*

『希望のかなた』すべては個々のモラルに

公開日: : 最終更新日:2020/06/02 映画:カ行, 映画館, 音楽

「ジャケ買い」ならぬ「ジャケ借り」というものもある。どんな映画かまったく知らないが、ジャケット写真に惹かれて映画を観てしまう。この選び方で、あまり失敗することはない。レンタル店で気になるジャケットのDVDを、事前情報なしに直感だけで選ぶ。今後、映画も配信メインになってくると、小さなアイコン画像からは、そんな出会いは少なくなりそうだ。さらなる新しい映画との出会い方になっていくだろう。

単館系映画なんかは、予告編を観るよりビジュアルからの直感の方が信用できる。他国ではどうかわからないが、日本での単関係映画の予告編は、その映画そのものの雰囲気を伝えるよりは、今日本で流行っている雛形にその映画を当て込んで、本編で使用してない感情的な音楽をのせたりして、過剰に大仰な内容のような宣伝をしたりすることもある。

配給会社が作品を観てないままか、ちゃんと内容を読み込まずに、ただ機械的に宣伝するような雑なアピール。予告編は信用ならない。チラシの写真の方が作品選びの参考になるが、日本ローカライズのデザインに変更されてしまうと、もうオリジナルの雰囲気は掴めない。何度それで自分好みの映画を見逃してきたことか。

このフィンランド映画『希望のかなた』は、完全にジャケ借り。メインの登場人物らしき人たちが、なぜかみんな暗い表情を浮かべてる。DVDの裏表紙を見て、さらに吹き出しそうになった。北欧の人たちがみんな着物を着たり、板前のコスプレしてる。そしてさらに暗い表情。マスコットらしき犬の表情すら、暗く悲しそう。これは観ないわけにはいかない。

監督はアキ・カウリスマキ。『コントラクト・キラー』や『マッチ工事の少女』とか、日比谷シャンテシネに観に行ったような。『レニングラード・カーボーイズ・ゴー・アメリカ』はかなり好きだった。いずれも90年代初頭。30年近く前。彼の作品はずいぶんご無沙汰だった。

カウリスマキ監督の作風は、暗い現実を扱っているのに、なんとなくおかしみや温かみがある。相変わらずだ。『希望のかなた』の主人公は、戦地シリアからフィンランドに亡命してきた青年。本編でもフィンランド語だけでなく、アラビア語や英語が入り混じって交わされている。

いま日本のニュースでも話題になっている移民受け入れ問題。この映画で描かれている社会は、これから日本も迎えようとしている具体例。

主人公たちはとんでもなく悲惨な状況下にある。家を壊され、家族を殺され、兄妹とも生き別れ、命からがら他国に流れ着く。カウリスマキの知的なところは、この惨憺たる現実をコメディとして描いているところ。どんな辛い状況にあっても、ユーモアを忘れずに生きることは人間として大切だ。

移民に対して、フィンランドの政府や行政の対応は冷たい。街では極右保守派の輩が、他民族を殲滅せんと暴力的だ。命まで狙ってくる。今後、日本も同じような治安になっていくかもしれないと容易に想像できる。北欧は社会保障も整った夢の国、という幻想がことごとく崩される。

映画の登場人物たちは、みな生きていくだけでやっと。シリアからの難民もフィンランド人も。その中でお互いを助け合ってやっていこうと、努力して寄り添っていく。それが淡々としてる。恩着せがましくないのが魅力。けして甘っちょろい美談にはならない。

これから社会がどんどん悪くなっていき、労働条件や社会保障も日に日に改悪されていく可能性は高い。税金もさらに上がりそうだ。年金だってもらえるか危うい。もうお上は頼りにならない。社会は荒んでいくだろう。そこで問われるのは個々のモラル。

小さな個の中にある良識が、いくつも集まることにより、大きな社会が緩やかに動き出すかもしれない。いや、社会が悪い方向へ進みたいなら、勝手に進んでいけばいい。でも小さな個人はそれに絶対に乗らない。悪い流れを作りたい人、それに流される人もいるだろう。でも関係ない。個々が皆、自分で考えて見出したモラルに従って生きればいい。

