『グレイテスト・ショーマン』奴らは獣と共に迫り来る!
映画『グレイテスト・ショーマン』の予告編を初めて観たとき、自分は真っ先に「ケッ!」となった。「『ラ・ラ・ランド』のスタッフと、『レミゼラブル』のヒュー・ジャックマンが贈る最新ミュージカル映画です」って。近年の評判の良い素材を集めました。皆さん好きでしょう? あざとい商魂がモロわかり。
でも映画公開が始まると、あちこちでで好評の声が聞こえてくる。ラジオから聞こえてくる映画のサウンドトラックは、どれもテンションが上がる楽しいものばかり。これは観ないわけにはいかなくなった。
映画『グレイテスト・ショーマン』は、オープニングの掴みもバッチリ。いきなりハイテンション。カッコよく音楽とダンスと映像の総合演出で、グイグイ観客の心を惹きこませる。強引なくらいのパワーがある。
ミュージカルは、なによりも音楽先にありき。良い楽曲さえあれば、ストーリーなんてあってないようなもの。曲をひきたたせるために、演出や脚本だって変更する。
あの『アナと雪の女王』だって、一番最初にに出来上がった、雪の女王であるエルサの心情を歌った『Let it go』があまりに良かったため、当初悪役の予定だったエルサを善人に変えてしまったくらい。無理くり変更したから、脚本的には整合性取れない部分もあるけど、それを凌駕するくらい作品にパワーがあった。ミュージカルでプロットの粗探しをするのは野暮ってもの。
この『グレイテスト・ショーマン』は一応伝記映画でもある。サーカスや見世物小屋の創始者P.T.バーナムがモデル。バーナムをヒュー・ジャックマンが、爽やか中年スマイルで演じてるから、おどろおどろしい感じがまったくしない。バーナムがこんな善人なわけがない。サーカスのもつ魑魅魍魎なイメージを刷新してしまった。
作中でバーナムの放つ興行を、評論家が批判する。それに対してバーナムは、「でも、観客が笑ってくれている」と応える。この映画『グレイテスト・ショーマン』事態、映画評論家の反応は芳しくなかったが、一般観客側からはSNSをはじめ、口コミの話題でもちきりになった。
ミュージカルといえば、日本なら女性ファンが多いものと思いがちだが、世界的にはゲイカルチャーの代表ジャンルでもある。映画を作るにあたって、いちばんのお得意様であるLGBT層をかなり意識している。映画の起源は、サーカスを描きたかったからではなく、美意識の高い、豪華絢爛のゲイカルチャーの再現だ。サーカスやバーナムは素材でしかない。そして、虐げられているフリークスたちのやるせない心情に、己を重ねるもよし。
ミュージカルの楽曲は、クラッシックやオペラに近いものが多い。作品のスパイス的にポップスやロックなど、違うエッセンスの曲調が入ってくるような印象。『グレイテスト・ショーマン』の楽曲は、耳あたりの良いポップスに絞られている。一貫性があって、とても聴きやすい。映画鑑賞後は、作中のミュージカル曲が、頭の中でヘビーローテションしてしまうくらい。時折オーケストレーションが入ってくると、違和感を感じるくらい。
「あなたの歌は聴いたことがない。でもあなたと仕事がしたい。自分の耳より、世間の評価の方が確実だ」劇中でのバーナムの歌手への口説き文句。これはこの映画のプロデューサーのそのまま本心だろう。
2時間に満たない上映時間は、ミュージカルは長尺だという慣例もとっぱらっていて良い。卑賤の者を見て笑う見世物小屋のサーカスや、ネットで罵詈雑言を書き連ねるより、楽しいだけのミュージカル映画に、ひととき心を委ねた方が、心身の健康には遥かに良い。
いま、世界中が疲れている。軽くても薄っぺらくてもいいじゃない。お客さんに優しい、軽やかな映画も必要だ。今という時代だからこそウケた『グレイテスト・ショーマン』。2時間弱のほんのひととき、夢をみさせて貰いましょう。
ちなみに、あまりに映画が良かったので、子どもたちと再度鑑賞。みんなノリノリで、ずっと映画の歌を口ずさんでる。『グレイテスト・ショーマン』好きな小学生とはシブすぎる。サントラご所望だそうです。
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