『エイリアン ロムルス』 続編というお祭り
自分はSFが大好き。『エイリアン』シリーズは、小学生のころからテレビの放送があるたびに観ていた。このシリーズは毎回監督が変わって、連作なのに作風が毎回違っていた。シリーズに抜擢された監督はみな、のちに巨匠となっていった。いやそもそも才能があったからこそ、監督に抜擢されただけなのか。『エイリアン』シリーズが、巨匠監督への登竜門のような縁担ぎコンテンツなのかはわからない。
『エイリアン』シリーズは自分もいまだにBlu-ray BOXを所有している。シリーズ1から4までパッケージされたスチールケース仕様のもの。たぶんいまこの商品は発売日されていない。配信中心になった途端に、自分の中での円盤コレクション欲が皆無になってしまった。所有していた円盤のほとんどを処分してしまったけれど、この『エイリアン』シリーズBOXは手放さずにいた。デザインがかっこよかったというのもあるけど、なんだか価値もありそう。再生したのは購入したときに一回観ただけ。
映画鑑賞も配信中心となって、すっかり円盤で映画を観ることがなくなった。映画のフォーマットも、やれ4Kやらレストアやら、高画質の更新バージョンが数年おきに次々とリリースされる。最新バージョンが発売されるたび、同じ映画を何回も買い直すなんてこともかつてはやっていた。配信になれば、そのとき観れるバージョンが最新のもの。新バージョンが発売されるたび散財することもなくなる。もう踊らされない。円盤ミニマリスト。
そういえば『エイリアン』シリーズは自分の中ではパート4で終わっている。のちに『アメリ』を撮るジャン=ピエール・ジュネがメガホンを握った『エイリアン4』。ウィノナ・ライダーが出てたやつ。そのあとの『プロメテウス』や『エイリアン コヴェナント』は未見。当然ながら『エイリアンvsプレデター』シリーズも観ていない。
自分はSFが好き。でも問題なのはホラー映画が苦手ということ。若いときはまだ元気だったからなのか、痩せ我慢でホラー映画を観ることができた。歳を重ねて耐性が弱くなったのか、びっくりさせたり血や内臓が飛び出したり、身体四散したりする描写は観たくもない。『エイリアン』シリーズはSFホラーなので、触手が伸びるまではなかなか腰が上がらない。今回、勇気を振り絞って『ロムルス』を観ることにした。
それはSNSの影響が大きい。もう『エイリアン』シリーズは自分には縁がないと思っていたが、あまりにこの新作『ロムルス』がSNSで話題になっていたので気になってしまった。なんでも過去シリーズへの愛が深いとか。奇しくも2025年の元旦にこの映画が配信解禁となった。血みどろの縁起良い一年の始まり。
SNSでは高評価だった『エイリアン ロムルス』。実際の知り合いにこの映画の話をしてみると、この新作の存在すら誰も知らない。単体の長編作品ではなく、ドラマシリーズか何かと思われてしまった。そういえば『エイリアン』もドラマ化される話もある。古い映画のフランチャイズ化は止まらない。そしてSNSと現実社会との映画認識の温度差よ。
『ロムルス』は、いままでの『エイリアン』シリーズへのオマージュでいっぱいだと聞いている。こちとら『エイリアン4』以降このシリーズを観ていない。どこまでオマージュの元ネタがわかるか心配。旧作を知らなければ置いてけぼりを食らってしまうのではないだろうか。仲間はずれは嫌だ。
そんなことはそもそも心配する必要もない。『ロムルス』はいままでのシリーズを知らなくても楽しめるように工夫された最新作。『エイリアン』の第1作目が発表されたのは1979年。当時のスタッフやキャストもだいぶ亡くなってしまった。今回の『ロムルス』のスタッフ・キャストは、第1作目のころに生まれている人の方が少ない。製作に1作目の監督だったリドリー・スコットの名前もある。ただ、『ロムルス』を観る前に、『エイリアン』の第1作目を観ていた方が、さらに映画を楽しめるのは確かだろう。
きっと今回の『ロムルス』の監督も、若い監督さんなのだろうと勝手に思いこんでいた。ビッグネームのタイトルのフランチャイズ作品には、たいてい無名の若手監督が起用される。ブランドはデカいけれど運営は矮小。スピンオフの大量生産で、シリーズ化が膨大に膨らんでいく作品で、面白かった作品はほとんどない。素人に毛が生えたようなオタクを監督に起用しているようにしか思えない。監督の座という人参をぶら下げれば、いくらでも安く人材を集められる。嗚呼、搾取の需要と供給、その無限ループ。映画監督がいつしか雇われ社長のようになってしまった。まったくもって夢がない。作品の重みよりも、早く安い生産性の方が優先される。配信多チャンネルの現代では、より多くのコンテンツが必要とされる。ひとつひとつの作品の扱いが軽い。今後、誰もが知っているような新たな名作が誕生する可能性は低くなってきた。各々が自分の趣味嗜好から作品を選んでいく。作品の多様性化。コンテンツが多すぎるせいで、逆に自分の好みの開拓が難しくなってきた。多様性ゆえの弊害。
『ロムルス』の監督はフェデ・アルバレス。すでに何本も長編映画を撮っているベテラン。ホラー映画専門の監督なので、自分は知らなかったのか。けして無名の若手監督などではなかった。1970年代生まれのフェデ・アルバレス監督は、自分と同年代。きっと『エイリアン』の1作目やジェイムズ・キャメロン監督の『エイリアン2』なんかは、子どものころにセリフを覚えるくらい観ていたのではないだろうか。アルバレス監督とは国は違えど、同じような映画体験してきたのかと想像するとなんだか感慨深い。
自分が知る『エイリアン』シリーズは、悪徳大企業の搾取や人権軽視がサブテーマ。40年以上前の第1作目のテーマが、今回の新作でも引き継がれている。これって社会があまり改善されていないことの証明でもある。このシリーズの悪徳企業の名前はユタニ社。日本企業がモデルになっている。Oh,Karoshi!
