*

『ノマドランド』 求ム 深入りしない人間関係

公開日: : 最終更新日:2021/05/21 映画:ナ行, 映画館,

アメリカ映画『ノマドランド』が、第93回アカデミー賞を受賞した。日本では3月からこの映画は公開されている。コロナ禍の影響で映画館の客足が遠のいているのか、はたまた作品自体が地味なのか、公開から一ヶ月後には上映終了のアナウンスが流れていた。

自分はこの映画『ノマドランド』は、賞を獲ろうが獲るまいがいずれ観たいとは思っていた。この調子だと映画館で観れないなと諦めていた。作品のアカデミー賞受賞で、晴れて公開期間延長。コロナの感染拡大、緊急事態宣言と、とかく緊張感ある時期。注意しながら劇場へ足を運んだ。

劇場に来ている観客は、圧倒的に高齢者ばかり。テレビのニュースやワイドショーで、この映画のことが紹介されたのだろう。話題になっている映画なら、一目観てみようという好奇心。実際、夜のニュースよりも昼のワイドショーの方が時事ネタに強い。昼夜忙しく働いているビジネスマンだと、思考能力が低下してしまう。映画を観に来る高齢者の方が、24時間戦士より話が通じやすそう。この映画は60代のフランシス・マクドーマンドが主演で、若者がほとんど登場しない。客層の年齢が上がるのは当然のこと。

原作はジェシカ・ブルーダーのノンフィクション『ノマド:漂流する高齢者たち』。原作に登場する高齢者たちは、実際にノマド生活をしている人たちで、本人が実名でそのまま映画に出演している。フランシス・マクドーマンドはファーンという架空の人物を演じてる。架空の人物で主人公のファーンの目線を通して、現実世界に溶け込んでいく。フィクションとドキュメンタリーが混ざった不思議な映画。

監督は中国出身のクロエ・ジャオ。アメリカのアカデミー賞は「漂白文化」と揶揄されていた。数年前までは白人ばかりのイベントだった。近年はその批判を気にしてか、有色人種の受賞が増えてきた。昨年の韓国映画『パラサイト』が、英語で制作されていない、純粋な韓国映画にもかかわらず最多部門受賞した。『ノマドランド』はアメリカ映画ではあるが、監督は中国人。原作者も監督も主演も皆女性。アカデミー賞の多様性を、世界にアピールする流れが見える。

ノマドワークという言葉がちょっと前に流行した。クリエーター業で、パソコンさえあれば場所を選ばず仕事をする人のことをノマドワーカーと呼んだ。平日の昼間にスターバックスで、iBooksを広げて作業をしている人なんかがそれに当たる。ノマドワーカーの使うPCは、どうやらApple社製でなければいけないらしい。自分はそれに近い仕事環境なので、なんだか恥ずかしくなってきた。さぁ、あなたも私もノマドワーカー!

映画はファーンが家を出るところから始まる。リーマンショックの影響で会社が倒産し、その社宅が閉鎖される。ファーンの夫はすでに他界していて、子どももいない。おひとりさまのファーンは、バンに乗って荒野を旅に出る。路上生活というと安易にジャック・ケルアックを連想してしまう。ロマンあふれるロードムービーなのではと。

でも、ファーンの旅は孤独。交わす会話もほとんどない。風の音や水のせせらぎだけが聞こえてくる。高齢者のひとり旅は、黄昏時がお似合い。クロエ・ジャオの演出は、撮影が困難な、夕暮れ時のマジック・アワーをメインにしている。

ファーンは、自分はホームレスではなくハウスレスだと言う。ギリギリの自己尊厳の維持。どんなに孤独な旅でも、人は一人では生きていけない。彼女はAmazonの物流センターで梱包の仕事をしたり、ハンバーガショップの厨房に立ったりする。どれもが短期就労の低賃金。立身立て直す資金繰りには、到底及ばない。繁忙期だけ招集されて、仕事がなくなればそれきり。安定した雇用ではない反面、後腐れもない。一期一会の人との触れ合いの中、彼女もコミュニティへと参加していく。そこは流浪の旅を続けている高齢者たちであるノマドの集会。

