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『不適切にもほどがある!』 断罪しちゃダメですか?

公開日: : 最終更新日:2024/04/19 ドラマ, 映画:ハ行, 配信

クドカンこと宮藤官九郎さん脚本によるドラマ『不適切にもほどがある!』が、放送開始とともに大きな話題となった。自分は日本のテレビドラマはほとんど観ないし、かなり地味な印象のこのドラマはスルーしてしまっていた。でもクドカン作品は好きなものが多いし、いつかは観るだろうとは思っていた。SNSだけではなく、リアルな友人たちもこの作品を観ている。野党の政治家たちも話題にしている。これはもう立派な社会現象。作品を無視するわけにはいかなくなった。こういったものは流行っているうちに乗っかった方が楽しい。

クドカンのドラマは、放送時にはたいした視聴率は稼げないけれど、後から評価される作品が多い。この『不適切にもほどがある!』も、通例通り視聴率はあまり芳しいものではなかったらしい。しかしテレビの本放送終了後から始まる配信での視聴者数が、日本のテレビドラマ史上最大の記録を出したとのこと。決まった時間に、多量のCMと共に鑑賞しなかればならないテレビ放送では、さすがに自分も観る気にはなれない。リアタイ鑑賞でなくとも、ノーCMで自分の都合のいい時間に観れる配信サービスの有り難みを感じる。やはりテレビはオワコンなのだろうか。

『不適切にもほどがある!』は、タイムリープやミュージカルなど、今流行りのサブカル・エッセンスをふんだんに取り入れている。もうその時点でかなり現代を茶化している。阿部サダヲさん演じる小川さんは1986年の50代のおじさん。ふとしたことから現代の2024年にタイムスリップする。コンプライアンスが厳しくなった現代で、そのギャップに揉まれる小川さんをコメディタッチでみせていく。人権軽視のひと昔前も問題だけど、ルールでがんじがらめになった現代も息苦しくないかと問題提起してくる。こういった社会風刺コメディは自分は大好きだ。

サブカルチャーは元々カウンターカルチャーとして、反骨精神が根底にある。「ロックで政治を語るな」とネット民は言っているが、本来「政治を語るのがロック」なのだと思う。このドラマはかなり政治的に物申すロックさ加減。

この数年、政府の掲げた「働き方改革」の成果が、企業努力によって形となってきている。コロナ禍前と今との企業コンプライアンスの急激な変化は、働く側も振り飛ばされてしまいそう。そのおかげで、企業で働く一般従業員は信じられないくらい働きやすくなった。以前は企業は大手を切って、従業員の労働力を搾取していた。やる気がないなら辞めろ、お前の代わりはいくらでもいる。根性論や精神論ばかりが飛び交っている。企業の都合のいい理屈で、従業員たちの生活や人生は食い潰されていく。

働いたら働いたなりの収入が得られる時代ならまだしも、「働けど働けど我が暮らし楽にならず」の働き損でバタバタ人が倒れていく。この数十年間日本は、表向きは不景気を隠蔽していた。働いてもどんどん貧しくなっていくのは、ずっと個人の責任とされてきた。そんな嘘っぱちも通用しなくなった。企業は人材確保に乗り出した。従業員を守らなければ、みんな病気になって辞めてしまう。場合によってはブラック企業と、社会的制裁も受けてしまう。「働き方改革」の浸透は、自分が予想したよりもずっと早かった。そんな急激な進歩が起こったら、当然弊害も生じてくる。

会社はあくまで仕事をする場所であって、友だちをつくる場所ではない。面倒臭い会社の飲み会や、社員旅行がなくなってきたのは本当に助かる。そんなイベントのほとんどは、会社の上層部の自己満足に過ぎない。毎日ハードに働いて疲れているのだから、少しでもプライベートの時間が欲しい。飲み会や社員旅行の時間や経費があるのなら、少しでも休ませてほしい。従業員たちの上には絶対言えない言葉が、やっと反映してきた。もう、なんでもかんでも企業優先の横暴が通らない。

でもみんながみんなそんな意見ばかりではない。社内イベントが楽しみだった人もいるだろうし、会社が出会いの場であることもある。ここまでコンプライアンスが厳しくなると、社内恋愛で結婚するのはかなりのハイリスクな道のり。そこまでのチャレンジ精神は出てこない。会社は感情のないドライな空間。味気なくもあるが、仕事はあくまで生活費を稼ぐ場所と割り切る。出会いが欲しければ、会社の外へ出なければならない。だからこそのワーク・ライフ・バランス。

