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『進撃の巨人 完結編』 10年引きずる無限ループの悪夢

公開日: : アニメ, 映画:サ行, 映画館, , 配信

自分が『進撃の巨人』のアニメを観始めたのは、2023年になってから。マンガ連載開始15年、アニメ開始10年と言われている本作。人気のコンテンツなので、作品の存在はもちろんずっと知っていた。それでもなかなか触手が伸びないでいた。自分は基本的には映画が好き。映画の魅力は、2時間前後で話が完結してくれるところ。サクッと観てサクッと終わる。制作者もその2時間の上映作品の制作に入魂している。短い時間だからこそ、丁寧につくられている映画が好き。量より質の可能性を選びたい。ただ、『進撃の巨人』もやっと終わりが見えてきたというので、それでは観てみてみようとなってきた。

マンガやアニメはとにかく長い。いつ終わるかわからないものに取り組むことは、どんなものであってもつらいこと。沼にハマったとしても無限地獄が待っている。『進撃の巨人』も、ずっと先延ばしにしていたので、ずいぶん見ごたえがある分量になってしまった。やっぱり腰が重い。

自分はふとしたことから、アニメ『チェンソーマン』にハマってしまった。こちらは1クール分しかなかったので、すぐ観る気になれた。その『チェンソーマン』の制作スタジオがMAPPA。『進撃の巨人』のfinal seasonも制作しているところ。アニメの『チェンソーマン』があまりに気に入ってしまった自分は、『呪術廻戦』から『進撃の巨人』と、似たようなMAPPA作品を遡っていった。そういえばMAPPAは、自分の大好きな映画『この世界の片隅に』もつくっていた。

自分はホラーが苦手なので、『進撃の巨人』のような怖い作品を観るのにはかなり勇気がいる。観始めても、あまりの怖さに緊張しっぱなしだった。なんで自ら好んで、こんな怖い世界に首を突っ込んでしまったのだろう。ただ、社会風刺や歴史が好きな自分は、この作品の主題がホラーだけでないことがすぐわかって、その展開にワクワクしてきてしまった。

『進撃の巨人』のfinal seasonは視点が変わって、今までの主人公たちが登場しなくなる。まるで別の物語のよう。どうやら敵対する国の視点で描かれているようだ。もう気を失うくらいプロットがカッコいい。よくもまあマンガ雑誌の編集者も、この展開を許したものだ。話の途中で登場人物総入れ替え。困惑した読者たちの不満も想定できる。それでもこの構想で進んでいく勇気。哲学的な題材も孕む『進撃の巨人』は、マンガやアニメのジャンルを越えて、文学作品の範疇にまでたどり着いている。

自分は『チェンソーマン』から『進撃の巨人』へ入っていった。いつしか自分より家族の方が『進撃の巨人』を気に入ってしまっていた。『呪術廻戦』も家族の方が詳しい。一家で『チェンソーマン』が好きなのは自分だけ。もちろん『進撃の巨人』は、めちゃくちゃ好みだけれど、とにかく長い。そして内容が複雑。ちょっと『機動戦士ガンダム』のような複雑さがある。でも『ガンダム』の場合は、続編の構想があったわけでもないのに、後から人気がでたからと、次々に新作をつくってきた。後付け設定や、継ぎはぎ感は否めない。時代もあるが、後からの辻褄合わせはちと苦しい。『ドラゴンボール』は、辻褄合わせの言い訳が上手い。それに比べて『進撃の巨人』は、構想がしっかりし過ぎなくらいしっかりしている。いったい作者の諫山創さんは、連載当初どこまで構想を膨らませていたのだろう。あの時のアレと今のコレ、ここで繋がっている。そういえばあのときからそうだったという統一感。いろいろ繋がってくる驚きの展開ばかり。『ガンダム』や『スターウォーズ』など無理矢理の屁理屈設定なんてまるでない。終始理路整然と描いてやって退けている。そのしたたさがいい。

『進撃の巨人』もアニメ版も完結して、観客としてのひとくくりもついた。そこでアニメの最終シーズンだけを再編集した劇場版が公開されることとなった。すでに配信でも観れる作品を、一本の映画にまとめるというもの。最終章だけの映画版なので、まったくのいちげんさんはお断り。それこそ『アベンジャーズ』の『エンドゲーム』からいきなり観ても、「あれ誰? これ何?」の嵐となってしまうのと同じ。この映画『進撃の巨人 完結編』は、ファンが集まるイベントムービーであることは間違いない。

