『イカゲーム』 社会風刺と娯楽性
いま韓国サブカルチャーが世界を席巻している。ポン・ジュノ監督の『パラサイト』が韓国語で制作されているにも関わらず、米国アカデミー賞を受賞したのも記憶に新しい。コロナ禍では、BTSがアメリカのビルボードを騒がせて、ポップス界隈で記録更新の大活躍の一人勝ち。そしてこの『イカゲーム』。Netflixの配信のみの公開なのに、世界的な大ヒットになってしまった。『イカゲーム』が公開されたのが9月だから、ブームの浸透の速さが凄まじい。ブームの発端は、製作国の韓国からではなく、海外から先だったのも興味深い。
『パラサイト』はコロナ禍前の作品だったが、BTSにしろ『イカゲーム』にしろ、巣篭もり生活の逆境からヒットに繋がった。コロナ禍で今までの商売が成り立たなくなった。アフターコロナを待つよりも、この閉ざされた時間をどう利用するか、マーケットの生き残りに賭けたエンターテイメントが花を開いたに他ならない。逆境に翻弄されるのではなく、どう生き残るか、動き出した者の勝利。伸びている韓国カルチャーは、そのハングリー精神の気骨がある。
自分はなかなかサブスク配信サービスに触手が伸びずにいた。それでも家族がどんどん配信のお試し体験を始めていて驚く。動機は韓国の音楽やドラマに興味があったから。韓流カルチャー恐るべし。家では自分がいちばん家電に興味があるはずだったはず。家族の方がどんどんそれらを使いこなしていく。思えば自分は石橋を叩いても渡らないような慎重すぎるところがある。これから年をとるにつれ、どんどん頑固な老害になってしまうのではないかと不安になる。いかんいかん。
家族のNetflix入会をきっかけに、自分も便乗して『イカゲーム』を観ることにした。話題になるくらいだから、面白いのはわかっている。そうなると果たして自分に理解できるかどうかが心配。ネットではよく「面白くて、イッキに観てしまった」なんて感想が聞かれる。自分はとてもイッキ観できるほどのスタミナがない。怖くてなかなか先に進めない。作品で殺されていく人たちが、他人事とは思えない。
この『イカゲーム』のカッコいいところは、説明すべきことは丁寧にエピソードを通して描いているけど、上手に行間は開けていている。観客に想像させる隙間を多く残してくれている。丁寧だけど語りすぎない。観客の感性を信頼している。韓流ドラマはウエットな印象があるけど、この『イカゲーム』はドライ。ハングルのタイトルロゴがカッコいい。今までアルファベットがいちばんデザインしやすい言語だと思っていた、その固定概念を覆す。韓国の文化は日本と似ている。都市部は六本木とほとんど変わらないし、外国人労働者が低い扱いを受けていたり。弱者がさらに追い詰められていく格差社会は、どの国も同じ社会問題。
『イカゲーム』は、謎の殺人ゲームに参加させられる主人公たちの話。ゲームが進行するにつれ、登場人物たちの個性が浮き彫りされてくる。近年の日本のサブカル作品が元ネタになっているのはビジュアルからもわかる。もちろん欧米でも、閉ざされた空間で殺人ゲームが行われる作品は鉄板ネタ。同じようなアイデアでありながら世界的ヒットとなる作品と、自国のみで知る人ぞ知るガラパゴス的なローカル作品にとどまるか、その差は明確。
『イカゲーム』では、元ネタとなった作品へのオマージュのリスペクトは充分に感じる。でも『イカゲーム』の制作される動機には、単なるエンターテイメント作品だけにとどまることはない。社会風刺の精神がそこにある。
所詮エンターテイメントはエンターテイメント。作品をつくる動機のひとつに社会風刺を取り扱う精神はあれど、そこばかりにスポットが当たってしまうのは、やはりまずい。エンターテイメント性が薄れて、堅苦しい作品になってしまう。ありがちなのは、エンターテーメント性のある軽いビジュアルにもかかわらず、説教くさいアジテーションが作品を牽引してしまうこと。ひととき現実逃避を楽しみたくて、エンターテイメント作品に触れる観客にはとても迷惑な話。なんでわざわざ金を払って、説教されなくてはならないのかと。
そういえば、北朝鮮でこの『イカゲーム』を密輸して捕まった人が処刑されたニュースがあった。ちょっと耳を疑う。なんだかまるで、秀吉のキリシタン弾圧のよう。そこまで政治的な作品ではないと思うのだが? 思えば『パラサイト』だってBTSだって、政治的なテーマを根底に孕んでいる。気が付かない人は、単純に作品を楽しんでくれればいい。作品に触れて何かを考えるきっかけになったなら、作り手と観客で一緒になって色々考えていけばいい。それはより良い社会に向かうための作業。
『イカゲーム』は、生死を賭けた大博打ゲーム。ギャンブルにハマる心理というのは、脳障害のひとつ。一攫千金や成り上がりを目指すと、それに伴うリスクが見えなくなってしまう。本当の幸せな人生を目指すなら、欲をかかずに静かに穏やかな生活を送るのがいちばん。ギャンブルで白黒結果を焦るとロクなことにならない。
現代は世界的に格差社会が進んでいる。貧富の差が歴然として、多くが働けど働けど苦しいままの社会。貧しさは人の判断力を鈍くさせる。犯罪や差別、暴力が蔓延する。心が荒み、自分のことしか考えられなくなる。『イカゲーム』は、そんな現代社会のメタファー。コロナ禍で、さらなる経済破綻が起こっている現代だからこそ、今つくられるべきエンターテイメント。
観客は『イカゲーム』の殺人ゲームを、最初のうちは他人事として楽しんでいる。でもこの他人を蹴落として成り上がるこゲームの参加者たちは、他ならない観客の我々なのだと実感して暗い気分になる。
上層から見下ろしている人たちは、下で人びとが転ぼうが死のうが知ったことではない。それが社会の縮図。ほとんどの人が所属する下層部では、人びとは搾取され争い合う。搾取する側とされる側。誰もがみんなカネのことばかり考えている。そしてハッピーな人は誰もいない。
ドラマは謎を多く孕んだまま大団円を迎えていく。巷ではシーズン2を望む声もあがっている。でももしこのドラマに続編ができるなら、イカゲーム再開というよりは革命の話になりそうだ。このドラマの魅力は、謎だらけで進んでいくところにある。
歴史が語る革命の顛末で、社会が大きく変化することはある。その革命に参加した人たちの多くは、その暁を見ずして志なかばで退陣していく。歴史は結果を残すかもしれないが、個人にとっての結果はまた別もの。謎は謎のままの方が、作品の描き方としてはカッコいい。
ハリウッド・セレブにもこの『イカゲーム』のファンが多い。『イカゲーム』のキャストたちが、ハリウッド・セレブたちに羨望の目で見られている姿は心地い。しかも黄色人種のアジア人が評価されているのは、同じアジア人として嬉しくなってしまう。
このコロナ禍で、スターのあり方も変わってしまった。反面、同じアジアである日本はこの30年何やってたのかと情けない気持ちにもなる。廃れていくものもあれば勃興していくものもある。この流れはニュースでは伝わらない。もし日本のメディアで伝えることができたなら、それはもうかなり遅れての情報だろう。時代の流れに乗っかる。それも生き残る術。結局ちっぽけな個人の我々は、元気のないものにすがるより、勢いのあるものに乗っかった方が楽だし活気が出る。多様性の時代はもう来ている。人種や性別など、今までのカテゴライズは如何に無意味だったかと痛感している。コロナ社会は、新しい生き方の価値観の可能性も示してくれている。
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