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『ブラックパンサー ワカンダ・フォーエバー』 喪の仕事エンターテイメント

公開日: : 映画:ワ行, 配信, 音楽

作品全体からなんとも言えない不安感が漂っている。不思議なエンターテイメント映画。ディズニー・マーベルのような娯楽映画王道の超大作で、これだけ登場人物たちが悲しみ迷い続けている作品を観たことがない。ハリウッドのメジャー作品なので、とうぜん派手なスペクタルシーンの見せ場はある。でも鑑賞後は、静かな映画を観た余韻が残る。それもこれも理由はひとつ。本来この映画の主役だったはずのチャドウィック・ボーズマンことブラックパンサーがいないから。座長の不在でもあり、本編においてはワカンダという架空の国の王が突然いなくなってしまったことになる。主人公不在のまま、映画は進んでいく。

人気シリーズの主演俳優が、シリーズの途中で突然亡くなってしまう。ショッキングだし、その喪失感はとても大きい。我々観客も驚いたが、作品に携わるスタッフキャストも我々以上に動揺しただろう。前作『ブラックパンサー』の高評価で、同じスタッフキャストで続編が製作されることは、早くから発表されていた。単純に捉えれば、その企画が流れるか、代役をあてがって何事もなかったかのように物語を進めていくか。最近ではCG代役を立てることもできる。でもこの映画はその凡庸なアイデアを選ばず、チャドウィック・ボーズマンの死という事実をそのまま受け入れた。エンターテイメントという虚構が、現実を内包していく。はたしてどんな作品になっていくのか予想がつかなくなっていった。実際にはチャドウィック・ボーズマンは出演していないのに、観客と制作者のすべてが彼を思っている。そこにはいないのに、彼はいる。

ハリウッドのアクション映画の定番として、人の命が軽く扱われる描写が多い。人が死ぬ展開で観客を驚かせ楽しませる。人ひとりの死とここまでじっくり向き合う映画は珍しい。本来、近親者を亡くした悲しみは、そうそう軽く流せる問題ではない。身近な人を亡くした人たちは、それを背負ってその後の人生を過ごしていかなければならない。この映画は、偉大なヒーローの死を、ゆっくり受け入れようとする心情をそのまま辿っている。人ひとりの存在の欠落の大きさ。人の尊厳をエンターテイメントで描く。奇しくも『ブラックパンサー』の前作が目指していたテーマと、ぴったり符合していく。

前作『ブラックパンサー』は、海外では多くの国で評価された。ここ日本では、いまいちその熱量が理解できずにいた。『ブラックパンサー』の単体の映画としてみれば、よく見かける普通のハリウッド映画に過ぎない。とくに目新しい演出や技術が使われているわけでもない。黒人アーティストによる映画のサウンドトラックの使われ方も、ありきたりのものだった。良くも悪くもなく、凡庸なハリウッド映画という印象。でもこの映画は革新的だと世界は語る。ハリウッドという白人文化の中で、黒人がその文化を全面に出して主人公として活躍する。しかも黒人のアイデンティティを、白人文化に迎合せずにSFアクションとして堂々と描いている。敵であるキルモンガーは黒人。真の悪とは思言いがたい魅力がある。なぜならキルモンガーもブラックパンサーと同郷ワカンダの民。彼の父は、迫害を受けた白人に対して蜂起しようとして、先代ブラックパンサーに抹殺された。キルモンガーは、白人からも黒人からも孤立して育っていく。悪役ではあるけれど、ここまで悲惨な人生を送ってしまうと、悪に染まっても仕方ない。正義が悪を生み出したパラドックス。むしろこのサイコパスに同情の念すら抱いてしまう。最大の悪は差別にあるんだと、声高に語らないところもこの作品の最大の長所。啓蒙作品にならず、誰でも楽しめるエンターテイメント映画として、サラッと観られる工夫がされている。

シリーズ2作目にあたる『ワカンダ・フォーエバー』は、そのテーマを継承しつつ、新しい視点で再展開していく。まさに逆境を味方につけた映画。みんなが大好きだったヒーロー、ブラックパンサーの葬式を、映画を通して行っている。