普段の自分だったら、こういったイベントムービーはあまり観ることはないだろう。ただ、家族の方が『進撃』ファンなので、無条件で観に行くこととなった。公開前の映画館の予約状況を見ると、ほぼ満席状態。正直ナメていた。『進撃』の人気は半端じゃない。最近の映画館は、なんとなく閑古鳥が鳴いている。『進撃の巨人 完結編』は、3週間限定公開と、興行側もファンイベントムービー然としていた。でもこの調子だと公開期間延長するだろうと思っていた。そしてやはりそうなった。今どき映画でここまで客が集まる作品は珍しい。

これは席を予約しておかないと、観れなくなるかもしれない。自分は混んでいる映画館は苦手なので、人の少なそうな前の方の席を選ぶ。普段自分はあまり席の事前予約はしない。開演ギリギリの席の混み具合の状況を見てから、空いている場所を確保するようにしている。わちゃわちゃしている空間で、映画に集中できないのはストレスだ。ただ今回は家族連れということもあって、席の事前予約をしてしまった。人が来ないだろうと読んだ前方席。当日その席の隣には、小学生たちが鎮座していた。

自分はアニメやホラーの映画を観に行ったとき、必ずと言っていいほど嫌な思いをしてしまう。その種の映画を観る観客は、普段映画館で映画を観る習慣があまりない人もいるのだろう。上映中に喋ると、どれくらい周りに聞こえているとか想定できていない。家でテレビを観ている感覚だと、劇場内で浮いてしまう。そんなマナーの悪い観客の近くでストレスを感じるくらいなら、スッと席を変えた方がいい。これだけでかなりのノイズが回避される。たとえその場所が映画鑑賞においてベストポジションだとしても、人が多くなってしまえばバッドポジションになる。映画が混んでいて、観客みんなで共有する楽しさも映画鑑賞の醍醐味ではある。でもマナーの悪い観客が1人でもいて、それにイライラするくらいなら、映画館に来たことを後悔してしまう。ストレス解消で映画を観に来たのに、それでメンタルをやられる原因にもなりかねない。今回は素直にすぐ席を変えてしまって本当に良かった。

もうすでに家のデバイスで観ている『進撃の巨人』。あらためて映画館で観てみてどうかと言うと、実はとても良かった。今回劇場版に向けて、映像をブラシュアップしたり、映像を5.1chにリミックスし直したりしていると聞く。自分が感じたのは音響の大幅な違い。これだけでも映画館に来た甲斐がある。テレビ放送や配信版では、ぶつ切りで観ていた内容が、大団円まで一気に観れるというのも楽しい。一本の映画としてとても観やすくまとまっている。

とにかく音のリミックスは、かなり手を込んでやっているようだ。セリフが以前までのバージョンより聴きとりやすくなっている。『進撃』の魅力は劇伴にもある。サントラに歌曲を使ったりして、バトルシーンを盛り上げている。ただ、劇伴に歌が入ってしまうと、セリフと声がぶつかってしまうことがある。『進撃』は海外でも人気がある。最近の海外のアニメファンは、母国語に吹き替えされたバージョンではなく、日本語のオリジナル版で楽しむ傾向がある。それは日本の声優さんの演技がすごいということを知っているから。言葉はダイレクトにはわからなくとも、細かい感情の機微を演じる日本の声優さんの芝居は伝わる。メディアの世界では、もう言語の壁なんてとっくに超えている。

『進撃』のサントラは英語で歌われている曲が多い。英語圏の観客は、劇伴の歌の歌詞の方がセリフより聴こえてしまうのではないだろうか。以前放送された『進撃の巨人』では、大事な場面でセリフの声とサントラの歌がぶつかっていた。母国語が日本語の自分たちは、セリフの母国語を脳が選んで聴いている。でもこのオンエアを観ていた英語圏の人たちは、セリフよりも歌の方が気になってしまうだろう。まあ字幕があるから大丈夫なのかもしれないが。今回の劇場版では、その問題を自然に修正していた。つくり手もやっぱり気づいていたのね。

自分はもう何度もこの『進撃の巨人』の最終回らへんは観ている。だからすでに抗体ができていて、情緒が乱れることはあまりなかった。冷静に観れる分、演出とか技術的にこの映画を楽しむことができた。最後にゴリ押しで、終わりの儀式をした感じ。