それは革命のような派手な高揚感もなければ、声高な主張もない。大切にしたいのは、人としてあたりまえの尊厳。小さくて足元にある静かなもの。扇動に踊らされず、自分自身に問いかけることの重要性。

『希望のかなた』はそんなことを語っている。はたしてカネがあれば幸せなのだろうか。ボロは着てても心は錦。たとえ貧しくとも誇り高く生きている人々。いや、彼らは自分が誇り高く生きていることすら意識していない。それくらい助け合って生きることがあたりまえ。

この『希望のかなた』はアキ・カウリスマキ監督の「港町三部作」(「移民三部作」とも言うらしい)の二作目らしい。前作は『ル・アーヴルの靴みがき』。カウリスマキの世界観は自分は好み。これを機に彼の作品を遡って観ていきたくなった。なにせ30年のブランクがあるので、未見の作品でいっぱいだ。楽しみができた。

関連記事

『聲の形』頭の悪いフリをして生きるということ

自分は萌えアニメが苦手。萌えアニメはソフトポルノだという偏見はなかなか拭えない。最近の日本の

記事を読む

『銀河鉄道の夜』デザインセンスは笑いのセンス

自分の子どもたちには、ある程度児童文学の常識的な知識は持っていて欲しい。マンガばかり読んでい

記事を読む

『黒い雨』 エロスとタナトス、ガラパゴス

映画『黒い雨』。 夏休みになると読書感想文の候補作となる 井伏鱒二氏の原作を今村昌平監督

記事を読む

『マッドマックス フュリオサ』 深入りしない関係

自分は『マッドマックス 怒りのデス・ロード』が大好きだ。『マッドマックス フュリオサ』は、そ

記事を読む

『ブレイブハート』 歴史は語り部によって変化する

Amazonプライムでメル・ギブソン監督主演の『ブレイブハート』が配信された。映画『ブレイブ

記事を読む

『シビル・ウォー アメリカ最後の日』 戦場のセンチメンタル

アメリカの独立系映画スタジオ・A24の作品で、同社ではかつてないほどの制作費がかかっていると

記事を読む

『帰ってきたヒトラー』 これが今のドイツの空気感?

公開時、自分の周りで好評だった『帰ってきたヒトラー』。毒のありそうな社会風刺コメディは大好物

記事を読む

『パフューム ある人殺しの物語』 狂人の言い訳

パトリック・ジュースキントの小説『香水 ある人殺しの物語』の文庫本が、本屋さんで平積みされて

記事を読む

『クレヨンしんちゃん』 子どもが怖がりながらも見てる

かつて『クレヨンしんちゃん』は 子どもにみせたくないアニメワースト1でした。 とにか

記事を読む

no image

古いセンスがカッコイイぜ!!『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』

  パッチワークのイノベーション。そのセンスが抜群の娯楽映画。 マーベルコミッ

記事を読む

『関心領域』 怪物たちの宴、見ない聞かない絶対言わない

昨年のアカデミー賞の外国語映画部門で、国際長編映画優秀賞を獲っ

『Ryuichi Sakamoto | Playing the Orchestra 2014』 坂本龍一、アーティストがコンテンツになるとき

今年の正月は坂本龍一ざんまいだった。1月2日には、そのとき東京

『機動戦士Gundam GQuuuuuuX -Beginning-』 刷り込み世代との世代交代

今度の新作のガンダムは、『エヴァンゲリオン』のスタッフで制作さ

『ブラッシュアップライフ』 人生やり直すのめんどくさい

2025年1月から始まったバカリズムさん脚本のドラマ『ホットス

『枯れ葉』 無表情で生きていく

アキ・カウリスマキ監督の『枯れ葉』。この映画は日本公開されてだ

→もっと見る

PAGE TOP ↑