ブラックパンサーの近衛隊は女性編成で、遺された家族は母と妹。登場人物の女性比が高くなり、自ずと女性映画となっていった。勧善懲悪の娯楽作品なので、物理的な敵はもちろん登場する。けれどもこの作品の真の敵は、登場人物たちの己のなかにある。大黒柱たる人物が亡くなると、残された人たちはどれだけその人物に頼って生きていたかを確信する。生きていく上での不安要素は、その大黒柱の存在に無意識のうちに委ねて、なんとなく安穏として生きているもの。大黒柱となった人物は、ひとりで多くの責任を背負いこむ。大きな存在がなくなって、初めて人は大黒柱の負担に気づく。残された者たちは、不安と悲しみで判断力を失っていく。

そんな悲しみの姿を、ブラックパンサーことティ・チャラの母役アンジェラ・バセットが体現している。彼女は今回のアカデミー賞にノミネートされている。エンターテイメント大作で、技術賞だけでなく、演技部門でノミネートされているのが嬉しい。

不本意な主役降板で、役が大きくなってしまった妹のシュリ。日本語吹替版の百田夏菜子さんもさぞ驚いただろう。前作の声優起用時は、主人公の妹役として変化球的な声優異業種のタレント起用だった。脇役だけど、そこそこ出番も多い役なので、プロの声優でなくとも話題作りとして適任だった。それくらいシュリは小さな役どころだった。そんなキャラクターが主人公となる。責任は兄に任せて、後ろでキャピついていれば良かった。突然の主人公への大抜擢は、けして喜ばしいものではない。不安ばかりがのしかかる。アウェイ感を醸し出していたシュリが、シリアスになっていく。責任感でしっかりしていくというよりは、諦めでしっかりしていくことを受け入れていかなければならなくなったという感じ。

そういえばシリーズ二作目のこの映画の音楽が、前作よりもしっくり馴染んで心地良くなっていた。ルドウィグ・ゴランソンのオーケストラ劇伴を中心に、黒人ヴァリアス・アーティスツによるサウンドトラック。編成は同じだけれど、前作時は劇伴とオムニバスが噛み合っていないような違和感を感じていた。今回はオーケストラ劇伴とかポップスとかの垣根を感じさせない。全体的には打楽器がポコポコ鳴ってるトラディショナルな感じ。パーカッションのリズムが複数絡み合うサウンドはかなり好み。リズム中心のサントラというのも、アフロカルチャーへの敬意が感じられる。

MCU作品はよく家族と観るので、吹替版で鑑賞することが多い。今回、配信版で鑑賞したので、あとでオリジナル音声版で観なおしてみた。映画の登場人物たちはほとんどが黒人。役者がアフリカ訛りの英語で演技をしている。母国語ではない言語で芝居をしている。俳優たちの能力の優秀さにも関心。ますますこの『ブラックパンサー』という映画の凄さを感じさせられる。ハリウッドの大道で演技をするということ。異文化に合わせつつ、アイデンティティを表現していく。いく重もの矛盾を乗り越えていく。多様性とはひと言では語りきれない。

この映画の最大のテーマは、登場人物たちの迷いにある。生きていると人は人生において何度も迷う。その時の決断で後悔することもある。コロナ禍や戦争、物価高の影響で、日々我々も選択を迫られる機会が増えた。勧善懲悪の娯楽作品で、登場人物たちが重い選択や覚悟を求められるのはつらい。でも結局人生なんてそんなもの。大変なのは自分ひとりだけではない。厳しい現実をどう楽しく生きていくか。

時としてそこから離れるのもいい。道はひとつではない。さまざまな人生の選択肢がある。映画『ワカンダ・フォーエバー』は、これからの社会で生きる方法の多様性を示している。経済中心のハリウッド映画で、経済ばかりではない生き方を啓蒙してくるのは矛盾かもしれない。だが矛盾もまた人生。清濁一緒くたの中で、考えて選択する。選択には正解はないが、責任もつきまとう。不安になるのは当然。でも不安を恐れる勿れ、不安も仲間也と自分に言い聞かせてみたりする。結局『ワカンダ・フォーエバー』から、娯楽映画王道的な「勇気」をもらった。

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