『I Like Movies アイ・ライク・ムービーズ』 黒歴史を乗り越えて
カナダ映画の『アイ・ライク・ムービーズ』がSNSで話題になっていた。自分のSNSはほとんどが映画情報。TLに上がってくる記事もほとんど映画に関するもの。ネットの向こうから繋がる人たちのほとんどが映画を愛する人たち。そんな人たちがこの映画を観て「まるで自分を見るようでツラい」と言っているのが印象的だった。どうやらこの映画、自分も観た方が良さそうな気がする。
『アイ・ライク・ムービーズ』は、映画好きな高校生が、人間関係でトラブルを起こす物語とのこと。チャンドラー・レバック監督の自伝的要素が強いという。この映画の主人公・ローレンスは男の子。チャンドラー・レバック監督は女性なので、性別は変更している。そのまま描いてしまうとあまりにも痛々しすぎるからかもしれない。この映画『アイ・ライク・ムービーズ』は、『ゴースト・ワールド』や『レディ・バード』と引き合いに出されることも多い。それらの作品も10代の拗らせ具合を描いた、痛々しい青春映画だった。
この『アイ・ライク・ムービーズ』という映画のタイトルが示す通り、映画好きの少年が厨二病全開で周囲を翻弄する姿が想像できる。そんな精神的な幼さをそのまま描いているだけでは、悲劇にはなれどもコメディにはならない。この映画は、自分の世界に閉じこもった少年が、どんどん転がっていく姿を具体的に示している。はたして救いはあるのだろうか。一歩間違えば闘病日誌にもなりかねない。重いテーマを、コメディに仕上げてしまうことができる監督の手腕には、ただただ脱帽。とどのつまり、主人公のローレンスはとんでもないクソ野郎ということ。
映画をたくさん観ていると、なんだか自分も博識になったような気がしてきてしまう。映画という表現作品のほとんどは、なにがしらの事柄についてわかりやすく、しかも楽しい形でまとめられたエンターテイメント作品。映画を観ていると、自分の知識が増えたような錯覚がしてきてしまう。他人の論文を読んで、自分がそのことを発見したかのように思えてしまう感覚に近い。それは自分自身が頭が良いわけではなく、映画の制作者の語り口が平易でわかりやすかったからに過ぎない。つくり手が頭が良いだけのこと。映画は総合芸術であり、商業芸術でもある。お金儲けができてなんぼのもの。お客様に媚びて、ときには粗悪や低俗な素材でも、高尚な味付けで差し出すこともある。清濁一緒くたに飲まされた観客は、すっかりクラクラして、いつの間にか満足させられてしまっている。とかくオタクは知識が偏っている。自分の興味があるジャンルには、おそろしく造詣が深い。反面、誰もが知ってる一般知識が欠けていたりもする。博識なようでいて何も知らないような状態に陥っているので、周囲から尊敬と不信感の両方を抱かせてしまう。映画は生きがいを与えてくれる薬にもなれば、人生をめちゃくちゃにする毒にもなる。たかが映画、されど映画。
映画『アイ・ライク・ムービーズ』の冒頭で、「VHS forever」とロゴが出る。なんだかノスタルジックでエモい。チャンドラー・レバック監督のスタジオ名なのかしらと調べてみると、そうではないとのこと。映画の冒頭に「VHS forever」とスタジオ名のように掲げたのは、これから始まる映画についてのメッセージらしい。映画を家で観る方法はVHSからDVD(Blu-ray)、そして現在の配信へと変遷していく。媒体は変われど、映画に対する愛情は変わらない。この映画『アイ・ライク・ムービーズ』の画面がブラウン管サイズで、赤みががっているのも懐古的で優しい印象。いつの時代につくられた映画かわからなくなる効果もある。映画愛の魂は時代を越えて永遠となる。
カナダが舞台のこの映画。ローレンスはアメリカで映画を学ばなければ意味がないと言う。その執拗なまでのこだわり。劇中では、カナダ出身で成功した映画監督・クローネンバーグのことをローレンスのお母さんが語っている。なかなかお母さんも映画に詳しい。今だと『DUNE』のドゥニ・ヴィルヌーヴ監督なんかもいる。ポール・トーマス・アンダーソン(PTA)やスタンリー・キューブリックが好きなローレンスくん。ヴィルヌーヴもきっと好きになるだろう。ローレンスくんがカナダ出身というだけで、映画監督になる夢が叶わないと言うのなら、英語圏でない東アジアの日本人は、絶対に世界的な映画監督にはなれない。
この映画は、チャンドラー・レバック監督がブロックバスタービデオで働いていたころの経験が強く反映されているとのこと。そういえば日本でもブロックバスターのレンタルビデオ店が昔はあった。あの店舗の感じがそのまま映画に再現されていて、懐かしくなってしまう。90年代後半から2000年代頃になるだろう。自分もレンタルビデオ店で働いたことがあるので、この映画は他人事ではない。まだDVDになる前のVHS主流の時代。返却時にテープを巻き戻しておかないとならないルールがあった。自分もまだあの頃は本気で映画監督になれると思っていた。根拠のない自信。
さて、どうして具体的な実績もないのに、自分の才能を信じられるのだろう。これは精神疾患を疑った方がいい。自分が常に正しいと信じ切っているパーソナリティ障害の症状。バカと天才は紙一重。自己理解の浅い人は、やりがい搾取の格好の餌食となってしまう。
この映画の主人公のローレンスは、その自己評価の勘違いから、自分の周囲の人たちを見下して傷つけていってしまう。自分だけが特別の存在であって、周りの人は愚かでしかない。だからこそ暴君が許されるという錯覚。認知の歪み。でも、自分が自分の思い通りにやっていけているのは、周りのみんなが自分に合わせて席を譲ってくれているだけのこと。
