*

『ワンダヴィジョン』 おのれの感覚を疑え!

公開日: : ドラマ, 映画:ワ行, 配信

このコロナ禍で映画に接する意識がすっかり変わってしまった。今まで映画は映画館で鑑賞するものと頑なに信じていた。ただ、年々高騰していく映画館の入場料にも困っていた。日々の生活も忙し過ぎて、映画館に足を運べる時間を工面するのも一苦労。少しでも映画鑑賞代を節約しようと、レンタルショップに足げく通った時期もあった。この2年での自粛生活で、配信サービスにやっと手を伸ばした。自分はずっと配信には抵抗があった。ネット上だけで映画選びをすることに味気なさを感じていた。

映画鑑賞という行為は、ただ単純に映画を観ればいいというものではない。どこの映画館へ行ったか、そのときの自分の状況がどんなだったか、誰とその映画を観たとか、さまざまな記憶が絡み合って、ひとつの映画鑑賞体験になっている。映画を映画館で観ないなんて、作品制作者対して失礼だと勝手に思い込んでいた。

実際に配信で映画を観はじめると、スマホさえあればどこででも映画を観れるのはとても便利。いま時代も変わって、映画産業自体が、作品を映画館で流すことばかりを前提に制作しなくなってきている。どんな環境下でもこだわらないフレキシブルさが、今後の映画鑑賞スタイル。忙しくて観たい映画が観れないとイラつくよりは、移動中に映画を一本観てしまうほうが精神衛生上ひじょうに良い。配信で作品を観ていくという行為が、これから新しい映画体験の記憶となっていくだろう。

MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)はディズニープラスの目玉ブランド。映画で展開されていたアメコミ・ヒーローの世界観が、配信サービスのオリジナル・ドラマ・シリーズにまで広がっている。いままで映画のMCUシリーズを観てきた自分には無視できないようなラインナップ。この配信オリジナル・ドラマの第一弾がこの『ワンダヴィジョン』。映画シリーズの番外編とは言い難い力の入れよう。ディズニープラス配信を始めたら、まず最初に観たい作品だった。

『ワンダヴィジョン』は、昔のテレビのシチュエーション・コメディドラマを模した演出。一話ごとに年代別のテレビドラマ風に展開していく。主人公のワンダは超能力者で、パートナーのヴィジョンはAIの義体化。第一話は『奥様は魔女』のパロディで、奥様は魔女で旦那様は人造人間という設定で、コメディ・ドラマを再現している。こんなマーベルもあっていいんじゃない?とクスクス笑って楽しんでいた。番外編と思ってすっかり油断していると、知らず知らずに制作者の手中に堕ちていた。

この『ワンダヴィジョン』は、MCUのどの時期に当てはまるのか? ミスリードを狙った、仕掛けだらけのプロットがミステリー作品を観ているよう。楽しい筈のコメディ作品が、いつの間にかSF作品に変容していく。現実と思っていたものが幻覚で、気づくと自分が狂人になっていたような怖さ。行きは良い良い帰りは怖い。観客は「やられた〜」と思わずにいられない。

よくもまあこんな遊び心のある実験的なプロットに制作許可が降りたものだと感心してしまう。映画が好きでもないのに映画のプロデューサーになってしまう人はどこの国にも多くいる。プロデューサーには芸術的な感性よりも、運用力のほうが問われる。芸術的だったり実験的だったりする作品は儲からないので相性が悪い。企画書を読み込む力はあまり必要ない。

昔のシチュエーション・ドラマの技法で遊んだり、SF的な幻想をみせたりするなんて、センスが良すぎる。制作者たちのサブカル・マインドが花開く楽しさ。もちろん本編はSF的な風刺が効いている。先が読めない。

ひと昔前までは、映画監督は作品作りにおいて絶対的な存在だった。大手映画制作の現場では、監督よりもプロデューサーが作品の権力を握る。さらに出資しているスポンサーは神のような存在。現場や観客を理解していない神様。ハリウッドでは工事のように日に日に映画作品が「製造」されていく。映画制作のフランチャイズ化。いかに効率よく稼ぐかが主眼。いつしか映画監督の立場は低いものとなる。映画監督は憧れの職業。なりたい人が多い職業は、自然と椅子取りゲームになる。志願者は足元を見られてしまう。いまやハリウッドの映画監督もシステム化されて、コンビニの支店長に近い管理業のイメージ。そんな大手作品で、奇抜なアイデアが通るはずもないと思ってしまっていた。

