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『SHOGUN 将軍』 アイデンティティを超えていけ

公開日: : ドラマ, 映画:サ行, , 配信

それとなしにチラッと観てしまったドラマ『将軍』。思いのほか面白くて困っている。ディズニープラスが配信独占している作品。すっかりディズニープラスの解約ができなくなってしまった。歴史ものが好きな自分にとって、日本映画での歴史ものの映像表現の限界には、いつもがっかりさせられている。ハリウッド映画に匹敵するような大規模な戦国映画なんて観てみたい。そんな欲求をこの『将軍』が満たしてくれた。

ハリウッドが日本の歴史を描くとき、常に言葉の壁がつきまとう。トム・クルーズの『ラスト・サムライ』は、日本人が観ても違和感のない日本描写がされていた。むしろこんなにカッコよく日本を描いてくれて、ありがとうございますと言いたくなるくらい。国際標準で映画を売り込もうとすると、作中で交わされる言語は、どうしても英語が主体にせざるを得ない。でも当時の日本人の多くが、あれほど英語を話せたとは思えない。

この近年では韓国映画の『パラサイト』が、英語で制作されていないにも関わらず、アメリカのアカデミー賞を獲ってしまった。コロナ禍以降栄えてきた配信動画サービスの影響で、日本のアニメも海外で観られるようになってきた。日本のアニメの声優さんの演技はすごい。それに気づいた英語圏の観客は、英語に吹替されたローカライズ版よりも、日本語オリジナル言語を字幕付きで楽しむようになってきた。BTSのようなK-POPアーティストが、母国語ハングルで歌っていても、あたりまえに世界のチャートを賑わせてくる。エンターテイメントの世界では、すでに言葉の壁は越えられている。

『将軍』で交わされる言語のほとんどは日本語。世界の観客は、日本語の言葉の響きも楽しんでいる。我々日本人にとっても、戦国武将が話す当時の言葉は、母国語でも理解が難しい。それをいちいち解説することなく、物語の流れで感じ取れればいいようなつくりが新鮮。日本の作品は、説明過多で野暮なところもある。

ひと昔前の観客は、映像作品で学術的な要素も求めていた。でも現代では作品鑑賞は純粋に娯楽と、割り切っている観客がほとんど。もし教養的好奇心を作品から得たなら、個々でそこから深めていけばいい。勉強がエンターテイメントがきっかけとなるなら素晴らしい。でも、作品を観て面白かったで終わるだけでもそれもよし。ひとつの作品にも、多種多様の楽しみ方がある。

『将軍』のドラマは完全なるフィクションだと思っていた。役名こそ変えているが、真田広之さんが演じる戦国武将は、徳川家康がモデルになっている。歴史上の人物を改名しているのは、細かいところは史実と変更しているから。もし石田三成が失脚しないで、家康と対抗していたら。その石田三成と茶々が共闘して、家康と対立していたら。パラレルワールドの戦国時代が、映像に現れてくる。

自分も比較的よく観ているNHK大河ドラマも、この『将軍』の前では霞んでしまう。大河ドラマは、日本のテレビドラマにしては比較的潤沢な製作費がかけられている。それでもハリウッド作品のスペクタクルには、足元にも及ぶことはない。歴史マニアが視聴者に多いため、史実に忠実なのは大前提。学術的な歴史の新解釈も、大河ドラマで発表されたりもする。ただ近年の大河ドラマは、若い客層を引き込もうと焦り、演出がアニメ的になったり、完全に現代言葉で翻訳されたセリフになっていたりしている。アニメっぽい描写なら、本家のアニメに任せておけばいい。毎年さまざまな試みを冒険してみてもいいのに、なんとなくマンネリな方向性の作品が多くなる。それもこれもクレーマーな視聴者に怯えてのことなのか。

また、セットや衣装も、当時を再現するというよりは、NHKストックの使い回しで、それっぽく見えればいいような作り方をしている。番組の最後に流れる歴史紀行コーナーで、ドラマに登場した現存する歴史資料を見せられると、先ほどドラマで観たものとあまりに違うのでがっかりしてしまう。歴史ファンは果たしてそれで許しているのだろうか。日本の貧しさは、大河ドラマにも現れてきている。

『将軍』を観ていて、これがリメイクだと気付いた。自分がまだ小学生のときに、前回の映像化があった。そのときの家康をモデルにした主人公の虎長は、三船敏郎さんが演じていた。今回はその役を真田広之さんが演じている。