今回の『ロムルス』が切実なのは、搾取企業での労働を課せられた若者たちが、新天地を求めて亡命しようとしているところに、エイリアンと遭遇してしまうというところ。搾取社会の生き地獄から逃れようと、ここではないどこかを求めて旅立つ若者たちを襲うさらなる地獄。故郷で仕事がなくなったり戦場になったため、海外に移住を求めてきたら、そこでも被人道的な扱いが待っていたようなもの。移民に厳しいのも現実の日本を連想させる。『エイリアン』の世界観は、未来の日本の姿なのだろうか。
登場人物が若者となったこともあってか、今回の『エイリアン』は、人間関係がわかりやすい。主人公はレインとアンディの姉弟。弟がアンドロイドというのが興味深い。普段のアンディは、身体こそは大人だけれど精神が子どものまま。姉のレインが目を離すと、すぐに危険な状況に陥ってしまう。世話のかかるアンドロイド。姉のレインを演じるのはケイリー・スピニー。『シビル・ウォー』の戦場カメラマンを演じていた人だ。この人はいつもいちばん危険な場所の最前線にいる。戦場の人といったイメージ。
アンディはアンドロイドなので、プログラムを変更すれば人格も変わる。ユタニ社専属のプログラムに変更したら、急に博識で行動力が上がる。頼り甲斐はあるけれど、ここまで変わってしまうととても不気味。頭はいいが、人の心がわからないサイコパスに変身する。いつも不安そうな顔をしているアンディもイラつくけれど、サイコパスなアンディはもっと嫌。極端なパーソナリティではなく、もっと平坦な性格の方が周りはラク。これは天才のメタファー。ダニエル・キイスの『アルジャーノンに花束を』を思い出す。
SFが好きな自分は、悪徳企業などの社会風刺にも触れている『エイリアン ロムルス』は、とても楽しめた。でも久しぶり観たホラー映画は、やっぱりこたえた。怖すぎて肩が凝ってしまった。きっとかなり眉間に皺を寄せながら、映画を観ていたことだろう。
『ロムルス』は、『エイリアン』のスピンオフに位置しているらしい。『エイリアン』シリーズは、『エイリアン4』以降の時系列での新作はまだない。正史での更新がされていないことになる。この世界観の歴史の続きが描かれる作品が誕生したなら、それこそ正式な続編にあたるのかもしれない。『ロムルス』は、『エイリアン』シリーズのフォーマットを使ったイベント映画にも思える。オリジナル作品の作者が書かない続編は、どうしても同人誌的雰囲気が漂ってしまう。オリジナルの作者なら、作風の方向転換をしても許せるけれど、他者がそれをやるとなんだか別ものになってしまう。
ホラー映画はイベントに近い。『13日の金曜日』のジェイソンや『エルム街の悪夢』のフレディなんかが出てくる映画は、作品を観るというよりライドすると言った方がイメージが近い。その最たる映画ジャンルは、サメ映画。サメに襲われる映画は、ずいぶん古くから人気があるし、身近にも「サメ映画はハズレなし」と言っている人もいる。日本での愛すべきホラーキャラクターといえば、貞子や伽耶子、全身白塗りブリーフ一丁の俊雄くんなんかが有名。どれも怖いけど、笑える要素がある。
きっと『エイリアン』も、この手のキャラクター化されているのだろうけど、なんとなくこのモンスターには笑いの素養がない。エイリアン、この子はちょっと理屈っぽくて真面目すぎ、堅物なところがある。イベント的なホラー映画には、怖いけど笑いの要素が必要。エイリアンのオリジナルデザインがHRギーガーがやってるせいもあって、シリアスなアート嗜好になってしまっている。SFというジャンルを笑いに持っていったら、なんだか誰かに怒られそうな雰囲気がする。
今回の『エイリアン ロムルス』は、明らかにサメ映画みたいな「怖いけど笑える」ホラー映画を目指している。というか、今後『エイリアン』シリーズの続編は定期的につくられて、イベント映画になっていきそうな勢い。もうオリジナル作品がどうのとか、エイリアン造形のメタファーとか、そんなことはどうでもよくなっていきそう。「面白ければいいじゃん」と軽いノリで映画を観る。シリーズ作品が増えていけば、一作一作の重みは減っていく。それも時代の流れ。SFが硬派な作品とも言い難くなってきた。そもそも今までSFが、ASD的な理屈っぽいオタク男子の逃げ場でしかなかったのが、市民権を得てきたからなのかもしれない。それでもSF好きをがっかりさせない絶妙な塩梅は大事。『エイリアン ロムルス』は、エイリアンを「愛すべき時代のアイコン化」に向かわせる役割を担っているのかもしれない。
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