ディズニー作品のシナリオ会議を、よくメイキング映像で紹介している。そこでは多くのスタッフが招集されて、みんながみんな意見を出し合う。「この状況でこのキャラクターのこの行動が理解できない、自分ならこうする」など、スタッフたちが熱く意見を交わし合うすがたはカッコよくみえる。(もちろんそう見えるように演出しているのだが)自分の人生観がそのまま作品に反映されることを製作陣は知っている。己を磨くことが、そのまま良い仕事につながっていく。人生と仕事の理想をめざす。

お金が充分にかけられるディズニーで、上手に予算を使って面白い作品を作ってる。連続ドラマの一話完結だからこそ出来る手法。ハリウッドはもうネタ切れとか、ヒーローものばかりだと言われがちだが、やればできる。王道で冒険する。本来率先して大手企業がやらなくてはならない役目を果たしてるように感じる。コロナ禍で映画館に観客が集まらなくなった。それもあって『アベンジャーズ エンド・ゲーム』で、MCUのブームも終わるのかと思っていた。メディアのフィールドを変えて展開していくのはなかなかしぶとい。今後も楽しみになってきた。

『ワンダヴィジョン』のSF的な精神的な闇のメタファー。人はとかく自分が見たいものを現実としたがるもの。もしかしたら自分の中の現実は、現実逃避の幻覚なのかもしれない。自分の感覚を疑う勇気。いざメタ思考。単純なホームコメディの入り口から、脳科学や心理学をからませていく。オタク心がどんどん疼く。亜流だと思っていたら、ガチ本流だった。 MCUの配信オリジナル作品を侮るなかれ。きっと今後のMCU作品の伏線もあるだろうから、ドラマ・シリーズもまったく目が離せない。困ったものだ。

関連記事

『ブータン 山の教室』 世界一幸せな国から、ここではないどこかへ

世の中が殺伐としている。映画やアニメなどの創作作品も、エキセントリックで暴力的な題材ばかり。

記事を読む

『哀れなるものたち』 やってみてわかること、やらないでもいいこと

ヨルゴス・ランティモス監督の最新作『哀れなるものたち』が日本で劇場公開された2024年1月、

記事を読む

『LAZARUS ラザロ』 The 外資系国産アニメ

この数年自分は、SNSでエンタメ情報を得ることが多くなってきた。自分は基本的に洋画が好き。日

記事を読む

『シン・ウルトラマン』 こじらせのあとさき

『シン・ウルトラマン』がAmazon primeでの配信が始まった。自分はこの話題作を劇場で

記事を読む

『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』 あらかじめ出会わない人たち

毎年年末になるとSNSでは、今年のマイ・ベスト10映画を多くの人が発表している。すでに観てい

記事を読む

『男はつらいよ お帰り 寅さん』 渡世ばかりが悪いのか

パンデミック直前の2019年12月に、シリーズ50周年50作目にあたる『男はつらいよ』の新作

記事を読む

『わたしを離さないで』 自分だけ良ければいい世界

今年のノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロ原作の映画『わたしを離さないで』。ラブストーリ

記事を読む

『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』 自立とはなんだろう

イラストレーターのヒグチユウコさんのポスターでこの映画を知った。『ルイス・ウェイン 生涯愛し

記事を読む

『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』 長い話は聞いちゃダメ‼︎

2024年2月11日、Amazonプライム・ビデオで『うる星やつら2 ビューティフル・ドリー

記事を読む

『進撃の巨人 完結編』 10年引きずる無限ループの悪夢

自分が『進撃の巨人』のアニメを観始めたのは、2023年になってから。マンガ連載開始15年、ア

記事を読む

『ケナは韓国が嫌いで』 幸せの青い鳥はどこ?

日本と韓国は似ているところが多い。反目しているような印象は、歴

『LAZARUS ラザロ』 The 外資系国産アニメ

この数年自分は、SNSでエンタメ情報を得ることが多くなってきた

『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』 みんな良い人でいて欲しい

『牯嶺街少年殺人事件』という台湾映画が公開されたのは90年初期

『パスト ライブス 再会』 歩んだ道を確かめる

なんとも行間の多い映画。24年にわたる話を2時間弱で描いていく

『ロボット・ドリームズ』 幸せは執着を越えて

『ロボット・ドリームズ』というアニメがSNSで評判だった。フラ

→もっと見る

PAGE TOP ↑