『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー volume 3』 創造キャラクターの人権は?
ハリウッド映画のスーパーヒーロー疲れが語られ始めて久しい。マーベルのヒーロー映画シリーズMCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)もまだまだ続編が発表されている。自分もMCU全盛期は、新作を夢中になって追いかけていた。いっそのことシリーズのひとくくりとなる『アベンジャーズ エンドゲーム』で、潔く完結していればよかったのに。そうすれば惜しまれつつ伝説の映画シリーズになっていただろう。まだやってるのと思いつつも、見知ったスーパーヒーローたちのその後も気にならなくもない。この『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー VOLUME 3』が、年末ベストに挙げている人が多かったので気にはなっていた。
思えばこの『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』シリーズの前作は、原題が『Guardians of the Galaxy Vol. 2』。それにも関わらず、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー リミックス』と日本では改題してしまった。日本の宣伝のジンクスで、続編はヒットしないというものがあるらしい。タイトルに『vol.2』とあっては、前作を観ていない人が来てくれないと、日本の広報が思い込んでいる。でもMCUは全作世界観が繋がっているので、結局どこから観ても途中から始まってしまう。いまさら『リミックス』と続編であることをごまかしても、いちげんさんの観客には説明不足で端折られてる部分は否めない。むしろ単独作品のようにみせかけて『リミックス』なんてタイトルつけて、観客を騙して集客しようとする詐欺まがいの宣伝手口の方が気になる。監督のジェームズ・ガンが来日したとき、「どうか原題通り『vol.2』で公開して欲しい」と頼んでいたのに、『リミックス』で押し通した日本配給会社の強引さ。そして今回、しれっと『VOLUME 3』の邦題で配給してみせている。ジェームズ・ガンは、初めから三部作でいくって言ってたし。
ジェームズ・ガンといえば、この『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー VOLUME 3』をもってMCUから勇退するとのこと。『ガーディアンズ・ギャラクシー』は、ジェームズ・ガンの出世作でもある。かつてジェームズ・ガンがSNSで、トランプ政権の批判をしたことで、MCUを製作しているディズニーから一度解雇されたことがある。日本ではディズニー作品は、多様性をテーマにしたリベラルな作品が多い印象があるけれど、実際アメリカではかなり保守的な体制派。第二次大戦時には、国民を戦争に駆り立てるようなプロパガンダ映画もつくっている。
ジェームズ・ガンの解雇で、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』のスタッフ・キャストが、会社に対して抗議した。その甲斐あって、この『VOLUME 3』が晴れてジェームズ・ガン監督作として制作されることとなる。解雇になったジェームズ・ガンに、すぐさま競合ヒーロー映画会社ワーナーDCからお誘いがくる。ジェームズ・ガンは『VOLUME 3』終了後は、DC専属CEOとして、同社のクリエイティブ業に就任することとなる。
そのエピソードを聞いても、映画監督がものすごく会社員ぽいし、昔のような権威がなくなっているように感じる。映画制作は夢の仕事だけれど、それをつくっていくことは現実の作業。実際働いてしまえば、スタジオに通勤したり、同僚とうまくやったりと社会性が重要とされてくる。ディズニーという夢をつくる場所であっても、労働の場所に変わりない。そうなると、たとえ今の自分の仕事が地味なものであったとしても、さほど卑下する必要もない。就業の幸せの基準なんて、人それぞれでいい。
気になっていた『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー VOLUME 3』を配信でやっと観た。このシリーズはずっと好きで観てきたけれど、この『VOLUME 3』は、その中でもいちばん好きかもしれない。
まずは上映時間が2時間30分というのがハードルが高い。MCUは長尺作品が多く、意味もなく時間ばかりが長い作品もなくはない。長尺上映時間が大作映画の条件みたいになってしまっている。MCUは毎回監督も違うし、面白い作品とそうでない作品との格差が激しい。もしつまらない映画で2時間30分も付き合わなければならなくなったら、それは拷問みたいなもの。配信ならつまらなければすぐやめられるし、休み休み観ることもできる。むやみに長尺な映画という慣例もなんとかしてほしい。
