『マリッジ・ストーリー』 動機はいつだってシンプル
コロナ禍で世の中は様変わりしてしまった。ウィルスによる感染被害はもとより、それによる業務縮小などで経済的なダメージが計り知れない。街からは飲食店が激減したし、電車のラッシュアワーも以前よりは空いている。コロナ禍による国内外の経済的破綻は、ニュースで伝えるものよりも遥かに大きい。きっとマスコミで報道され始める頃には、かなり末期的な状況だったりするのだろう。国の対応を待つまでもなく、個人個人が自己防衛していかなければならないのは、それこそかなり実感している。
そんなオイルショック以来の経済破綻と言われているコロナ禍。世界経済の悪化はリーマンショックをすっ飛ばしている。今後数年はコロナの新種株が入れ替わり立ち替わり対応するような生活が続きそう。それにコロナ禍が収束した後もしばらくは、不景気を立てた直すまでの時間と労力がかかるだろう。
不景気の逆境下であっても、かえって繁盛する仕事もある。配達業やら動画配信業などは、巣篭もり生活には相性がいい。我が家もとうとうNetflixに加入してしまった。自分は石橋を叩いても渡らないような性格。配信サービスはかなり警戒していた。実際に利用してみるとかなり便利。自分の映画鑑賞スタイルが一変した。今まで映画はスクリーンで観るものだと頑なに信じていたが、タブレットやスマホで場所を選ばずに映画鑑賞できるのは夢のようにラク。小説を読むように映画を観ることができてしまう。もちろん映画は大きなスクリーンで観るものだという考えは根本的には変わらない。でもそんな上出来な環境下で映画鑑賞できる機会を待っているよりは、バンバン観たい作品に触れていった方が精神衛生上に良い。
Netflix制作のオリジナル作品が、アメリカアカデミー賞をどんどん獲得している。この映画『マリッジ・ストーリー』も、一番最初の公開はNetflix上のみ。加入者しか観ることができない映画。作品の受賞であとから劇場で凱旋上映されていた。配信会社や衛星チャンネルが制作する作品は、一般上映作より質が劣るのではという先入観を払拭してしまった。Netflixでしか観れないオリジナル作品が多すぎる。Netflixのオリジナル作品は、ハリウッドのビッグバジェット系の大作もあれば、アート系作品もあり、ジャンルに偏ることがない。日本制作のアニメ作品でさえ、Netflixが出資した方がバラエティに富んだ作風が見られるように感じたりする。
映画『マリッジ・ストーリー』は、ウディ・アレンの映画のような地味な独立系映画の雰囲気。監督が『イカとクジラ』のノア・バームバックと言われれば納得。『マリッジ・ストーリー』というタイトルだけど結婚への物語ではない。これはある夫婦の離婚の話。とにかくキャスティングが魅力的。妻を演じるのは『ブラック・ウィドウ』ことスカーレット・ヨハンソン、夫は『スター・ウォーズ』の悪役カイロ・レンのアダム・ドライバー。強すぎる。
離婚調停中のこの映画の夫婦。実のところとても仲が良さそう。それがなぜ離婚しなければいけなくなったのか。ミステリー小説のような不可解な冒頭。映画を「読み進めて」いきながら、この夫婦にいったい何があったのか、観客は「あーでもないこーでもない」と推理させられる。行間の多い演出。それだけでも面白い。
夫は才能溢れる舞台演出家。妻はメディアでも活躍する俳優。妻は夫の劇団に所属する。夫は世間からの評価は高いが、経済的には厳しい。妻はその気になれば、高いギャランティの仕事が選べる立場。あえて夫の劇団に属している。この離婚騒動は仕事が原因なのか?
夫婦の離婚調停に、第三者の弁護士が介入してくることで、物事が急に複雑になっていく。論点は息子に対する親権争いに焦点が絞られていく。離婚先にありき、勝った負けたの世界。あらゆる事実が、親権獲得を有利にするための方便に塗り替えられていく。夫婦喧嘩は犬も食わぬとは昔の諺。裁判になれば、お互いの感情や想いよりも、事務的な勝利に導く事実が必要。そこへ至る経緯は無視されていく。心が消えていく。そんなはずではなかったのに。まさに泥試合。
夫も妻も善良な人。お互いがお互いの才能を認め、その関係が進んで恋人同士になったのがわかる。それがやがて結婚して親になる。二人の関係を示す「結婚」という単語は、単なる戸籍上やデータ上での属性証明だけではない。夫はいつまでも妻と友人や恋人としての関係が永遠に続くと信じている。夫は息子とも良き友人関係でもある。かたや妻は出産を機に母親になることに自分の気持ちをシフトチェンジしている。恋人関係から家族関係へと変遷する。この夫婦間での認識の微妙なズレ。夫はそこから生じる孤独に耐えられない。夫はフラッと横道に逸れる。それは妻への裏切り。信頼関係があるからこそ許せない。夫の孤独はそれを実感できない。
別れる理由を弁護士たちがどんどんでっち上げてくる。事実はいったいどこにある? 本人に関する記述にもかかわらず、その行動を起こした動機がわからなくなってくる。この離婚騒動をきっかけに、結婚生活を見返していくことになる。裁判に残る陳情書は、きっときれいにまとまるだろう。でもそれはこの夫婦の実際の生活とは別物。ものごとはもっとシンプル。
人は混乱すると、どうしても自己防衛に走ってしまう。上手な言い訳をつくるのに慣れてしまうと、自分の本当の気持ちがわからなくなってしまう。混乱した時だからこそ、この混乱に向き合う必要がある。きっと全ての動機は単純で純粋なもの。詭弁が自分の本当の気持ちをぼやかせる。もしかしたらそれはどんな事象にもあてはまる。先入観のない不安や違和感には、きちんとした理由がある。その怖れに近い感情は、放っておくと勝手に育っていく。やがてそれは手に追えないものになっていく。そうなる前にその違和感と向き合う勇気。安易に解決しない気長さが問われる。
仲の良かったパートナー同士が別れを決めるとき、きっとその意味不明な違和感のサインは、ずっと以前から兆候として存在していたはず。そのサインに、ベストなタイミングで向き合うかどうかで、きっと今が変わっていた。他人の評価や世間体がどうであれ、まずは自分の感覚を信じてみる。二人の結婚関係は、もう修復不可能だろう。でも皮肉にもお互いの人生を見つめ直すきっかけにはなった。結婚とも友人とも違った人間関係の始まり。映画はひとつの人生の反面教師として、鈍い痛みを孕みながら終わっていく。
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