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『愛がなんだ』 さらば自己肯定感

公開日: : 映画:ア行, 映画館,

2019年の日本映画『愛がなんだ』が、若い女性を中心にヒットしていたという噂は、よく耳にしていた。独立系作品なのに、大入りとのこと。ちょっと気になる。コロナ禍前の話。

原作は角田光代さんの同名小説。主演は岸井ゆきのさんと成田凌さん。NHKの大河ドラマや朝ドラで、よくお見かけする二人。普段自分はあまりテレビを観ないほうだが、大河ドラマや朝ドラはよく観ている。役者さんたちが、テレビドラマで観るような演技とはまた違った芝居をしている姿をみると、単純にすごいな〜と心から関心してしまう。

『愛がなんだ』は、原作も脚本も女性。映像からは女性的な匂いがプンプン漂ってくる。演出も女性かと思いきや、今泉力哉監督と男性監督。完全なる女性心理への擬態化がすごい。ふと2003年の映画『ジョゼと虎と魚たち』を思い出す。原作は田辺聖子さんの短編小説で、こちらも男性の犬童一心監督がメガホンをとっている。動物園が重要な意味を持つ場面になるのも同じ。きっとオマージュなのだろう。

映画は低予算もあってか、スタジオセットを使っていない。実際の場所を使用したロケセットにての撮影。自分はロケセットの作品が好きだ。映画はその時代を映す鏡。実際の街や建物の空気感は、現実のそれを記録したほうが登場人物を身近に感じられる。

恋愛映画は、如何に画面から登場人物たちの体臭を感じさせるかで勝負が決まる。恋愛の始まりはオフィシャルな場所から。やがて互いの生活が融合していく。作品から匂いを感じなければ、それは恋愛映画というよりファンタジー。『愛がなんだ』は、女性的な匂いが映画から滲み出ている。きっと多くの観客の嗅覚に触れて、ヒットしたのだろう。

『ジョゼと虎と魚たち』は、身体障害者との恋愛物語だった。この『愛がなんだ』は、ある意味、本人たちが無自覚に精神障害を抱えている人たちの物語なのかもしれない。

20代後半のテルコは、会社勤めで事務業をしている。ふとしたことから同年代のマモルと知り合う。マモルの手が綺麗だったのが、テルコが彼に好意を抱くきっかけ。とても女性的な動機。マモルはどうやらエディトリアル・デザイナーを生業としているらしい。自分も常日頃感じるが、クリエイティブな仕事をする人は、大抵指が細くて綺麗。指の長さが手先の器用さに繋がっているのだろう。

なんとなく流れで、この二人は恋愛関係のようになる。その割にはボタンが噛み合わない。テルコは、仕事が手につかなくなるほどマモルのことで頭がいっぱい。望まれればすべて相手に合わせる、オールイエスマンというか、オールイエスウーマンになってしまう。マモルはマモルで、思い通りになるテルコを都合よく利用している。でも恋人とは認めない。関係が深くなりそうになると、大慌てで拒絶する。恋愛依存の女と、自分のことしか考えていない男。互いの温度差が痛々しい。

ドラマや映画という映像メディアは、制作に多くの企業や人が絡んで作られる。様々な人の経済的商売的な理由で、作品が持っている本来のテーマがねじ曲げられてしまうこともよくある。ファッションや住まい、インテリアなど、登場人物の設定にそぐわない場合があったり、売れてる俳優だからとミスキャストなのに起用されてしまうこともある。

数多の思惑を経て、本来その作品がどんなニュアンスだったか、サッパリわからない映像化に仕上がってしまうこともある。売れた原作を人気のある俳優で配役すればヒットするだろうという安易な考え。そのあざとさから逃れられた映像化ほど幸せなものはない。『愛がなんだ』は、独立系映画ならではの幸せな原作映像化作品。文学的な映画になっている。

古今東西、ずっと読み継がれている小説というのは、心の闇や病を取り上げたものが多い。『赤毛のアン』など、脳科学の概念がなかった時代に、それがどんなものなのか症状を誰にでも理解できるように書かれている。原作者のモンゴメリは、まさか自分の小説が100年後、脳科学の研究書として読まれていくとは夢にも思っていなかっただろう。太宰治も同じようなもの。心の機微を文章に残していく。時代を越えて海を越えても通じるものが文学にはある。映像作品よりもずっとダイレクトに作者と対話していく。優れた文学は、文学的価値の以外にも、さまざまな要素の記録価値がある。ただの惚れた腫れたの物語ではない。

『愛がなんだ』は、現代日本人の心の病を描いている。テルコもマモルも病んでいる。その友だちたちも同じ。彼ら彼女らに共通するのは、自己肯定感の極端な低さ。アイドルの追っかけのように恋愛相手に盲信溺愛してしまったり、相手から好意を受けてもそれを否定してみたり。自然の流れを、自我で強引にねじ曲げていく。わざわざ自分から不幸の道へ邁進する。なんとも歯がゆい。

生きづらさを抱えた彼ら彼女らは、愚かな人間なのかと思いきや、そんなことはない。友人や他者を見る目は冴えていて、第三者に対しては適切な判断をいつもしている。誰もが他人のことなら冷静だが、自分のことはいちばんわからない。

自分は正しいと思っている人ほど怖いものはない。自分の中の正義で、相手に何をしてもいいような自警団になりかねない。今こそ自分を疑う勇気を持たなければいけない。

恋愛がうまくいかなかったとき、当事者本人からすると原因がさっぱりわからない。でも周りの人たちから見れば、当然失敗するだろうねと思われていたりする。そんな痛い経験は誰にでもある。突き詰めれば、自分のことしか見ていないと何事も失敗する。

漫画家の竹宮恵子さんが、恋愛ものを描く理由として「恋愛ほど短期間に様々な感情を抱く行動はないから」と言っていたことを思い出す。恋愛をすると人は変わっていくとよく言われる。恋愛感情は、その人の性格的な特性を浮き彫りにさせる。ときには命を失うこともある。文学的なこの映画をひとつ人生の教訓にしていくのもいい。

自己肯定感は育成歴や環境によって形成されている。自分の精神的病に気づいたとしても、それを克服していくのは至難の業。どうやらこの厄介なウィークポイントとは、共生していくしかないらしい。低い自己肯定感上等! 低いなら低いなりに生きていこうじゃありませんか。とりあえず自分を疑い、周囲の人に目を向けていこう。よく見たら、周りの人たちもみんな怯えている。もともと生きていくのは怖いものと受け入れてしまえば、なんとかなるように思えてくる。人にも自分にも不機嫌にならないことが、いちばんいいに決まってる。

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