自分にとって真田広之さんといえば、角川映画でアクション俳優としての姿が馴染み深い。忍者の役や、若武者の役のイメージが強い。ゴリゴリの体育会系の人なのに、優しそうな甘いマスクがカッコ良かった。自分は絶対になれない大人のお兄さん像だけど、子どもの頃は真田広之さんのファンだった。

のちにテレビドラマ『高校教師』で、情けない教師役を演じていた。爽やかな彼が、なよなよした男を演じている。ドラマ『高校教師』で真田広之さんが演じた主人公の性格は、その暗さから自分には感情移入しやすかった。それでも、今までの真田広之のイメージと違い過ぎて、違和感もあった。破滅的な男を、真田広之さんは説得力ある存在として演技をしてくれていた。アクション俳優だけあって、殴られる演技がめちゃくちゃ上手かったのを覚えている。役者ってすごい。

幼い時に観た三船敏郎版の『将軍』は、とても怖かった記憶がある。難しい話は理解できなかったけれど、人が残酷に殺されていく、怖い描写はいつまでも覚えている。そんな恐怖場面で、このドラマがリメイクだと思い出した。

戦国時代は人の命の尊厳など存在しない。このドラマは、徹底してグロい描写を選んでいる。たいていの切腹の場面では、腹に小刀を当てて終わってしまうもの。このハリウッド版の戦国ものでは、内蔵も飛び出すし、五体飛散したりして人が死んでいく。人が死ぬ場面が本当に恐ろしい。インパクトのあるそれが映ると映らないとでは、場面の印象がまったく変わってくる。ここで描かれている世界は狂気の世界だと、観客はすぐに感じ取れる。登場人物たちはみな人殺しのモンスター。自分がもしこの世界にいたなら、秒で殺されてしまいそう。

原作者のジェームズ・クラヴェルはイギリス人。イギリス人の目線で描かれているため、この戦国時代ものは世界史との接点にも触れている。日本史での戦国時代は、世界史での大航海時代と同じころ。プロテスタントとカトリックが競って世界を侵略しようとしていた時代。学校で教わる日本史と世界史は別のジャンル。このドラマで、見事に日本史も世界史の一部と感じさせられた。日本は世界の中でもずっとガラパゴスの文化を辿る原始的な国という印象があったので、かなり新鮮。

ただ国外から見た日本は、やはり独自の道を辿った野蛮な国。独特の美意識やしきたりは、異文化からみたら違和感でいっぱい。それが怖さでもあり、魅力でもある。そんな外からの視点で、日本を捉えてくれているのが興味深い。

現代の日本は、すっかり経済的に落ち込んでしまった。この状態から自力で立て直すのはきっと難しい。かつて日本の企業と思っていた会社も、いつの間にか海外に買収されて外資系になっていたりする。そのうち日本には国内企業はなくなって、日本という場所が多国籍企業のプラットフォームになっていくのだと思えている。外資系になることで、世界標準で給料も支払われていく。そうなれば今まで薄給で雇われていた人も減っていくだろう。国としては衰退だけれど、個々としては幸せになっていくのではないだろうか。なかなかの皮肉。

小松左京さんの小説『日本沈没』は、物理的に日本の陸地が沈んでしまうパニック作品。度重なる映像化も、パニック描写に重点が置かれていた。ただ小松左京さんの構想としては、物理的に国土を無くした国民が、生き残ったあとに自身のアイデンティティとどう向き合っていくかにも焦点が置かれていたはず。島国でガラパゴスな独自の文化を持つ日本。土地を無くし、流転の民となったとき、その心の拠り所はどこにあるのか。

今回海外で制作されたドラマ『将軍』を観ると、今作られている日本産の映像作品よりも、ちゃんと日本の心を描いているように伺える。それも異文化の人たちにも通じる世界標準のエンターテイメントとして。もしかしたら日本国内にいる方が、日本人が日本のアイデンティティを活かせていないのかもしれない。

今後もしこのドラマが、海外で何らかの賞を獲得したら、日本のメディアはどうなっていくのだろう。いち観客としては、面白い作品が観れるのなら、どこの国でつくられていようが構わない。このドラマをきっかけに、日本人に何らかの影響があれば面白い。とにかく日本ももっと生きやすくて、楽しい世の中になっていければいいのにと思っている。

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