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『ブレイブハート』 歴史は語り部によって変化する

公開日: : 映画:ハ行, 配信, 音楽

Amazonプライムでメル・ギブソン監督主演の『ブレイブハート』が配信された。映画『ブレイブハート』は、FOX配給の作品。日本ではFOX系の作品はディズニープラスが独占配信していたはずなのに、最近はアマプラにもディズニー作品が流れてきている。配信作品をストックするだけでも、経費がかかるらしいので、サブスク業界もなかなか世知辛い。ディズニープラスは自社制作のオリジナル作品でさえ、不人気の作品は削除してしまっている。ディズニープラスは値上げも発表されたばかり。あの値段で4K・ドルビーアトモス仕様のコンテンツがあるのが最大の魅力だった。FOX作品が他社でも観れるのはありがたいけど、そうなるとディズニープラスの存在意味も薄れていく。

ディズニープラスに『ブレイブハート』があるのはずっと気になっていた。いつかは観直したい映画だった。ただ上映時間が3時間ある長尺作品なので、なかなか気軽に観れなかった。連休が取れた時に、このアマプラ配信版を観てみることにした。

『ブレイブハート』は、知り合いの中でもファンが多い作品。以前、取引があった会社のお偉いさんが、やはりこの映画のファンらしく、熱くこの作品を語っていた。部下の若い人たちを集めて、映画のストーリーをそのまま演説みたいに熱く語っていた。なんだか自分の中で、映画『ブレイブハート』の価値が少し下がってしまった。悲しい。映画談義でいちばん楽しいのは、その作品を観てその人自身がどう思ったのかを語り合うこと。その人なりのその人の言葉で感想を聞くのがいちばん面白い。

利害関係のある相手とは、趣味の話はしない方がいい。『釣りバカ日誌』のハマちゃんスーさんだって、最初は趣味で知り合って、あとから同じ会社の社長と社員だとわかったからなんとかなった。むしろ『釣りバカ』では、オフィシャルと趣味とでは上下関係が入れ替わるところが、作品として面白かった。自分に実際にそんなことが起こったら、会社も趣味も辞めてしまいそうだ。

さすがにディズニープラスよりは画質の落ちるアマプラ版『ブレイブハート』。メル・ギブソンの作品は、暴力的なものが多いから、観る方もそれなりにスタミナが必要。若い頃にこの映画を観た時は、このヘビーさも気にならなかった。数十年ぶりにこの映画を観ると、冒頭から怖いことばかり起こるので、すっかり疲れてしまう。人が簡単に殺されてしまう場面が多い。気が滅入ってくる。主人公以外のその他大勢の死が、記号的に描かれるのは、80〜90年代のハリウッド映画の特徴。

『ブレイブハート』は、イギリスの支配下だったスコットランドで、解放運動をした実在の指導者ウィリアム・ウォレスの伝記映画。史実は勝利者の都合で伝えられると劇中でも語られている。この映画『ブレイブハート』は、歴史的人物を扱っているが、かなり胸熱に脚色されている。ソフィー・マルソー演じるフランスからイギリスに嫁いできたイザベラ王妃と、ウォレスとは実際には面識はない。あたかもこの二人にロマンスがあったかのように、大胆に脚色されているのもご愛嬌。

監督主演のメル・ギブソンは、この映画の頃は映画監督というよりもアクションスターのイメージの方が強かった。『マッド・マックス』や『リーサル・ウェポン』シリーズのイメージ。アイツなら、悪いヤツは絶対にやっつけてくれる。当時のハリウッド・アクション映画は、勧善懲悪が主流だった。その影響で、メル・ギブソンが演じるウィリアム・ウォレスは無敵の男のイメージで突っ走っていく。

劇中でのイギリスのスコットランドへの侵略行為は非道で、そんな政治をされたら誰だって追い詰められて反乱を起こすだろうと思えてしまう。スコットランド人は、我慢に我慢を重ねて遂に怒り爆発する。そこに映画的なカタルシスがある。

虐げられたスコットランドの様子は、実際よりもマイルドに表現しているだろう。あまりに残虐な描写だと、観客もぐったりしてしまう。それでも観客にもスコットランド人の悔しさが伝わらなければならない。いじめられる悔しさと、復讐の快感。観客に瞬時にそれを感じさせる演出の巧さ。アクション映画で培ったメル・ギブソンの匙加減のセンス。この勧善懲悪感が時代を感じさせる。現代にこの歴史を描かせたら、メル・ギブソンでさえ、違ったアプローチをしているだろう。

