『東京卍リベンジャーズ』 天才の生い立ちと取り巻く社会
子どもたちの間で人気沸騰中の『東京卍リベンジャーズ』、通称『東リベ』。面白いと評判。でもヤンキー漫画がなぜ? なんでも主人公にはタイムリープ能力があって、死んでしまった仲間を、過去と現在を行き来しながら救っていくという話らしい。ヤンキーとSFをくっつけたイノベーションが斬新。自分達の世代だと『池袋ウエストゲートパーク』が、半グレヤンキーものとしてすぐ浮かぶ。『今日から俺は!!』も、なぜか令和の現代にドラマ化でリバイバルヒットした。半グレの世界をいざ描くとなるとまだ生々しい。だからこそ昭和な不良の象徴である暴走族を設定にしたのかも。そして最近日本のアニメやで流行りのタイムリープもの、ハリウッドのマルチバースの概念を堂々と取り入れるセンスは、あざとすぎて清々しい。体育会系と理系の融合。SF要素が入るとなれば、自分としては無視できない。子どもに受けるということは、それほどハードな内容ではないとみた。
アニメ版を観てみると、この時代を知っている身としては笑えない描写が多い。ヤンキーのキャラクターがリアル。モデルになった強烈な人物像がなんとなく浮かんでくる。みんな目がイッちゃってる。原作者の和久井健さんは、実際に半グレ系のスカウトマンの経歴を持つとのこと。自身が体験したり出会ったりした人たちが、作品作りの基盤にあると伺える。そのまま描けばルポものになってしまうが、SF要素を加えることでファンタジー性が出る。語り口がマイルドになる。そのワンクッションで、子どもも観れる作品となったのだろう。ルポ的要素は、前作の『新宿スワン』の方が色濃いのかも。
ヒゲダンことOfficial髭男dismの不思議なメロディラインの主題歌も脳内ヘビロテしてしまう。そういえばこの主題歌が好きだと言っている人が多かった。すでに無意識のうちに『東リベ』が、自分の周りに浸透していた。
『東京卍リベンジャーズ』というタイトルにも関わらず、結構横浜の山下公園の場面も多い。文化は南下するというけれど、犯罪も同じ流れ。今となっては東京もやり尽くした感がある。新しい街の方が、さまざまな方面で盛り上がるのは納得できる。
主人公が属する暴走族の総長・マイキーが魅力的。小柄で可愛い顔立ち。普段は悲しそうな表情をしている。ひとたび喧嘩となれば、並外れた身体能力で巨漢も吹っ飛ばす。IQがめちゃくちゃ高そうで、中学生なのに既に達観していて冷めている。ナルコレプシーの過眠症。常に睡魔に襲われている。天才肌の重度な発達障害。
『東リベ』は、発達障害の漫画ではないので、その症状に深入りすることはない。でもきっと作者が知るマイキーのモデルとなった人物が、この眠り病の患者だったのだろう。ナルコレプシーは、歩いている時でも突然睡魔に襲われてしまう。いきなり意識がなくなって、頭を打つ可能性もあるのでとても危険。だからマイキーは、いつも誰かと一緒でないと、敵がいなくても危険。
マイキーはIQの高さから、ものの通りは一瞬で把握してしまう。自分は万能だと自信に満ち溢れている。カリスマ性があるので、自然と人が慕ってくる。身が軽く、感覚鈍麻もあるだろうから痛みにも強い。人の上に立つ素養は申し分ない。これは障害と紙一重の能力。どれもこれも発達障害にある症状。天才ゆえ学校の授業はつまらない。自分で事業を起こした方がいいと、暴走族にならずとも早々に独立してしまうだろう。とにかく日本の社会のレールには乗りづらい。
他の暴走族のリーダーになる人物たちも、皆何かしらの強い特性を持つ天才肌ばかり。それがマンガ的キャラクターとして立ってくる。喧嘩に強いオラオラ系の武闘派だけでは、悪い組織でもやっていけない。オシャレにも興味がないと舐められる。あらゆる角度から武装できる能力が必要。
マイキーのプライベートが想像できない。その神秘性がさらに魅力。もしかしたチームの前にいる時以外はずっと寝ていて、そもそもプライベートなんてないのかも。表に出ている姿がマイキーのすべてなのかもしれない。人ひとりができることなんて限りがある。
主人公・武道(たけみち)のガールフレンドの日向(ひなた)というキャラクターも引っかかる。少年マンガなので、女性キャラクターには重きを置いていないのはわかる。でも観客の想像力を試されているような気もしてくる。優等生風なのに、アニメ版では髪の毛がピンク。染めてるのかな? 前髪は顔半分まで垂らしてして、オタクっぽいルックス。明るいのか暗いのかよくわからない。子どもが持っていた原作マンガをみると、前髪は垂らしているものの、野暮ったい印象はない。主人公のガールフレンドなのだから美人なのはあたりまえか。髪がピンクなのは、地毛が赤毛がかっているのを誇張しただけなのだと脳内補完。この優等生が、不良の武道になぜ魅かれるのだろう。日向の欠点は、ダメンズ好きなところ。その日向の趣味嗜好が、暴走族の抗争に巻き込まれて死んでしまうという、物語のきっかけになる事件に繋がってくる。日向を死なせたくない武道が、タイムリープ能力を使って助けていこうとするのが物語の始まり。
