それを言っちゃおしまいよ『ザ・エージェント』
社会人として働いていると「それを言っちゃおしまいよ」という場面は多々ある。効率や人道的な部分で、これは間違ってはいるのだけれど、もしそこに触れてしまっては商売が成り立たなくなってしまう。殆どの人が気づいはいるものの、改善改革をしてしまう訳にはいかないものがある。白と黒の間、グレーゾーンで世の中は成り立っている。『ザ・エージェント』という映画の主人公ジェリー・マクガイアは、一流スポーツ・エージェントでその会社の矛盾に切り込んでいく。
この映画の原題は『Jerry Maguire』。主人公の名前がズバリタイトルになっている。邦題は『ザ・エージェント』という職業がタイトルになっているけど、これ『ジ・エージェント』じゃないのは何か意味があるのかなあ?
主人公のジェリーは一流スポーツ・エージェントしてノリにノっている。将来も順風満帆を約束されている。ある日、仕事の矛盾点に気づき、もっと人間的な仕事をするべきだと、会社にシステムを根底から変えるべきという提案書を、憑かれたかのごとく書き上げ全社員に配布する。ジェリーは正義感に燃え、これで会社も世の中も良い方向に向かうと信じて突き進む。そのレポートを出した翌朝、ジェリーは同僚達から拍手で迎えられる。そして解雇通告。組織の触れてはいけないところへ口を挟んでしまったからだ。会社からしてみればジェリーの行動は背信行為そのもの。これ、映画が始まって5分もたたないエピソード。まだスタッフ紹介のテロップが流れてる。
ジェリーが会社を追われるところからこの映画が始まる。挫折がすべての始まり。
この映画のアツい主人公ジェリー・マクガイアを演じるトム・クルーズに、自分はもの凄く感情移入してしまった。そしてジェリーを追い込む元同僚たちにすら愛情混めた演出をするキャメロン・クロウ監督も見事。ビリー・ワイルダーに大きく影響を受けたキャメロンの演出は、愛に満ちあふれている。この映画以降、自分はトム・クルーズとキャメロン・クロウの大ファンになってしまった。
ジェリーは仕事を通して、人と出会い、結婚しパパにもなる。仕事中心になり、家族がすれ違い苦しむ。その姿がとてもいい。
恋愛ものは数あれど、ほとんどが二人が結ばれたり別れたりすることで完結するのだが、この映画は二人が結婚した後の生活に重きをおいている。仕事と家族というテーマはとても普遍的にも関わらず、地味故にあまり作品で描かれることはない。本当は人生にとっては、結ばれた後の方が大事だったりもする。
「You complet me.(君は僕を完全にする)」という名台詞がこの映画に登場します。脚本も手がけるキャメロン・クロウは、こういったさまざまな意味が取れる曖昧な言葉をあえてキーワードにして映画の仕掛けに使う。なんとも知的な言葉遊び。
人生に大切なものはなんなのか。映画を観てほんわかな気持ちになりながら考えさせられる名作です。
関連記事
-
『あしたのジョー』は死んだのか?
先日『あしたのジョー』の主人公矢吹丈の ライバル・力石徹役の仲村秀生氏が亡くなりました。
-
『あの頃ペニー・レインと』実は女性の方がおっかけにハマりやすい
名匠キャメロン・クロウ監督の『あの頃ペニー・レインと』。この映画は監督自身が15
-
桜をみると思い出す『四月物語』
4月、桜の季節ということと、 主演の松たか子さんが 第一子誕生ということで、
-
『アメリカン・ユートピア』 歩んできた道は間違いじゃなかった
トーキング・ヘッズのライブ映画『ストップ・メイキング・センス』を初めて観たのは、自分がまだ高
-
『インターステラー』 いつか神仏の存在も科学で証明されるだろう
SF映画『インターステラー』はヒットはしないだろう。 けれども今後数十年語り継がれる作品に
-
『さよなら銀河鉄道999』 見込みのある若者と後押しする大人
自分は若い時から年上が好きだった。もちろん軽蔑すべき人もいたけれど、自分の人生に大きく影響を
-
『ソーシャル・ネットワーク』ガキのケンカにカネが絡むと
ご存知、巨大SNS・Facebookの創始者マーク・ザッカーバーグの自伝映画。
-
『哀れなるものたち』 やってみてわかること、やらないでもいいこと
ヨルゴス・ランティモス監督の最新作『哀れなるものたち』が日本で劇場公開された2024年1月、
-
『すずめの戸締り』 結局自分を救えるのは自分でしかない
新海誠監督の最新作『すずめの戸締り』を配信でやっと観た。この映画は日本公開の時点で、世界19
-
『七人の侍』 最後に勝つのは世論
去る9月6日は黒澤明監督の命日ということで。 映画『七人の侍』を観たのは自分が10代の