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『ミステリー・トレイン』 止まった時間と過ぎた時間

公開日: : 映画:マ行, 映画館, 配信, 音楽

ジム・シャームッシュ監督の1989年作品『ミステリー・トレイン』。タイトルから連想する映画の内容は、アガサ・クリスティのような密室サスペンスのようなもの。でもこの映画の舞台は電車の中ではないし、サスペンスでもない。むしろ事件が起こるよりも、たわいないおしゃべりの方が大事。さりげないおしゃべりも、ねりに練られているもの。それを感じさせないのがこの映画のポイント。

たまたま同じ晩の同じホテルに泊まった三組の客のオムニバス映画。三者三様の事情はあれど、この三組が直接交流することはない。淡々として描かれるおかしみ。スペクタクルばかりが映画ではない。かつてゴダールが「ひとつの空間にふたりの人物が揃えば映画は始まる」と言っていた。事件が起こっても大仰に捉えない。この視点がなんともかっこいい。

自分はこの映画『ミステリー・トレイン』を、日本公開当時、映画館まで観に行った。自分が10代の頃は空前のミニシアターブーム。アート系の映画がもてはやされていた。難解な映像表現や、一般的なハリウッド的なロードショー作品とは異なった作風の映画が流行だった。よく分からない映画を観て、その意味を考えたり、困惑したりする。なんとも贅沢な時間。ジム・ジャームッシュ監督作のような、大手映画制作会社が関わらないインデペンデント系の作品も、アート系のカテゴリーに属していた。『ミステリー・トレイン』もミニシアター系映画館で上映されていた。

『ミステリー・トレイン』は有楽町にあったミニシアターの『シャンテシネ』で単館上映されていた。現在は『TOHOシネマズシャンテ』と改名された映画館。10代の自分は、初めての有楽町にとても緊張していた。わざわざ単館上映のマニアックな作品を観にくる観客なんて、さぞかし美意識の高い人ばかりなのだろうと警戒していた。でも劇場に入ってみると、近所のメジャー映画を観にくる客層となんら変わらない。現場の空気感など、行ってみなければ分からない。アート映画は思っていたほど敷居が高いわけではない。

自分がジャームッシュの存在を知ったのは、フジテレビの深夜枠で放送していた『ミッドナイト・アートシアター』という番組。ジャームッシュの出世作の『ストレンジャー・ザン・パラダイス』の放送を観たのがきっかけ。

『ミッドナイト・アートシアター』という番組は、映画本編放送にはCMを流さず、ノンストップ・ノーカットで放送する。ご丁寧に本編放送前には、日本公開時の予告編まで流してくれる。まるで特典映像付きのビデオソフトをそのままテレビで放送しているかのような番組。自分はよくVHSで録画して、放送された難解な映画を何度も観直していた。

それまで自分はスティーブン・スピルバーグ監督のような、王道のエンターテイメント作品しか知らなかった。地味で大きな出来事が起こらないジム・ジャームッシュ監督の『ストレンジャー・ザン・パラダイス』を観て、映画制作にとても興味を抱いた。スピルバーグの特撮バリバリの映画はつくれそうにないけど、おしゃべりだけで映画になるのなら、自分でも映画がつくれるかもしれない。ジャームッシュ映画で、自分の夢が広がった。そして映画学校へ進むきっかけともなった。

『ミステリー・トレイン』は3部に分かれたオムニバス作品。第1部は日本の永瀬正敏さんと工藤夕貴さん主演のエピソード。工藤夕貴さんは自分と同年代。海外の映画に出るなんて、しかもジャームッシュの新作だなんて凄いなあと尻込みしてしまった。

アメリカのジャームッシュ監督の作品に、日本の俳優が日本語で演じる違和感。なんでもジャームッシュが小津安二郎監督のファンということで親日とか。自分はジャームッシュを知ったのをきっかけに小津安二郎作品を遡って観た。日本の古い作品など、若い自分が率先して観るはずもない。何かのファンになることで、その関連の文化も触れていこうとする。自身の見聞が広がっていくようでとても楽しい。

当時怖かった工藤夕貴さんの印象が、今映画を観ると、とてもチャーミングに見えてくるので不思議。永瀬正敏さんの「悲しい顔」にも笑えてしまう。そういえばスティーブ・ブシェミの存在はこの映画で初めて知った。他の出演者のジョー・ストラマーやスクリーミング・ジェイ・ホーキンスも死んじゃった。映画は彼ら彼女らを永遠に若いままに収めている。時の流れは残酷だ。

コロナ禍最中の2021年、この『ミステリー・トレイン』の劇場公開35周年記念上映があったとのこと。そのイベント上映には永瀬正敏さんと工藤夕貴さんも登壇していた。35年の時を経て、すっかり中高年になってしまったおふたりがメディアに載っている。誰しも若かりし日はあったのだと不思議に思えてくる。映画がロックンロールの故郷メンフィスを舞台にしているせいか、時間が1960年からずっと止まっているようなロケーション。きっとメンフィスは、いまもこの映画の風景のままだろう。そこを歩く人だけが歳をとった。もしかしたら現代でも懐古趣味の若者が、この映画の二人のように日本から観光に行っているかもしれない。情報やファッションに左右されない発祥の地では、ウェルメイドなドラマが馴染みやすい。

この映画を観直してみていろいろ思い出すことがあった。配信で流れているこの映画は、リストアされていて、当時の映像よりも綺麗になっている。ジャームッシュは永遠に若者カルチャーの監督だと思っていたが、もうすっかりおじいちゃん。彼の存在には似合わないが、巨匠監督にカテゴライズされてしまう。今どきの若者からしてみれば、ジャームッシュなんて観たことも聞いたこともないだろう。自分ももう懐古趣味に走っているのかも。

この映画が公開されている頃でも、プレスリーは昔の人のイメージだった。現代ではファンタジーのレジェンドみたいなもの。昔の映画を観ると、時間の感覚が狂ってくる。こんなに古い映画でも、今を生きる我々にも共感できるものがある。映画を観ながら、35年の昔の映画ということをすっかり忘れてしまっている。

三つのオムニバスストーリーは、関わることはない。自分が知らないだけで、すぐ近くでまったく違った人生が進んでいると思うととても不思議になってくる。三つのストーリーは、とくにこれといったオチもない。ただ同じホテルを一晩泊まって、チェックアウトして去っていくだけ。コメディだけどなんだかもの悲しい印象を残していく。人生はそれぞれ進んでいく。一つ屋根の下で一晩寝泊まりした登場人物たちの人生のひと刹那。映画が何も起こらないようにしているからこそ、観客はそこに意味を探して観たくもなる。それが良いことなのか野暮なことなのか、35年経ったいまでもわからない。答えが出ないことが答えなのだと、ジャームッシュが笑っているようだ。

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