人はひとつのコミュニティだけに依存しない方がいい。一箇所に人生を集中させると、どうしても閉鎖的な村社会ができてしまう。行き場所がそこしかない人が集まる場所は、不健全な風通しの悪さが生まれてくる。それこそカルト集団の誕生。だからこそ個人は、あちこちに拠り所をつくっておく必要がある。あっちではこう言っていても、こっちでは別の意見がある。いろいろな言葉がある中、自分なりの意見を選んでいけばいい。人は人、自分は自分。長いものには巻かれろとは言うものの、そればかりでは無理もある。同調圧力に飲み込まれない基礎体力づくり。自分で考える力をつける。

「もう決まったことなんだから、それに従え」と強引な権力者が言う。ここ数年で世の中のルールが増えた。どれも世の中を少しでも良くしようとして考えられたルール。でも急激にルールが増えたのだから、理想通りにいかないこともできてくる。常にブラッシュアップが求められる。決まったらそれで終わりのルールではなく、その都度ごとに見直し修正していく。

環境対策でレジ袋が廃止になったが、その成果は出たのだろうか? 実のところレジ袋は日常生活の必需品。お店でレジ袋が貰えないから、みんな100均で買っている。要するに物価が上がっただけなんじゃないのか? そんなことも検証してほしい。

『不適切にもほどがある!』の主人公の小川さんは口が悪い。決まりごとに弊害があるなら殴り合いで決めていけと言う。それでは問題だけど、話し合いは常に必要。話し合いで社会をつくっていくことは大変なことであり、面倒なことでもある。今まで社会は人権を軽視して、経済ばかりを見つめていた。結局それで日本は不景気になっていった。だけど面倒な語り合いをしていく努力によって、どんどんみんなが生きやすくなっていく。

意外だったのは、左翼系の人たちがこのドラマに批判的だったこと。ここまで苦労してコンプライアンス社会が成り立ってきたのに、それを断罪するように否定しないで欲しいとのこと。数年前に比べたら、日本社会は格段に働きやすくなった。それを壊されて、元に戻ってしまうのではないかという稀有。そういう視点もあったのか。

ドラマの現代パートでは、小川さんはテレビ局のカウンセラーとなる。実のところ「働き方改革」と最も相性が悪いのがマスコミ業界やクリエイティブ業界。就業者に代替えが効かないポジションが多い業界。いまだに「みなし残業制度」という、月の残業代が一律金額で良い、企業に都合のいい制度が導入されている。これではブラック環境が永遠に改善されそうにない。

そういえば2024年のサブカルチャーの最大のトピックであるジャニーズ問題。どうやらこのドラマでは、この世界的なスキャンダルは、なかったことになっているらしい。クドカン作品には、ジャニーズの俳優は欠かせない。この作品でもクドカン組のジャニーズ俳優は出演している。ものごとの問題は、ある程度収束してからでなければ、エンターテイメントにはなりづらい。ただただ誰かを攻撃するのでは、エンターテイメントして成り立たない。現代社会風刺といえども描けないものもある。このジャニーズ問題が風刺として描けるには、まだまだ時間が必要なのだろう。

ドラマの前半は、小川さんがバッサバッサとコンプライアンス社会の矛盾に切り込んでいく。でも制作者たちの意図は、みんながつくりあげてきたもののあげ足取りではない。後半になるにつれて小川さんの切れ味はおとなしくなっていく。白黒はっきりしないモヤモヤした展開へとなっていく。現実は白と黒でバッサリ切れるものではない。ほとんどがその間のグレーゾーンを彷徨っている。そのグレーも、限りなく白に近いものもあれば、限りなく黒のものもある。それでもみんなグレーに属している。モヤモヤするからこそ考える。普段から自分で考える行為をデフォルトにしていこう。

「寛容が肝要」とドラマが語っている。多様性社会というのは、なにもすべてを理解して受け入れることではない。あなたもそこにいていいし、私もここにいられる社会。お互いを理解し合えたら最高だけど、人間は神様ではないのでそんなことはできやしない。そこまで個人がする必要もないし、それだけで疲れて倒れてしまいそう。負担にしないことの工夫。サスティナブル! つまりは相手を無理に肯定する必要はないということ。ただ、いちばんやってはいけないのは、他者の存在を否定すること。頑張って善人になろうと努力する必要はない。けして重荷にならない持続可能な多様性。さてそれでは気軽に他者を認め合う社会を、ゆるく目指していこうではありませんか。

 

 

 

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