ただこの『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー VOLUME 3』は、無駄に長尺という印象はなかった。ジェームズ・ガンも公表している通り、一応このシリーズは『VOLUME 3』で完結する。以降続編が制作されることがあっても、ジェームズ・ガンが監督する可能性は低い。そんな完結編という意気込みも詰め込んだ精神は、情報量の多さから伝わってくる。
今回の『VOLUME 3』は、アライグマのヒーロー・ロケットの生い立ちがメインで語られていく。生体実験で改良されたアライグマのロケット。子どもの頃に脳手術を強制的に受けさせられた。子どものアライグマの頃は、声も実際の子どもが演じてる。「痛いよぉ」と言ってる声だけで泣けてきてしまう。なんて酷いことをするのだろうと、観客は早い段階でヴィランたちを憎たらしく感じてしまう。ロケットの幼少期のエピソードが気の毒過ぎる。なんとかして解決して欲しい。
ロケットは生体実験に成功して、天才的な頭脳を持つアライグマとなってしまう。創造者であるヴィランのハイ・エヴォリューショナリーよりも頭脳明晰になったロケット。ヴィランはロケットの才能に嫉妬し、その頭脳を奪おうとする。ロケットからしてみれば、災難以外のなにものでもない。望まぬ生体実験で得た望まぬ能力。
ロケットの能力は、ギフテッドのメタファーともとれる。ジェームズ・ガンも映画の才能がある人なので、ギフテッドの特性は持っているだろう。その才能はのちの人生で自分で育んだものだろうが、最初は障害でしかなかったと想像がつく。
アメリカではギフテッド教育というものがある。小さなうちから才能の片鱗を見せる子は、国の特別な教育を受けることがある。それは任意とはいえ、ときとしてその子の人権を無視した教育にエスカレートしかねない。現代医学では、ギフテッドがなんたるかもまだわからない段階。人権侵害に近い扱いもされかねない。ギフテッドは才能と障害の紙一重の能力。単純に羨ましい才能とも言いがたい。
『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』は、ジェームズ・ガンのオタク気質が前面に炸裂している。人を喜ばしたり笑わせたりするのが好きなタイプのオタクは、エスカレートしてハメを外してしまうことがある。映画の中での会話は、ときとして倫理観スレスレの悪辣なものであったりもする。子どもの鑑賞には保護者のアドバイスがいるかもしれない。ここで交わされている会話がカッコいいと思って真似でもしてしまったら、生育歴まで疑われかねない。口から言ってしまった言葉は、後悔しても消せないので要注意。それはデジタルタトゥーのあるネットでも同じこと。
ロケットはフィクションのキャラクターだし、ルックスはアライグマ。本来なら感情移入しづらい。この映画での生体実験は、動物虐待そのものを描いている。それでも人権について考えさせられる。ようは命の尊厳の話。不思議なもので、創造上の人物であっても人権は存在する。ニ次創作とかでみんなが知ってるキャラクターが侮辱されていたりすると、関係のない自分までが傷ついてしまうこともある。架空の人物だからといって、何をしてもいいというものでもない。
『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』は、道徳と不道徳が清濁混在する、ネット時代っぽいカウンターカルチャーの代表作。不謹慎なことをワザと言って、ひんしゅくかってから焦り出す。そんなつもりはなかったけれど大炎上。倫理スレスレの表現も怖いけど、ネット上の自警団もかなり怖い。怖い怖いで息が詰まってしまう。観客もそれを鵜呑みにしないリテラシーも必要。フィクションとの距離感も、その人のセンス。
サブカルチャーは、悪ノリがカッコいいみたいなところがある。もしかしたら、冷笑や人権軽視がベースにあるのかもしれない。人の心がわからないサイコパスがクールだという価値観。オタク界隈の心情が荒んでいく。サイコパス系エンタメは、かつてはアングラだけで存在した。これが王道エンタメになるのだから世の中は変化した。それともこの不謹慎さに気付かずに、世界配給しているのか。生煮えのまま料理が出されている感覚。
気が滅入るような出来事ばかりだけれど、とりあえず今日は踊って乗り切ろう。ちょっと自分の冴え切った感覚を鈍らせよう。毎日なんとか生き残っていけば、いつかは活路もみつかるだろう。そうして何も変わらない未来が来るのが、いちばんの幸せなのかもしれない。意図的かどうかはわからないが、ある意味今のサブカルを象徴している映画だった。
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