『ヴァチカンのエクソシスト』 悪魔は陽キャがお嫌い
SNSで評判だった『ヴァチカンのエクソシスト』を観た。自分は怖がりなので、ホラー映画が大の苦手。でも黒装束の神父が小さなスクーターに乗ってる画像を見て、これは笑えそうと興味が湧いてしまった。日本でも、お坊さんがカブで滑走している姿には胸が躍る。しかし映画が始まってすぐに後悔した。この映画、普通に怖いじゃん!
『エクソシスト』というと、先日亡くなったウィリアム・フリードキン監督の古典的名作を思い出す。ホラーが苦手な自分でも、こっちの『エクソシスト』は、子どもの頃から何回も観ている。怖いけど、なんだか芸術的で好きだった。
『ヴァチカンのエクソシスト』でもっとも興味深いのは、主人公のガブリエーレ・アルモルト神父が、実在した人物だということ。2016年に他界したので、つい最近まで存命だった。原作は、彼の自伝でもある『エクソシストは語る(An Exorcist Tells His Story)』。もちろん『ヴァチカンのエクソシスト』は映画的な演出で、大仰に盛っているのだろうけど。
監督はオーストラリア出身のジュリアス・エイヴァリー。若い監督というのがよくわかる。映画はオーソドックスなホラー映画の演出なので、新しみこそはないのだけれど、ところどころに日本のアニメの影響を伺わせて親しみを感じる。それこそ『呪術廻戦』や『鬼滅の刃』のような、ダークファンタジーものの第一話を観ているような気分。なんでもこの『ヴァチカンのエクソシスト』は、続編制作も決定したらしいので、ほんとにアニメやヒーローものの映画のようになってきた。実話と虚構が一緒くたになっていて楽しい。
ガブリエーレ・アルモルト神父の写真が映画にも登場する。あかんべーと下を出したユーモラスな写真。映画の描かれ方からしても、この人物がとてもチャーミングだったのがわかる。ラッセル・クロウが演じるアルモルト神父はとても魅力的。まず彼の乗っているスクーターがかわいい。ベスパかと思っていたら、ランブレッタ製とのこと。それにフェラーリのステッカーを貼っているという屈折ぶり。靴下の色までスクーターのボディカラーとコーディネートしてるのがますますいい。
アルモルト神父が、ヴァチカンに召喚されるところから物語が始まる。エクソシストの存在を否定しようとするヴァチカン側の圧迫面接。そんなシリアスな場でも、アルモルトは臆することはない。若い修道女にちょっかい出したり、余裕の態度で軽やか。悪魔の存在そのものを訝しむヴァチカン側。それはアルモルトが手練れの仕事をしているから。実在、仕事ができる人は、どんどん任されごとが増えてくる。データ上ではすんなり仕事をこなしているように見える。現場を知らない司令塔は、現場当事者の苦労や努力も知らずに、好き勝手を言ってくる。どの業界も同じようなもの。
脳科学が進歩して、今まで霊現象と言われていた事象も、精神疾患の症例とわかってきた。そんな時代に本物のエクソシストが存在していたのも面白いし、ローマの政治も関与しているのも興味深い。精神疾患と悪魔憑きの判別が難しいというのがリアル。
自分は、世の中にある霊現象のほとんどは、脳が見せている錯覚だと思っている。でも自分はファンタジーやSFが大好き。悪魔がいたら嫌だけど、どこか心の奥底では、霊の存在があって欲しいと思っている。脳がただのコンピューターのように、死んだら停止してそれでおしまいというのも味気ない。自分自身も歳を重ねてきて、己の死を想像しないこともない。壊れたら停止して消えてしまうというのは、自分ごととなると恐ろしくなってくる。虚無の世界への旅立ちは、旅立ちではない。
死後の世界を想像すればするほど、どんどん気持ちが暗くなっていく。アルモルト神父が言う。「冗談を言うことを覚えなさい。悪魔は冗談を嫌うから」と。ユーモアは人間だけが持つ感覚。笑いがなくなった時こそが、人間性を見失った時。戦争や貧困、病で追い詰められていくと、人は笑うどころではなくなってしまう。それでは悪魔の思う壺。悪魔が巣食った状態。ふとSNSを見れば、笑いとはまったく無縁な、誰かを責め立てる言葉たちが溢れている。悪意は誰の中にも潜んでる。誰もが悪魔に憑依されかねない。ユーモアを持つことが、悪魔祓いの最大の武器。
「あなたのファンです。あなたの記事は全部読みました」とアルモルトが言われる。「私の書いた本は読んだかい? 名著だ」と答える。自分で拙著を名著と言う。本気か嘘かわからない。図々しいのか冗談か。大袈裟に謙遜するよりスマートな対応。俄然アルモルト神父の本を読んでみたくなった。
オシャレでかわいい、強面大男のアルモルト神父。オシャレというものも、自分のためにするものと、他人に不快を与えないために心配るものとある。アルモルト神父のオシャレは、後者にあたる。そんなオシャレさんは、鼻につくことはない。そもそもオシャレは、自分も他人も気分を良くさせる。とかくホラー映画は、深刻な状況が描かれているので、登場人物は自然と暗くなってしまう。主人公が陽キャだと観客は救われる。どんな状況でも活路を探せる主人公。
難しいことを眉間に皺を寄せて語るのは当たり前。如何にかわいく自分らしく生きていくか。自分らしく生きるというのも、かなり難しい。殆どがひとりよがりに陥ってしまう。歳をとることで、自分らしさが見えてくるという利点もある。自分が「自分らしい」と思っていることが、案外自分らしくなかったりもする。どれだけ楽に生きていけるか。ラッセル・クロウのアルモルト神父を見ていると、老人になっていくのも案外いいものに思えてくる。かわいい爺さんになれるなら、老いも怖くなくなってくる。
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