武道が何度も過去と現在を行き来するうちに、世界がどんどん変わっていく。最初の日向は、単純にダメンズ好きから武道を選んだのだろう。武道が過去を変えていくうちに、武道の性格も変わってくる。武道がだんだんダメンズではなくなっていく。自然と日向の潜在的な趣味嗜好も変わっていく。最終的には、暴走族の抗争などには巻き込まれないような人生に刷新されていくことだろう。どんなにカッコよく描かれていても、やっぱり悪の道は辛すぎる。先日、『東京卍リベンジャーズ』の原作漫画の連載が完結したとのこと。その結末に自分がたどり着くまでには、まだまだ時間がかかりそう。
IQの高い天才だったり、高学歴だったりすると、人格も優れているかのような錯覚に陥る。でも平気で人を殺せるサイコパスも天才。天才と人格者は別物と捉えることが大事。天才的な能力も、間違った使い方をすれば、世界を破壊せしめん大殺戮や戦争を起こしかねない。天才だって人間。誰とでも同列の視点で向き合っていかなければ、みすみす社会悪を生み出してしまう。
高い能力がありながら悪に道に走ってしまうのは、生育歴の問題が考えられる。人間らしい愛情を受けてこなかった人間は、他人への思いやりなど持つはずもない。並外れた能力を持ちながら、他人の痛みがわからない人物ほど恐ろしいものはない。社会悪がなくならないのも、サイコパスの天才が社会で無敵にのしあがってしまうからではないかと邪推してしまう。
発達障害を持つ人が、この世知辛い社会でどう生きていくかは重大関心事項。経済中心の人に優しくない現代社会では、天才的能力も悪い方にしか頭角を表さない。生まれてきた子どもたちの誰もが、大事に育てられる社会。子どもたちが、自分は愛されていると感じながら成長できる社会。大人に成長しても、あなたはそこにいるだけで尊いと、自己尊厳を守られた社会。個人が尊重されることが、いかに社会にとって良い方向へ向かうかは、想像しないでも見えてくる。
魅力的な人物が、そのまま社会の役に立てる真っ当な社会は理想的。日本では、子どもの教育は金儲けの材料でしかなくなった。経済格差と教育格差が同義語となった。どんなに能力が高くても、家庭に経済力がなければ高い教育は受けられない。逆に能力がなくとも金持ちの子は、無条件で良いポジションが約束される。そりゃあ悪が勃興する。子どもの教育をおろそかにすると国力が衰える。
生まれの出自は選べない。親ガチャなんて言葉も流行った。今は住んでいる地域で、学校の成績も決まっている。どんなに頑張って好成績を取っても、通う学校で、もともと取れる点数に上限が定められている。これは不公平。
子どもを育てるのは、親だけではない。地域や社会、国をあげて子どもを育てる。そしてその人が持っている能力が、悪い方向へ向かわないようにするのも教育。多様性という言葉も胡散臭くなってきたが、ようはその人なりのフレキシブルな人生が送られればいいというだけのこと。日本の義務教育が、昔ながらの軍隊教育のままというのは問題。十把一絡げで、みんな同じでみんないいわけがない。
最近は日本の大企業や学校も、個人の尊厳について動き始めている。まだまだ過渡期だけれど、より良い方向へ向かおうと試行錯誤している。人の尊厳に関わる考え方と社会環境は、5年前と比べると遥かに良くなってきている。
でも人は悪に憧れる。戦国武将も、独裁者や半グレヤンキーも同じタイプの天才サイコパス。歴史を動かした人物たちは、双刃の剣を持つ危うい存在。どうしても人はエキセントリックなものに惹かされる。激しい生き方をする人を遠目で見るのは勇気がもらえる。ただ身近にいたらかなり困る。振り回されてこちらが破滅する。悲しいかな、人の能力には歴然とした格差はある。これを平等にせよと言うと無理がある。己を知るのも教育。なりばかりデカくて中身が赤ちゃんではいけない。慣例の教育からの方向転換。優しい環境が人を育てる。自分も今更ながら、優しい社会で生きたいものだ。
東京卍リベンジャーズ(30) (講談社コミックス) コミック (紙)
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