高齢者たちはなぜ孤独な旅を選んでいるのか。日本でも高齢者の孤独死が社会問題となっている。高齢になって独居暮らしをすることはいけないという風潮がある。果たしてノマドたちは、帰る場所や身内は本当にいないのだろうか。映画を観ていくうちに、高齢者たちが、なぜノマドとして生きる道を選んだのか、理由がぼんやり見えてくる。

日本映画『男はつらいよ』の寅さんが浮かんでくる。寅さんは人生を通しフーテンの旅を続けている。でも彼には帰る場所はある。柴又の和菓子屋さんの「とらや」がそこ。そこには、おいちゃんおばちゃん、妹のさくらが、寅さんの身を案じて帰りを待っている。寅さんがたまに「とらや」に帰ってくることで映画は始まる。マドンナになる誰かに恋をして大騒動。最後に寅さんがマドンナに振られて、寂しく去っていくのがいつものパターン。でもシリーズが長寿になると、中には「寅さんと一緒になってもいい」と言うマドンナも登場する。そんなとき寅さんは、「バカを言っちゃあいけない」と、相手の気持ちを無碍にして、また去っていく。寅さんは幸せに臆病だ。でもその幸せの正体って何?

ファーンをはじめとする高齢者ノマドたちの人生には、皆それぞれ何かありそうだ。ファーンにも帰る場所はあるのだろうか? 映画はただノマドの孤独なあてなき旅を描いているわけではない。ノマドの中にも帰る場所を持つ者もいる。ある者は「一緒に暮らそう」と、誰かの誘いに乗ってみる。そしてある者は放浪の旅に戻っていく。後者の選ぶ道が孤独死と同義語であっても。

ノマドたちは皆、人生の大きな喪失感を抱えている。活力のある若いときならまだしも、心身ともに弱ってきてから、大事なものを失うのは辛い。そこから立ち直って、新しい人間関係を築くのは、かなりの体力精神力が必要。「家族なんだから、身内なんだから頼ってくれていい。一緒に生きるのは当然だ」 心優しい人は、ノマドとなった高齢者たちに声をかけてくれる。人として当たり前の価値観。でもこの映画はその価値観に疑問を投げかける。

ロードムービーや冒険ファンタジーは、行きて帰しの物語。主人公は、物語の最後には出発の地に戻ってくる。旅を経た経験を通すと、懐かしい生まれ育ったその土地も違った印象で見えてくる。けれどファーンには戻るべき場所はない。彼女はまた新しい旅に出る。深入りする人間関係は、もういらない。

やっぱり流転の生活は、高齢者ノマドにとって不本意な旅。もしリーマンショックで会社が潰れなかったら。もし社宅を追い出されることがなかったら。きっとファーンは、そこでひとり穏やかに老後を過ごしたことだろう。ファーンはかつて教師だった。知的でまじめに生きていたことだろう。住む家をなくすことが、自業自得とは言い難い。高齢者から住む場所を奪う政策にこそに問題がある。

中国人であるクロエ・ジャオ監督の受賞作品が、母国で凱旋ロードショーされるであろうと、普通なら考える。でも彼女の作品は母国では上映中止。なんでも普段からのクロエ・ジャオ監督の政治発言が原因らしい。それがいまの中国。

『ノマドランド』という静かな映画も、政治的な意味合いを多く含んでいる。世の中では「絆」やら「家族」やらの無敵キーワードを武器に為政者たちが政策を放つ。あくまで自助努力、身内だけの話し合いでなんとかしてくれよと。

世の中の多様化が進むなか、さまざまな価値観や幸福論が生まれてくる。十把ひとからげに片づけてしまったら、さらに新たな問題が生じるだけ。臭いものに蓋をし続けた顛末が、いまの生きづらさにつながっている。ステレオタイプに「収まるところに収まればいい」という考え方は、ひじょうに乱暴で雑。誰かと繋がるのも自由だし、ひとりでいるのも自由。映画は、先見的でユニークな生き方の提示をしている。

