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『NOPE ノープ』 正しく怖がる勇気

公開日: : 映画:ナ行, 配信

『NOPE』が面白いと、自分のSNSがこの作品の映画公開当時騒ぎになっていた。評判がいい。それでも、箝口令が敷かれたかのように、内容を言及する人がほとんどいない。今後この映画を観る人のための暗黙の配慮。最近の映画ファンは、なんてマナーがいいのだろう。ファンの態度でそのコンテンツの興味が沸いたり冷めたりするもの。俄然『NOPE』が観たくなってきた。どうやらこの映画はSFホラー映画らしい。自分はSFは好きだけどホラーが苦手。突然大きな音で脅かさられるのも嫌だし、血とか残酷描写も観たくない。ただ、監督がジョーダン・ピールということで、どうしても期待はしてしまう。

ジョーダン・ピール監督のデビュー作『ゲット・アウト』はとても面白かった。ホラー映画というエンターテイメントの王道ジャンルで、人種差別の社会問題を扱う。とても頭の良い企画。ただ実際にこの映画を観た人の感想が、「あそこが怖い」とか、「どんでん返しがどうの」とか、あまりに俗っぽい凡庸ホラー映画またいな感想だったのでがっかりした記憶がある。所詮映画を観る人の感性なんて、大抵は浅く薄っぺらで軽い。まあかといって高尚すぎても肩が凝るのだが。

このジョーダン・ピール監督の新作の主人公はいつものごとく黒人。SFホラーの様式を借りて、また人種差別とか社会風刺を交えてくるのかと思っていた。映画を観てみると、意外にも直球のホラー映画。少し肩透かしを食らってしまった。

主人公のOJは、家族の事故死に直面してからすっかり鬱状態。元気のない主人公というのは興味深い。彼の職業は、馬を調教して映画に出演させる仕事。映画技術の黎明期の馬が走る映像は有名。そのホーストレーナーが黒人だったというのが、この映画の蘊蓄。主人公が黒人というのと、映画に関係している人物ということで、監督自身の分身的役割を果たしている。

自分にとってこの映画は、かなり既視感を覚えるものだった。オーソドックスなパニック映画のスタイル。1980年代の映画を観ているよう。一番の影響はスティーブン・スピルバーグ監督の初期の作品。もちろんもっと以前のヒッチコックの影響も色濃い。ブロックバスター的な題材に、文学的な味付けをしたM・ナイト・シャマラン監督作なども彷彿とさせる。古い映画のオマージュてんこ盛り。日本のアニメ『AKIRA』からの引用もあった。あまりに映画愛が深すぎる。オタク心が疼いく。気になって映画に集中できない弊害もある。むしろ中途半端に映画を知らない人の方が、素直にこの映画を楽しめそう。そういえばジョーダン・ピール監督の一作目『ゲット・アウト』は、1960年代の『招かれざる客』の翻案。監督が古い映画に傾倒しているのがわかる。子どもの頃に映画に出会い、そのまま映画監督になれてしまったジョーダン・ピールの人生が伺える。ちょっと羨ましい。リアル『ニューシネマ・パラダイス』。

ホラー映画の特徴として、得体の知れないものと邂逅が恐怖として描かれることが多い。この映画『 NOPE』も、未知の存在と接触することの恐怖を描いている。とかくわからないものは怖い。世界に絶えず続く紛争や糾弾は、見知らぬ者への恐怖心から発生している。しかしながら大衆は怖いものが好き。ホラー映画を好んで観るのもそうかもしれない。テレビの視聴率を得たり、ネットでバズるネタは恐怖を煽るものばかり。人々は自ら選んで恐怖の情報に飛びつく。そして勝手にパニックに陥っていく。見知らぬものへの恐怖心が、戦争に結びつくのは明快すぎる。

では果たして怖くなければパニックにならないのか。ものごとを怖くならないようにするには、知識が必要。でも、学んだからといって、未知なるものへの恐怖心がまったくなくなることはない。だけど怖さのタイプは変容してくる。

コロナ禍で世界中に恐怖が走った。メディアやSNSは、日々、恐怖心を煽る情報を垂れ流す。怖い怖いのオンパレード。そういった世界状況の混乱のなかで、人を救うのは学問や哲学なのではないだろうか。コロナ禍で発表された哲学者や社会学者たちの発言は、この状況をどう捉えているのか。危機は危機であると認めた上で、慌てても仕方がないと冷静に現状を分析している。社会や世界が大きく変化しているとき、個人がパニックになったところで、現状が悪くなることはあっても、好転することはない。壮大な問題に個人で立ち向かっても仕方がない。とりあえずは落ち着こう。大変なことが起こっているのは承知の上で、今自分に何ができるか、何が必要か、慎重に吟味してみる。恐怖や脅威は変わることはないが、自分自身のなかでは、すこし冷静にもなれて捉え方が変わってくる。それが知性。学ぶことの必要性を、このコロナ禍であらためて知った。最善を尽くしているのならば、あとは天命を待つしかない。

『NOPE』で描かれる世界観は、ちょっと懐かしい感覚。80年代のハリウッド映画テイストの焼き直しが近年エンターテイメントの流行らしい。単純明快なストーリー展開。勧善懲悪な世界観。悪い奴は退治してやる。『NOPE』の前半は、分からないものとの出会いの恐怖を描いている。映画としてスッキリまとめるには、分かりやすい物語展開が要求される。分からないものと戦う、分かりやすい映画。

ブロックバスター仕様の映画が流行っていた80年代は、こういったご都合主義の映画もファンタジーとして楽しめた。あの頃アメリカは、ベトナム戦争の敗北を糧に平和な世界を目指そうとする流れがあった。でも911の同時多発テロをきっかけにそれが崩れた。リーマンショックのような経済破綻、パンデミックや戦争で、社会は常に不安な状態になってしまった。事実は小説より奇なり。現実がフィクションの領域を遥かに凌駕してしまった。80年代までのエンターテイメントのプロットはとてもシンプル。混沌とした現実世界にすっかりみんな疲れきって、単純明快なものを欲し始めている。

今回ジョーダン・ピール監督が選んだ新作は、社会風刺のない映画。つくる側はとくに作家性の執われないで済む。単純にエンターテイメントに徹することができる。反面、映画を観て見聞を広めようとする観客が減ったのはちと寂しい。でも人には現実逃避をする余裕も必要。社会がすこし停滞してきているのが、ヒット作の評価の表れで分かってくる。そうなるとこの現象も社会風刺となってくる。まさにパラドックス。王道を走っているのにアンダーグラウンドな感じがする。それもジョーダン・ピール監督の作家性なのか。

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