『ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密』 マイノリティとエンターテイメント
小学生の息子は『ハリー・ポッター』が好き。これも親からの英才教育の賜物(?)なので、もちろん この『ファンタスティック・ビースト』も、親よりも詳しく観ている。『ファンタスティック・ビースト(ファンタビ)』シリーズ3作目で、『ハリー・ポッター』からは通算11作目にあたる新作『ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密』は、チェックしない訳にはいかない。
コロナ禍未だ覚めやらずのはずなのに、映画館は大入り。当日にネット予約すればいいとたかを括っていたが、休日の座席はことごとく満席。ちらほらと空席は見えても、並んで座れるようすもない。正直『ファンタビ』を舐めていました。すごい人気。
最近、日テレ『金曜ロードショー』で、『ファンタビ』シリーズの前作を放映したばかりもあってか、若いカップルや中年夫婦の客層が多い。意外なことに小中学生の客はほとんどおらず、我が息子はこの劇場内の最年少かも知れなかった。息子よ、なかなか渋い趣味かも。
自分は息子と観るので、吹替版での鑑賞希望。ちょっと前までは、吹替版はファミリー向け、字幕版は大人の観客というイメージだった。でもいまはそんなこともない。声優さん目当ての客層も多そうだ。声優さんの声のみの演技のうまさは確固たるもの。ボイス・キャストが全員プロの声優さんならば、オリジナル音声とはまた違った楽しみ方ができる。洋画がテレビ放送されるときは、たいていが吹替版。テレビ放送でこのシリーズを観始めた観客は、今まで観てきた吹替版の方が馴染みやすい。字幕版より吹替版の方が上映回数が圧倒的に多い。洋画を観る理由は、異文化に触れたいからだけど、洋画ローカライズがここまで上手にされてしまうとちょっと複雑。
映画が始まってしばらくすると老夫婦が入場してきた。最前列を予約していたらしいが、どうやら爺さんがその席に不服らしい。大声で「こんな前なのか」と騒いだり、劇場をウロウロ歩き回って、勝手にあちこちに座り出して、誰かに注意されている。大声で文句を言いながら、本来の最前列の席に戻ってきて、そこで立ったまま観ていたり、かなり自由。近年の座席の予約システムを理解していない模様。他のお客さんに多大な迷惑なので、そこまで不満があるならば、劇場側も料金返却して退場させてあげれば良いのにと思ってしまう。声の大きな人がいちばん偉いみたいな雰囲気はよろしくない。従業員さん、なんとかして!
こんなに日本では大入りの『ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密』だけど、世界的な興行はあまり芳しくないとのこと。次回作の制作が危ぶまれているとのこと。J.K.ローリングの構想だと、このシリーズは5部作になるらしい。このまま中途半端なまま自然消滅してしまうのは儚い。今回の3作目、演出側も俳優側も完全に役割を掴み切っていて、今までで一番楽しい作品だったのに。作品の出来と評価が必ずしも伴うことはない皮肉。
とにかくこの映画がすごいのは、いままで社会的マイノリティと言われる、阻害されてきた人々が大活躍しているということ。エディ・レッドメインは、主人公・ニュート・スキャマンダーを自閉症持ちとして演じてる。人とコミュニケーションを取るのが苦手で、夢中になると周りが見えなくなる。その短所でも長所でもある彼の学者気質の特性が、ドラマの展開を面白くさせる。本人はいたって真面目にやっているのにコメディになる。ニュートが優秀なだけの、ただの学者だったら、主人公としての魅力も失せてしまう。きっと生きづらさを抱えているであろうニュート。エディ・レッドメインの陽キャぶりで、明るく演じられている。
それよりなにより今回の真の主人公にあたるダンブルドア。宿敵グリンデルバルドとはLGBTQの恋人同士。袂を別ってはいても、いまもまだ愛しい人。冒頭の二人が対峙する場面は、付き合い始めて日の浅い、学生の恋人同士のときめきを感じさせる。その芝居がいままでのLGBTQの恋愛描写のイメージからすると新鮮。貫禄あるおじさん同士が、乙女のような表情を見せる。
『ハリー・ポッター』シリーズに出ていた老人のダンブルドアの中年時代をジュード・ロウが演じてる。最初はマイケル・ガンボンの老ダンブルドアと、ジュード・ロウのイケメンオヤジが繋がらないと受け入れられずにいた。今回の『ファンタビ』シリーズは、とにかくイケメンオヤジが大勢出てくる。ローリングの趣味なのか?
まあ、初代ダンブルドアのリチャード・ハリスだったら、ジュード・ロウでも繋がるかも。『ハリー・ポッター』シリーズは、撮影期間中に亡くなってしまったリチャード・ハリス以外は、キャスト全員最初から最後まで代役なしで進んだのがなによりすごい。
今回から悪役のグリンデルバルドが、マッツ・ミケルセンに代わった。前回まではジョニー・デップが演ってたこの役。大人の事情で降板だが、個人的にはマッツの方が合ってる気がする。ジュード・ロウとマッツ・ミケルセンの濃いおじさん二人の恋愛模様。かえって怖くて面白い。
本編で何の説明もなしにマッツ=グリンデルバルドが登場するので、息子は新しい登場人物が出てきたものとばかり思っていたらしい。これは大人の観客も要注意。
原作者のローリングは、最近では性的マイノリティに対する差別的発言でお騒がせしている。彼女の描く作品には、社会的マイノリティは欠かせない。行動を焦っての誤解なのだろうが、影響力のある人の発言は、ときには世界を動かしてしまう。
『ファンタビ』のような世界規模のビッグ・バジェットの作品で、社会的マイノリティがメインキャラクターとして、魅力的に活躍している姿は、社会に良い影響をもたらす。マイノリティも普通の人間だということ。
媒体は、さまざまな知られざる事柄を、人々に啓蒙する力を持っている。もちろんときにはそれが悪用されることもある。でも『ファンタビ』が意図するところは、より良い社会を模索するところにある。今回はエンタメ性もテーマ性もより深くなって、観賞後の充実感が高かった。シリーズ中止なんていけずなことは言わないで、当初の構想通りに全作作って欲しいものだけど……。
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