『マーベルズ』 エンタメ映画のこれから
MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)の最新作『マーベルズ』が不振というニュースが流れてきた。なんでもマーベルシリーズ最低の興行成績だとか。確かにハリウッド映画のスーパーヒーローもの疲れは、すでにピークを越えている。それにこのシリーズは、作品数が膨大になってしまったため、わかりやすく登場人物や設定の説明は毎回作品ごとにはしてくれない。単独作品では楽しみづらい。わからない部分を知りたければ、前作を観よという不親切感。それもたくさんあるシリーズのどの作品から繋がっているのか、映画を観るまでわからない。MCUオタク度抜き打ちテスト。いちげんさんお断りみたいな世界になってしまっている。
『マーベルズ』は、女性3人のスーパーヒーローが主人公。それぞれの人種も異なる。ディズニーグループがここ10年ずっと描いてきた、多様性社会啓蒙エンタメもすっかりパターン化した。それにここのところのディズニー作品は、劇場公開から2ヶ月もすれば配信が始まってしまう。以前のDVD時代では、作品の劇場公開から半年くらいでソフト化だった。それに比べると配信開始のスパンはかなり短い。わざわざ映画館まで足を運ぶ理由もなくなってしまう。自分もこの『マーベルズ』は、最初から配信目当て。待ってから観るつもりだった。
いくらMCUに飽きたと言っても、『マーベルズ』は以前から期待していた。今回の『マーベルズ』は、過去の他の作品の登場人物たち3人がチームを組むというのが興味深い。直接の前作にあたる『キャプテン・マーベル』はさほど響かなかったけれど、キャプテン・マーベルを演じるブリー・ラーソンのカッコよさと、キャプテン・マーベルがアベンジャーズの中でいちばん強いというのも魅力。どうしてもその後の活躍が気になってしまう。ディズニープラスのドラマシリーズ『ミス・マーベル』は、発達障害の生きづらさを描きつつ、今のアメリカでの人種差別の姿や、インド近代史までも絡めるスケールの大きい意欲作。実験的なドラマ『ワンダ・ヴィジョン』で脇役だったモニカ・ランボーの昇格も興味深い。そしていちばんの期待は、韓国の俳優パク・ソジュンがこの作品に出演が決まったこと。
韓流ドラマで人気のパク・ソジュンが、ハリウッド映画のアベンジャーズ・シリーズの仲間になる。同じアジア人としてはすごく気になる。パク・ソジュンは、この映画撮影のために2年のスケジュールをとり、体づくりのトレーニングもしている。はたしてどんな役に抜擢されたのか。きっと悪役なんじゃないかと予想した。映画公開ギリギリまで、パク・ソジュンの作中でのビジュアルが公開されずにいた。ずいぶん引っ張る。蓋を開けてみると、パク・ソジュンは王子の役ということ。公開時のSNSでは、彼の出演シーンは4分しかなかったとまで言われている。
アジアの俳優のアベンジャーズ・シリーズの出演は、日本からも浅野忠信さんが『マイティ・ソー』の出演で以前果たしている。そのときの浅野忠信さんの出演場面も少なくて、ちょっとがっかりしてしまったことがある。パク・ソジュンも悪役だったらもっと出番も多かっただろうに。でもよく考えてみと、アジア人を悪役に抜擢してしまうと、アジアンヘイトを助長しかねない。人権尊重のディズニー・マーベルが、そんな表現をするはずもない。
パク・ソジュン演じるヤン王子の星では、会話は歌唱で交わされ、コミュニケーションはダンスで行われる。変な衣装を着せられて、歌って踊るパク・ソジュン。K-カルチャーを茶化してる。みんなでずっと歌って踊っていたら、それだけでストレス解消になって、争いごとなんてなくなりそう。
ミュージカルが苦手な人がその理由として、突然歌いだすのが理解できないと言う。自分も普段、歌を口ずさむことはないので、その意見は納得する。でも自分の家族はみな、しょっちゅう歌を歌っている。むしろ「なぜ普段歌わないのだ?」と、こちらが問われてしまうくらい。きっと歌わない自分の方がおかしいのだろう。人は物理的に声を発するだけでストレス発散ができてしまう。カラオケに行ったり、井戸端会議で無駄話をしたりするだけで、精神的な安定が保ててしまう。そうなると無駄話のようでいて無駄ではなくなる。井戸端会議は意味の薄い最重要会議。無意識下で行われる内容のない差し障りのない井戸端会議は、いつしか自身の命を救っている。こうなると自分も無理してでも、日頃から歌うことを心がけたほうが良さそうだ。まあ無理だけど。