しかしどうして自分たちは、こんなに気持ちの悪い世界観の作品に夢中になっているのだろう。『進撃の巨人』は、フィクションではあるけれど、近代史や伝説の不気味なものをアイデアの源にしている。歴史が好きな人にはたまらない。この作品が面白いのは、そういった混沌とした世界の大河の流れだけでなく、その中の小さな個人も描いているところだろう。作品は登場人物たちの端役の人物まで細かく心理描写をしている。ただそこにいるだけのモブのような登場人物はいない。それぞれの人物には動機があり、その人物は最初から最後まで、その人物のアイデンティティで言動している。人物造形の深さも『進撃の巨人』の面白さとして最大の魅力。

とかくむかしのアニメやマンガは、人物描写が浅く、突拍子もない言動ばかりが目立ってしまっていた。まだそこまで観客の視点も育っていないし、つくり手の余裕もなかった。近年は、人物描写をしっかり表現することの面白みを、観客も求め始めている。将棋の駒みたいな人物描写が多かった過去のアニメ作品たち。それを裏腹に、『進撃の巨人』あたりから、他人に関心を示す作風のアニメやマンガが増えてきた。もう設定や派手なストーリーだけでは物足りない。事件が解決したあと、生き残った登場人物たちのその後の人生はどうなったのだろうか?  観客の我々は、架空の人物たちとは知りながらも、その人たちの行く末に心を運ばせる。そこまで描いてくれたからこそ、『進撃の巨人』は観客みんなが納得の完結を迎えられた。

『進撃の巨人』は、内容も演出もかなり理想的に上手くいっている。映画版『完結編』の前半は、ものすごく静かな展開なのもいい。エピローグが長く、あの人どうなったという登場人物がいないのもいい。そして中盤の精鋭部隊となってしまった主要登場人物たちが突入する場面での音楽の入れ方のカッコよさ。暗い戦争がテーマの作品なのに、きゃあきゃあ言ってしまった。エンターテイメントとしてのサービスがすごい。

ちなみ自分は、MBTI性格診断では、アルミンやジークと性格が似ているらしい。だからかもしれないけど、かなり彼らに感情移入してしまった。この似ている2人が対峙するというのも、作者は確信犯なのだろう。

人は「金」「力」「色」に惹かされる。目標を持って生きていくことは、良いことだとほとんどの人が思っている。そうした価値観で社会はどんどん大きくなっていった。「金」「力」「色」を求めるのは、人間の本能のようなもの。資本主義が上り坂のときであれば、その理屈も通じるだろう。「金」と「力」と「色」を手に入れるためなら、多少は他人を蹴落としてもいい風潮もあった。ただ今は世界的な不況の時代。景気が良いときなら、努力次第でひとり勝ちすることもできたが、もうそんなニッチな抜け道もほとんどありえない。「金」「力」「色」という人参をぶら下げてみても、その人参すら幻想となってしまっている。「上を目指せ」と精神論を言って、下層の人々を鼓舞するのは、一部の有力者でしかない。「産めよ増やせよ」や「働からざる者、食うべからず」の考えも、今では時代錯誤の思想。もしかしたら今どきまだそんなことを言っている人がいたら、ちょっと危ないかもしれない。

はたして人の幸せは、「金」「力」「色」だけなのか。これらは具体的に数字に出やすいので、統計も取りやすい。人が生きている理由が、生産性だけなのだとしたら、知性というものはいったいどこにあるのだろう。

アルミンとジークの対話の場面は、現代の哲学。秋の日にかけっこしたり、目的もなくキャッチボールしたり、本を読んだり、ふと風を感じたりすることで、生きている幸せを感じたりする。それは生産性とはまったく関係のないこと。数字にも出てこない、エビデンスの取れない事象。きっとその何気ない幸せを大事にできる人が増えたなら、世の中から争いは減っていくことだろう。「金」「力」「色」を求めていては、諍いは絶えることはない。むしろ今の時代では、個人の欲に向かっていく方が不幸になっていきそうだ。自分に厳しくなれば、他者にはもっと厳しくなってしまう。やっと世の中に個々を尊重する目が芽生えてきた。人権あっての幸せ。優しい気持ちというものは、心の余裕があってからこそ生まれてくる。

『進撃の巨人』は、これから10年先も引きずっていきそうな作品だ。この先も新しい観客をつくっていくだろう。そして未来の『進撃の巨人』の観客は、この作品の中から見受けられる2020年代の価値観を追体験できる。あの時代はこんなふうにだったのではないかと感じることができる。そうなるとひとつの作品は、世の風潮の記録になっていく。作品がその時代を記録する媒体となる。もしかしたら『進撃の巨人』というコンテンツは、未来にメッセージを伝える大きな役割を担っているのかもしれない。

 

 

 

 

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