話じゃないか」と言っていた。映画宣伝用のポスターからは、トンがった作品の印象が匂ってくる。蓋を開けてみると、中年おばさん二人の友情の話。下町人情を描く寅さん映画こと『男はつらいよ』と同じ路線。ストーリーは至ってウェルメイド。トンがったカッコよさというよりむしろ泥臭ささえある。そう、『バグダッド・カフェ』はコメディ映画なのである。当たり前のことをすっかり忘れていた。
この映画は二人のおばさんが主人公。ひとりはドイツからアメリカに観光旅行に来ていて、そのままバグダッド・カフェにいつわるドイツ人のジャスミン。もうひとりは、バグダッド・カフェの女主人・ブレンダ。とにかく冒頭からこの二人おばさんが怒っている。ジャスミンは連れ添っていた旦那にキレて、そのまま別れてしまう。ブレンダは、家業に家事とすべての仕事を自分に押し付けられて、ずっとイライラしている。ブレンダの夫もダメ男で、家業をやるつもりがまったくない。ブレンダには息子がいるが、とくに家業を手伝うわけもなく、一日中ピアノの練習をしている。赤ん坊がいるが、これは息子の連れ子。その子の面倒もあまりみていない。はたしてその母親は何処に。末の娘はハイティーンの遊びたい盛り。娘が小遣いをせびってきても、ブレンダは怒らず金を渡したりしている。ブレンダの怒りポイントは、経済的不安からくるものではない。
自分はこの映画を初見のころ、ブレンダの苛立ちの理由がわからないでいた。それもそのはず、当時の自分はブレンダの末娘と同じ年頃。日々の仕事の山積と責任感で苛立つ感情など、想像すらできなかった。ブレンダの苛立ちも、映画のストーリーの部品としか捉えていなかった。この浅はかな視点は、人生損した気分にさせられる。
『バグダッド・カフェ』は、当時の流行を掴んだアート的な演出と、オーソドックスな人情コメディをハイブリッドした映画。いまでも不思議感覚の映画だと思う。アート路線もウェルメイド路線もかじっているけど、けして深入りはしてこない。だからコメディ場面でも笑っていいのか迷ってしまう。それは凝りに凝った映像が、軽はずみに笑ったりしたら怒られるのではないかと観客に気を遣わせてしまうところにもある。ただ、この不思議感覚の映画だからこそ、公開から30年以上経った今でも、観客の心に残る、魅力ある個性的な映画となっているのも事実。
当時ブレンダの娘と同年代だった自分も、年月を経てブレンダたち親世代となってしまった。映画という媒体の映像と音の記録自体は何も変わっていないのに、受け手の年齢や環境の変化で、作品の捉え方が変わってくる。映画という記録媒体としての芸術の面白さがそこにある。若いときに観ていた映画を、あらためて観直すのも悪くない。
『バグダッド・カフェ』の日本での権利は、2023年中でひとまず切れてしまうとの事。年を明けて2024年になった途端、この映画の配信も終了し、Blu-rayやDVDの円盤媒体も絶版につき価格高騰している。この配信サブスク全盛の世の中で、映画は本人が望めばいつでも観れるような錯覚に陥っていた。映画という体験を記憶に留めておく。いつか映画再見したときに、その記憶を確かめてみるのも映画鑑賞の楽しみ方かもしれない。とりあえず今は『バグダッド・カフェ』よ、さようなら。もしまたお会いすることがあるとしたら、そのとき自分がこの映画をどう感じるのだろうか。年齢を重ねたら重ねたで、映画の楽しみ方はいろいろ増えてくるものだ。
バグダッド・カフェ ニュー・ディレクターズ・カット版 (字幕版) Prime Video
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