上映中、映画を観ているおばさまたちが、ソワソワしているのに気がついた。映画が退屈なのだろう。テレビのワイドショーで話題になったこの映画を観に来たら、どうもよくわからない。テレビドラマのような、派手な展開もなければ事件も起こらない。主人公は、人との交わりを避けて、ひとりで生きようとする。「みんなで暮らせばいいじゃない!」 客席のおばさまたちの声なき声が聞こえてくる。この映画に流れている新しい価値観には共感できない。いまの観客のほとんどが、「帰って一緒に暮らそう。それがいちばんいい」と説得する側の視点なのだろう。

だからこそいま『ノマドランド』が評価される意味がある。人と人とが支え合って、密になって生きるのもひとつの生き方。でも本当に人の尊厳を考えたら、道はひとつの筈はない。多様性を認める勇気。一人ひとりにとって幸せの定義はちがう。他人から押し付けられた幸せでなく、自分自身の力で考え求めることで、初めてそれは得られる。

今回のコロナ禍の経済的ダメージは、50年前のオイルショックを越えるとよく聞く。リーマンショックを飛び越こえてオイルショック以来のピンチ! 倒産した店や会社も多い。経済的ダメージの影響はアフターコロナにやってくる。これからこの道の先に何があるかは誰もわからない。さらに厳しい世の中になっていくだろう。だからこそ自分で納得して選んでいかなければならない。覚悟の必要。そしてそれが本当の自由なのだから。

ノマドランド

関連記事

『MINAMATA ミナマタ』 柔らかな正義

アメリカとイギリスの合作映画『MINAMATA』が日本で公開された。日本の政治が絡む社会問題

記事を読む

『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』 それは子どもの頃から決まってる

岩井俊二監督の『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』を久しぶりに観た。この映画のパロ

記事を読む

『太陽がいっぱい』 付き合う相手に気をつけろ

アラン・ドロンが亡くなった。訃報の数日前、『太陽がいっぱい』を観たばかりだった。観るきっかけは、

記事を読む

『キングコング 髑髏島の巨神』 映画体験と実体験と

なんどもリブートされている『キングコング』。前回は『ロード・オブ・ザ・リング』のピーター・ジ

記事を読む

no image

関根勤さんのまじめな性格が伝わる『バカポジティブ』

  いい歳をした大人なのに、 きちんとあいさつできない人っていますよね。 あ

記事を読む

『ダンダダン』 古いサブカルネタで新感覚の萌えアニメ?

『ダンダダン』というタイトルのマンガがあると聞いて、昭和生まれの自分は、真っ先に演歌歌手の段

記事を読む

no image

『ハリー・ポッター』シングルマザーの邂逅

  昨日USJの『ハリー・ポッター』のアトラクションが オープンしたと言う事で話題

記事を読む

『ゴーストバスターズ(2016)』 ヘムジーに学ぶ明るい生き方

アイヴァン・ライトマン監督作品『ゴーストバスターズ』は80年代を代表するブロックバスタームー

記事を読む

『アナと雪の女王2』百聞は一見にしかずの旅

コロナ禍で映画館は閉鎖され、映画ファンはストレスを抱えていることだろう。 自分はどうか

記事を読む

『リアリティのダンス』ホドロフスキーとトラウマ

アレハンドロ・ホドロフスキーの23年ぶりの新作『リアリティのダンス』。ホドロフスキーと言えば

記事を読む

『ブラッシュアップライフ』 人生やり直すのめんどくさい

2025年1月から始まったバカリズムさん脚本のドラマ『ホットス

『枯れ葉』 無表情で生きていく

アキ・カウリスマキ監督の『枯れ葉』。この映画は日本公開されてだ

『エイリアン ロムルス』 続編というお祭り

自分はSFが大好き。『エイリアン』シリーズは、小学生のころから

『憐れみの3章』 考察しない勇気

お正月休みでまとまった時間ができたので、長尺の映画でも観てみよ

『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』 あらかじめ出会わない人たち

毎年年末になるとSNSでは、今年のマイ・ベスト10映画を多くの

→もっと見る

PAGE TOP ↑