『気狂いピエロ』 カワイイのセレクトショップ映画版

ジャン=リュック・ゴダールが91歳で亡くなった。ゴダールの名前を知ったのは自分が10代になる前。小学生の頃に聴いていたYMOの曲のタイトルに、ゴダールの映画から引用されたものが多かった。大好きな坂本龍一さんが、ゴダールのファンとのこと。推しが勧めるものなら観てみたい。当時「推し」なんて言葉はなかったが、これも推し活と、いちばん有名な『気狂いピエロ』と『勝手にしやがれ』ぐらいは、いつかは観ておこうと思っていた。
自分が10代の頃の80年代後半は、アートシネマブーム真っ盛り。今や存続の危機にあるミニシアターが都内のあちこちにあり、芸術とファッションが融合したムーブメントとなっていた。ゴダールの映画も難解と言われ、アートシネマの旗手とされていた。フランスでは60年代に登場した新感覚の映像作家たちを『ヌーヴェルヴァーグ(新しい波)』と呼んでいた。ゴダールを通して『ヌーヴェルヴァーグ』に属する他の監督の作品も知ることとなった。自分が初めて観た頃でも古典に近い『ヌーヴェルヴァーグ』。むしろ自分にとっては、ジャン=ジャック・べネックスやレオス・カラックス、リュック・ベッソンのような『ネオ・ヌーヴェルヴァーグ』や『ヌーヴェルヴァーグ・ヌーヴェルヴァーグ』と呼ばれた映像作家の方がピンと来ていていた。でももう『ネオ・ヌーヴェルヴァーグ』ですら死語になっている。
映像学校に入った時に、自己紹介と好きな映画を述べるのが授業の始まりだった。自分はその頃リュック・ベッソン監督の『グレート・ブルー』にどハマりしていた。この映画はのちに『グラン・ブルー』と改題されて、50分も長い長尺版が発表され、そちらがスタンダード版となっていった。自分は日本で一番最初に公開した120分の『グレート・ブルー』だったバージョンが好き。浮世離れした主人公が、長尺版では人と繋がりで動揺した姿が描かれている。『グレート・ブルー』での主人公は生活感のないまま最後までいってしまう。終始自分のことばかりで、周囲がそれに振り回されても気づくこともない。ある意味自分勝手な主人公。その孤高の人に憧れを感じた。ゴダールの作風とは打って変わって、わかりやすい作品を自己紹介に選んだ。生徒の中には背伸びしてゴダールやアンドレイ・タルコフスキー監督の作品をあげている人もいた。ある生徒は「『気狂いピエロ』が好きです」と言ったはいいものの、『気狂いピエロ』を『きぐるいぴえろ』と言ってしまい、講師に「『きちがいぴえろ』な」と訂正されていた。好きな映画の邦題を間違えるのは痛い。でも自分もその時初めてこの映画の読み方が『きちがいぴえろ』と知ったので、冷や汗を隠してこっそり心のメモ帳に訂正を入れた。
10代当時、自分の中で名前ばかりが先走っていたジャン=リュック・ゴダール。「きちがい」は放送禁止用語なので、テレビでなかなかこの映画を紹介できない。当時、メディアでどう扱っていいかわからない感も、特別な作品に思えていた。80年代後半にフジテレビの『ミッドナイト・アートシアター』で放送されたときに、自分は初めてこの映画を観ることとなる。テレビ放送に好ましくない邦題なので、『ピエロ・ル・フ』と原題をそのままカタカナ表記しての放送だった。
『気狂いピエロ』は、始めて観るタイプの映画だった。80年代といえば、ハリウッド映画の全盛期。スピルバーグ監督作品をはじめ、ブロックバスター映画という、わかりやすくて豪華なエンターテイメント作品が映画の主流だった。ビッグバジェットの世界標準規格の映画こそが映画なのだと思い込んでいた。ねりに練ったポストプロダクションと、多くのスタッフキャストで映画はつくられるものなのだと。それに反して即興演技を主とするゴダール映画。もうわけがわからない。これが名作なの?