そういえば今回の『マーベルズ』を観てもいいかと思わせるのは、上映時間が短いところ。MCUといえばほとんどの作品が2時間30分越えの長尺映画。長い映画は体力を消耗する。でも面白い映画なら、その長さも多幸感となる。だけどもうMCUは長尺という慣例はそろそろ振り払ってほしい。不必要に長い映画は、観る前からめんどくささを放っている。インド映画は3時間あるのは当たり前だから、国際標準のエンタメとしていくならば、どこの国でも喜ばれる上映時間も考えなければならない。日本映画館事情からしてみると、シネコン上映では短い上映時間で、サクサク客の回転が早い方が都合がいい。インドだときっと短い上映時間は物足りないと言われてしまいそう。でも無理くり水増しして時間を稼いでも、エンターテメントとして退屈になってしまう。
実際『マーベルズ』を観てみたら、今までのシリーズ作品とは明らかに編集が違う。展開が速すぎて、何が起こっているのかわからないくらい。カオスなテンポ感がある。アクション映画はそれくらいでいい。何が起こっているのかわからないのは、今までのMCU作品でも同じこと。それをダラダラ説明台詞で講釈されても飽きてしまう。もちろんSF好きの人は、ロジカルな説明がないと文句を言うのかもしれない。でも、一般大衆向けなら、めんどくさい部分はどんどん割愛して正解。自分としては今後のMCUも、これくらいの編集速度で観せてもらいたい。この編集感覚は英断だと思う。
映画は映画館で観るものとされていた時代。どんなにトロい編集をされても、すでに料金を払ってしまった観客は、我慢して物語が展開し始めるまで待つことができた。配信で映画を観ることが多くなった昨今、冒頭30分で面白くなければとっとと鑑賞をやめてしまう。チケットを買ってもらえればこっちのものだった今までの映画事情。惹きつけるものがなければ、今後は映画も観てもらえない。少なくとも自分は、冒頭30分までは我慢して映画を観るけど、会わなければそれ以上は観ることがなくなった。これからは映画のつくり方も変わってくるだろう。
ディズニー含むハリウッドでは、ここのところ、不祥事を起こした人物は、どんなに功績があろうとも業界から追放されている。そのおかげでアメリカ映画の業界自体もクリーンになってきた。才能があるからといって人格者なわけではない。ただ、ものすごい才能があって、その人が携わると作品が面白くなり、ヒット間違いなしになるということはある。あの人は天才だけどとんでもない人だからと、みんなが目先の儲けを優先して許して甘やかしてしまう。業界はどんどん薄汚れていって、その天才はどんどんつけ上がって暴君となっていく。黙認された裸の王様は、時代の価値観の変化によって一気に罰を受ける。悲しいかな、サイコパスな天才が一掃されたハリウッドは、つくる映画に輝きを失ってしまった。今後、新たな天才が発掘されたとき、みすみす暴君にさせてしまうのではなく、きちんとした社会性を身につけさせるのも、今後業界の義務にもなってくる。安易に突如追放なんてことにならないために。
劇場での客入りがイマイチだった『マーベルズ』。興行成績が芳しくなくとも、配信での視聴成績が気になってくる。時代の変遷とともに、映画自体のつくり方も変わり、業界自体も変わっていく。『マーベルズ』は、人気のMCUという媒体の売り方の変化期にちょうど存在している。配信サービスを通して、今後の映画づくりのあり方を示すような作品にもなりかねない。いつまでもブラック環境を改善できない映画業界。案外世の中の流れにいちばん疎いのは、クリエイティブ業界だったりもする。ただただ楽しいばかりのエンターテイメントと侮るなかれ。映画は時代を映す鏡。映画は社会の流れのリトマス試験紙なのかもしれない。
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