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『高慢と偏見(1995年)』婚活100年前、イギリスにて

公開日: : 最終更新日:2019/06/10 ドラマ, 映画:カ行,

 

ジェーン・オースティンの恋愛小説の古典『高慢と偏見』をイギリスのBBCテレビが制作したドラマ版。なんでもこのドラマの放送時には、そのテレビを観るためにロンドンから人がいなくなったとかまで言われている。そんなこと今の日本でありうるだろうか? 『真田丸』のとき、ちょっとだけそんな感じだったかな?

原作小説は100年前に書かれたもの。惚れた腫れたの単純なストーリーだ。オースティンの文体は時代を経て文章表現も古く、実のところなかなか読みづらい。ドラマを観るようにはサクサク進まない。当時21歳のオースティンが書いた小説。いまでもここまで書き込めはる作家はいないのではと思わせる。意地悪で深い人物洞察力は、彼女が相当の才女であったことを語っている。

物語はいたってシンプルな恋愛モノ。内容に興味が湧くけど、古典だし敷居の高い印象。誰か現代風に脚色してくれたらいいのに。そんな願望をこのドラマ化が叶えてくれた。日本だったら、まずコミカライズからの企画だろう。でも、マンガだとかえって観客を選んでしまう。やっぱり大人のエンターテイメントではない。制作費をかけたドラマで再現するというのが海外らしい。しかも原作にかなり忠実。

このドラマのすごいところは、オースティンが「こんな気持ちになる会話をした」みたいな曖昧にしていた表現も、具体的にセリフや演技でみせてくれているところ。原作では甘かった部分でさえ、完璧な計算のもとに書き込まれているような補完ができてしまっている。

やがて恋におちる男女が、最初に抱く感情は「アイツ大っ嫌い!」。古今東西、ラブコメはみなここから始まる。観客は最初からこの二人が最後にはくっつくと予想はしているからこそ、どうやって結ばれていくのか楽しみで仕方がない。不思議なもので人というものは、他人の不幸が蜜の味でありながら、カップル成立など、人の幸せにも応援したい心理が働くものだ。

主役のミスター・ダーシーを演じるのはコリン・ファース。このミスター・ダーシーのイメージが強すぎて、ハリウッド進出のきっかけにもなった。もしこのドラマがなかったら、『キングスマン』もなかったかもしれない。

このドラマの日本放送はNHKだった。この吹替版がなかなか良かった。数年前に発売されたブルーレイには、このNHK放送時の吹替版が収録されている。自分は普段はオリジナル音声の字幕派なのだが、これは例外。会話劇でもあるオースティン・ワールドを日本語で堪能した。

原作では分かりづらいミスター・コリンズのイヤ〜な感じや、ウィカムの一件誠実そうでいて実はとんでもない奴っぷりも、わかりやすい笑える描写になっている。

現代でドラマ化された『高慢と偏見』のジャンルは時代モノになるが、原作発表の頃は当然現代劇。オースティンもまさか自分が亡くなったずっと先の未来の人も、テレビで自分の作品を楽しむとは夢にも思っていなかっただろう。時代を越えても通ずるもの。文学によるタイムスリップ。ひとつのロマンだ。

現代作品で貴族社会を描くとなると、どうしても貧しい方に目が行きがちだが、本作では貴族しか登場しない。貴族だけに絞られているからこそ、退廃的な人生観が伝わってくる。そこにあるのは噂話と僻み。一挙手一投足の人びとの評価の中、それを恐れず、自分の人生を切り開くには相当の覚悟がいる。ドロドロした世界をウィットで切り拓く。

当時のイギリス貴族は、女性が遺産相続できる権利がない。家長が亡くなって、もし息子がなく娘ばかりだったら、財産はすべてよく知らない遠縁の男性親戚のところへ行ってしまう。でも、娘ばかりの家でも婿がいたならそこへ相続権が移る。娘たちには早く良縁をつけてやる。婚活は死活問題だ。

主人公エリザベスの一家は四姉妹の女系。学がありのんびりしている父親に対して、母親は見栄っ張りのゴシップ好き。「神経が参っちゃうのよ〜」と、口を開けば不平不満。所謂俗っぽい下品な人間だ。人の品定めばかりしているが、自分も周りから見られていることをすっかり忘れている。実際にいたらお近づきになりたくないタイプだ。まあだからこそ作品のコメディ要素として重要な存在でもある。嫌よいやよも好きのうち。この愚かな母親の中に、おのれ自身を発見したりもする。

ただゴシップも取りようではそれほど悪いものではない。一挙手一投足が噂話にされてしまうなら、己を律することもできるだろう。「あの人、こんなだから気をつけて」とか、「最近お前、こんな風に言われてるぞ。大丈夫か?」なんて言われている方がまだ平和。権力者がいきなりセクハラのスキャンダルの主役になる前に、周りから軽蔑されたり警戒されたりする。そんなことになりたくなければ、偉くなってもふんぞり返ってはいられない。日本人も権力者だろうが誰だろうが、批判する習慣や、それができる審美眼は磨く必要がありそうだ。

この作品の見どころは、主人公たちの「高慢」と「偏見」が、いかに人生の足を引っ張ったり、逆に後押しをしてくれたりする姿。高い地位と財産からマウンティングしてしまうミスター・ダーシーや、「あの人はこういう人」と決めつけてしまうエリザベスが、自分の非を認め、相手に謝罪する場面はカタルシスがある。やっぱり素直がいちばん。

エリザベスは嫌っていたダーシーをだんだん好意的にみるようになっていく。エリザベスが、ダーシーと留守中だと思って彼の屋敷を見学してたら、ダーシーとバッタリ会ってしまう場面がある。ダーシーは屋敷というより宮殿と呼んだ方がいいような建物に住んでいる。ここでエリザベスの心が動くのだが、映像でみると、エリザベスはダーシー自身の魅力に気づいたというより、彼の財産に魅力を感じたようにみえる。原作の文章ではあまり感じなかったところ。

もちろんジェーン・オースティンは、夢見る夢子みたいな恋愛モノを書くつもりはサラサラない。現実をもっとシビアにとらえている。一筋縄ではいかない、高慢と偏見の感情が何度も入り組んだ、心の機微で楽しませている。

『高慢と偏見』を現代の設定に置き換えるだけでも、イノベーションされた斬新な作品ができるのではと思ったが、それは『ブリジット・ジョーンズの日記』につながってるわけで。そこでのコリン・ファースは、役名も含めてまんまミスター・ダーシーだし。

自分は恋愛モノの面白さはシニカルな笑いにあると思う。もっとウィットや風刺がある作品が観たいものだ。現実逃避の妄想系恋愛モノでは、心の病気になってしまいそうだ。

100年前だろうがイギリスだろうが日本だろうが、恋愛に基づく感情はそうそう変わらない。ラブコメはこれからも手を替え品を替え新しい視点の作品が生まれてくる。大まかな流れは皆同じとは知っていても、やっぱりこれからも楽しんで観てしまうのだろう。

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