自分が好きなものは、当然誰もが良いと思うに決まっている。自分はセンスが良い。自身が最高の趣味を持つエンターテイナーと勘違いしてしまう。あるとき周り人たちが耐えきれずに怒り出したり離れていったりしてしまう。ほとんどの人はなにも言わずに去っていくので、本人は一向に意味がわからない。でもいいさ。去る者は追わず。なにせ自分は天才なのだから。
自分こそが大人と思い込んでいたものの、真の大人だったのは、そんなダメな自分を許してくれていた周囲の人々のほう。精神に疾患がある人は、定期的に友人関係がリセットしてしまいがちと聞く。どこかでやらかして、そこに居られなくなる。新しい場所を求めて、新たな場所でゼロから人間関係を築き直して行く。人生のデビューを何度も繰り返さなければならない。不本意ながらの流浪の旅人。
映画の中のローレンスには、精神を病む原因ははっきり語られている。それが具体的になることで、映画はわかりやすくなってくる。ローレンスが自分の短所を受け入れる禊ぎを通して、彼はクソ野郎から離脱していく。すべてを失くして、そのときに初めて失くしたものの価値を知る。ローレンスが愚かだと思っていた周囲の人たちは、本当はかけがえのない仲間だったことに気づいていく。でももうそれは覆水盆に返らず。これからは自分語りはやめていこう。人の話を聴いていこう。ひとりになったっていいじゃないか。
相手の話をちょっと聴くだけで、すぐ友だちができてしまうという不思議をローレンスは体験していく。たいていの幸福な人は、新しい出会いを歓迎する。幸せは案外近くにある。
自分が饒舌に調子に乗って、話をたくさんみんなの前でする。今日は楽しく話ができてスッキリした。そういうときは要注意。それはたいてい失敗している。自分がみんなを楽しませた訳ではない。ただただ相手の反応を見ずに、お山の大将になっただけ。
ローレンスが裸の王様になれたのは、彼に才能があったからではなく、周りの空気が読めなかったから。バイト先で自分の進退が問われているとき、好きな映画のDVDの発売日が気になってしまうほどのズレ感。観ていてかなり怖い。一歩間違えば犯罪者にもなりかねない勘違い。犯罪を犯す人は、たいてい自分が世界でいちばん可哀想な人だと思っている。
ローレンスことチャンドラー・レバック監督は、人生の早い段階で己の愚かさに気づいて、人生設計を建て直したのだろう。周囲への態度を改められたなら、力を貸してくれる仲間も増えていくことだろう。人生はロールプレイングゲームのよう。かつて敵だと思っていた相手は、実は敵でも味方でもなかったりする。むしろ敵とみなさなかったことで、仲間になっていくこともある。生きるということはパラドックスの連続。
ローレンスの変わっていく姿は、メンタルヘルスの効果の表れでもある。人は時間をかけてゆっくり癒されていく。映画ではローレンスが治療をしている描写はなかったけれど、きっと良い主治医がいたことが想像できる。己の非を認めていくことは、かなり勇気のいることだから。
自分も映画を愛して、映画監督を目指した経験がある。夢を見ることはいいことだけど、そのために誰かを踏み台にしてはいけない。『アイ・ライク・ムービーズ』を観たことで、自分の人生に関わりを持って、傷つけてしまった人たちに、あらためて申し訳ないことをしたと反省させられる。いままで自分が出会ってきた人たちと、もっとうまくやっていけたなら、もしかしたらチャンドラー・レバックのように、本当に映画監督になれていたのかもしれないと軽く妄想。
人を楽しませるのが映画。それをつくる人が自己中心的な考えでは映画はつくれない。サービス精神の欠如は、映画制作とは真逆の精神性。
チャンドラー・レバック監督ほど、早い段階で自身の短所に気付けはしなかったけれど、自分も人生でなにかを建て直すことはできたようには思える。だから今の自分の人生もそうそう悪いものでもないと感じている。こちらは根拠のある自信。
映画を観て、たくさんのごめんなさいの感情が湧いてきた。過ぎたことは訂正できないので、これからの生き方で変えていくしかない。空気を読んで流れに乗るということは、プライドを捨てることとは違う。どんなに順応して隠そうとしても滲み出てくるものが個性。それは本人でもコントロールできないもの。その個性を活かすには、逆らうことではなく流れに乗りながら、泳がないでも進めるくらいの余裕があった方がいい。図々しさは身を守る。身を引くことは諦めではない。ここぞというときにパワーを発揮するための準備段階に過ぎない。生きづらさを感じているなら、現実逃避をするのではなく、現状を見定めることが最優先。迷えるローレンス少年は、自分の人生にとっての優先順位を見ることができないで苦しんでいた。多くは描いていないが、ローレンスの両親も同じ苦しみを背負っていたことも見受けられる。親も自分のことで手一杯。少なくとも次世代には、この苦しみは残したくない。
自身の黒歴史に蓋をしてしまいたくなるけれど、この映画を通して見つめ直していくことができるようにもなってきた。すこしは生きやすくなったのだろうか。
憎くらしくて愛すべき、おしゃれな映画『アイ・ライク・ムービーズ』。観るのが辛いけど、ときどき観返したくなる映画になりそうだ。
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