『気狂いピエロ』のメインプロットは犯罪映画。アメリカン・ニューシネマやハードボイルドの体裁を借りながらも、その構造を破壊する。そこに「アメリカ映画は好きなんだけど嫌い」という、複雑な感情が垣間みられる。アメリカのベトナム戦争への批判も映画に込めている。アメリカがどんなに世界で傍若無人な行いをしていても、ポップカルチャーの魅力でその功罪をチャラにしてしまう。その矛盾を批判しつつ、やっぱり長いものに撒かれていく。映画の主人公たちも、アメリカ兵たちに媚を売った小芝居をして、あぶく銭を稼ぐ場面があるのが象徴的。映画評論家たちはみんな眉間に皺を寄せてゴダールを考察している。いまのネットでの作品考察ブームに近い。しばらくしてファッション雑誌で、ゴダール映画のファッションセンスの良さが特集され始めた。前者の重苦しさと後者の軽さに途惑う。理屈っぽい男子としては、小難しいことを言ってみせたい。でもゴダールの映画はカワイイという言葉がピッタリ。
『気狂いピエロ』を撮った頃のゴダールは、批判精神を持ちながらも、自分が好きなものには素直だったように思える。映画の中のファッションやインテリアは、かわいくておしゃれ。撮影当時のガールフレンドのアンナ・カリーナを主役に抜擢するのも、ゴダールによるかわいいモノセレクションのひとつ。キザなジャン=ポール・ベルモンドは、監督の理想の姿で男の子の永遠の憧れ。60年代の日本では、まだ戦後高度成長期に差し掛かったところ。このフランスのおしゃれなカルチャーは、眩いくらいのファンタジーだったことだろう。映画に出てくるギミックの数々は、いま見てもかわいいし参考になる。
ゴダールの魅力は、小難しいそうな装いでカモフラージュしながら、「かわいい」を堂々と集めてみせるセンスにある。おじさんだってかわいいモノが好きなんだ。男らしさや女らしさの垣根を超えた、かわいいモノセレクション。現代のジェンダーレス思想にも繋がってくる。このかわいらしさがゴダールの先見性でもあり芸術性でもある。
それでも晩年になるにつれてゴダール映画はどんどん気難しくなっていったように感じる。劇中に登場するかわいいインテリアも、テレビのケーブル丸出しの煩雑な部屋に変わっていった。ファッションどころか、室内の場面では役者が全裸だったりする。どうやら人の顔よりも性器の方が興味があるらしく、日本ではぼかしだらけの画面になってしまう。晩年のゴダールの映画は、気難し過ぎて怖い。
ゴダールの死因は自死とのこと。合法的に安楽死を認めるスイスで亡くなった。芸術家というものは、極端に短命か長寿の印象がある。ゴダールは後者で100歳越えても生きているのではと思っていた。しかし所詮ひとりの人間には限界がある。加齢による体のあちこちの痛みに耐えかねての死だと、のちに報道された。歳をとると体のあちこちにガタが出始める。ひとつひとつの疾患は、病気と診断されないような軽度なもの。その小さな痛みが複数重なることで、生きているだけでも辛くなっていく。そういえば瀬戸内寂聴さんも晩年、長寿なんて碌なことはないと言っていた。友人はみんないなくなってしまうし、体のあちこちが痛くて思い通りにならない。「はやくお迎えが来ないかしら」なんて冗談めかして言っていた。これから人生100歳の時代がくる。とかく長寿はめでたいと、むやみに延命を推奨する世の中に警鐘を鳴らす。はたして、ただ生きているだけでいいのだろうか。死んでしまえばそれきりだけれど、もし長生きしてしまったらどう生きるか。ある程度若いうちから考えていかなければならない課題でもある。
そんなこともあって、晩年のゴダール作品の気難しいだけの雰囲気は、彼の文字どうりの「生きづらさ」がそのまま映像に反映してしまっているのだろう。我々観客は、若かりし日のゴダールのキラキラした感性にときめかされる。そして晩年の曇った美的センスに、長生きすることへの苦しさの根源を想像することもできる。どんなに長く生きようとも健康第一。いつまでもかわいいモノを集めて喜んでいるような、無邪気なおじいちゃんに憧れてしまう。芸術家たちは生涯を通して、我々観客に考えるための何かを遺しておいてくれている。
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