ジェームズ・ホーナーの音楽はあまりに有名。のちの映画に大きく影響を与えた。そのあと担当する『タイタニック』でもケルト・ミュージックを使用している。『ブレイブハート』はスコットランドが舞台だから、ケルト・ミュージックは違和感ない。『タイタニック』では、タイタニックを造ったのがスコットランド人だったり、主人公がスコットランド系という設定だったのでケルトを使った。きっと『タイタニック』の監督ジェイムズ・キャメロンが、『ブレイブハート』のイメージをジェームズ・ホーナーに依頼したのだろう。後続する日本のアニメ『もののけ姫』でも、ケルトっぽくなっていた。でも『もののけ姫』は日本の昔が舞台の映画なので、ケルトとはまったく関係ない。そういえばエンヤとか、当時めちゃくちゃケルト・ミュージックが流行っていたと懐かしく思う。

この『ブレイブハート』はアカデミー賞を獲っている。合戦の場面の迫力が凄い。いまだとCGで作り込んでしまう戦闘シーン。この頃は実際に大勢のエキストラを集めて、大スペクタルシーンにしている。エキストラがこれだけ大勢集まれば、全員に演出意図が伝わるとは思えない。群衆ひとりひとりが違った温度でそこにいるのが面白い。完璧主義の監督なら、エキストラ全員が同じ表情になるまで、何度も何度も撮り直すのかもしれない。もしかしたらメル・ギブソンも何度も撮り直したかも。今ではCGでいくらでも加工できるからこそ、エキストラの温度差までは表現できない。エキストラで集まった人たちの心情もそれぞれのように、当時の戦場に集まった兵士たちの心情もさまざま。みんな違ったリアクションをしているのが、かえってリアルに見えてくる。戦場に連れてこられて初めて「こんな恐ろしい場所だったのか!」と驚愕した兵士もいたのではないだろうか。

勧善懲悪なメル・ギブソンが、ウィリアム・ウォレスに心酔したのは理解できる。実際にウィリアム・ウォレスがどんな人物だったかはわからないが、この映画の彼は指導者として抜群のカリスマ性がある。イギリス軍が痛み分けの和平案を提案してくる。ウォレスはそれを受け入れる訳にはいかない。彼は革命家であっても政治家ではない。政治は清濁合わせて飲み込まなければならないところがある。妥協点の落としどころの裁量が求められる。勧善懲悪なメル・ギブソン=ウィリアム・ウォレスは、それが許せない。中途半端な交渉なら、夢に殉じた方がいい。破滅に向かうからこその英雄なのだと。

現実社会に生きている人のほとんどが、破滅なんかしたくない。だからこその破滅願望。映画の中の人物が、観客の中の破滅願望を肩代わりしてくれる。映画はどこまでもカタルシスを追求してブレがない。主人公が手を汚す辛さは、劇中ではサラッと流している。

この映画が公開された1990年代は、アメリカでは、鬱屈した社会と対峙し始めていた。せめて映画の中だけでも、その鬱々とした気分を払拭したい。政治的な内容でもあるし、世界中がこの映画を通してガス抜きをしたのかも知れない。

映画はただその作品を観るだけでは、物足りないときもある。なかなかいつの世にも通用するウェルメイドには出会えるものではない。この映画の語り口はどうしてこうなんだろうと、発表された社会状況にも心を向けてみる。ただいつの時代もアメリカでは、誰か具体的なヒーローを求められているようにも感じる。とかく神格化されがちな歴史的英雄も、掘り下げればただの人間。英雄と呼ばれた人は、大抵不幸な人生を送っている。『ブレイブハート』はその人生の闇には触れない。センチメンタルは皆無。あくまで夢を求めて戦う男たちの姿を活写している。気持ちが良すぎる。

力を持つものがたとえ悪であるとしても、それが衰えていくには労力や忍耐が要る。死ならば諸共の破滅的精神は、カッコイイが、それだけで現実が好転するのは難しい。忍耐強く機会を待つしかないときもある。そのどうにもならないモヤモヤを、『ブレイブハート』みたいな映画が晴らしてくれる。

映画が公開されて30年近く。未だ英雄は現実世界には現れない。観客の心情としては、あの頃とあまり変わることはない。だからこそ、のちにアメコミヒーロー映画のブームが起こったのかもしれない。現実に闇を蹴散らすヒーローは不在にせよ、個々のなかにある共通のヒーロー像は存在する。現代ではヒーローの人間性にも、観客の興味も惹かされる。白黒はっきりついたり、0か100かの極論は現代では通用しない。それでも無敵な人物は魅力的で、人々には必要な存在でもある。映画にはスーパーヒーローが必要だ。大いなる矛盾を感じながらも『ブレイブハート』を楽しんだ。

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