『侍タイムスリッパー』 日本映画の未来はいずこへ
昨年2024年の夏、自分のSNSは映画『侍タイムスリッパー』の話題で沸いていた。映画ファンが多い自分のタイムライン。ここで評判にあがる作品は、たいていはずれたことがない。『侍タイムスリッパー』は、なんでも単館上映されたインディーズ映画で、あまりに評判が良かったので拡大ロードショーになっていったという。それこそ2017年公開の『カメラを止めるな!』を彷彿とさせる。あちらもこちらも映画業界を描いた映画。
『侍タイムスリッパー』の最初の公開となった映画館が『池袋シネマ・ロサ』と聞いて、とても懐かしくなった。自分が学生の頃の1990年代に、この映画館にはあしげく通っていた。当時は名画座で、『シネマ・セレサ』と同じビルにふたつの映画館が入っていた。コロナ禍にも負けずに『シネマ・ロサ』がいまだ現存していたのに驚いた。調べてみると、自分がこの映画館に通っていたときにもすでに『シネマ・ロサ』は、老舗映画館だった。『シネマ・ロサ』の歴史は古い。
映画学生だった頃は、よく同じ学校の生徒とばったりこの映画館で会ってしまっていた。学校が終わってその足で映画館へ行ったり、午後授業のときには午前中に1本映画を観てから学校へ通ったりしていた。そんな同じようなサイクルで動いている人は、極々限られてくる。平日の昼間に映画を観れる客層は今も昔も少ない。ましてや名画座でかかるような個性的な映画を観にくる奇特な観客なんて、本当に少ない。映画興行を回している人口は、固定客の映画ファンによる少数派が、あちこちに出向いているだけなのかもしれない。
『侍タイムスリッパー』は、斜陽となった時代劇映画の制作現場に、本物の侍がタイムスリップして舞い込んでしまうコメディ。プロットとしてはとくに目新しいものはない。むしろ手垢がつきすぎてしまっているタイムリープもの。最近の流行りで、今もどんどんタイムリープものの新作が発表されている。またかよと思いつつも、新たな名作と出会ってしまう。タイムリープものの切り口は、まだまだいくらでもありそうだ。
『侍タイムスリッパー』の最大の魅力は、役を演じる役者さんたちの存在感にある。よくもまあこんな逸材の役者さんたちが、日の目を見ないで今までいたものだと、怖くなってしまう。時代劇には欠かせない殺陣師やアクション俳優たちの立ち姿は、一朝一夕の付け焼き刃でできるものではない。それこそ本物の姿。そこにいるだけで、只者ではない存在感をみな放っている。コメディは役者の演技力が問われる。ウディ・アレンも山田洋次監督も言っているが、「観客を泣かせるのは簡単だが、笑わせるのはひじょうに難しい」とのこと。この映画に出演している役者さんたちは、みなコメディセンスがめちゃくちゃ高い。演技が上手くて、アクションもできる鍛え抜かれた身体の持ち主。日本映画には、どれだけ埋もれた才能が、影を潜めているのだろう。
いま世の中を華やかに駆け回っている人気の俳優さんたち。その人たちもちろん魅力はあるのだが、どこへ行っても同じ役者さんばりが活躍している。同じ役者が同じような作品に出て、同じような芝居をする。もう日本には限られた役者しか存在しないのだと思い込んでしまっていた。
役者にしてもクリエイターにしても、才能の有り無しよりも、どのルートに乗っかるかが重要とされる。大きな製作費のかけられるような企業のもとにつけば、自然と派手な宣伝ができる作品に縁がつく。スタートラインですでに有名になれるか、マイナーな道を進むかの分かれ道が決まってしまう。能力よりも運、表現力よりも政治力が高い人だけがチャンスを掴めるような業界はつまらない。そんな偽物ばかりの創造物は、すぐに廃れてしまう。見せかけのエンターテイメントに、日本人も辟易していたところに、満を持しての『侍タイムスリッパー』の登場か。
この映画の安田淳一監督も、本業は農業をやっていて、その傍らで映画づくりをしているという。クリエイター業だけで食べていける人はごく僅か。むしろそんな副業のようにコツコツと自主映画をつくるような人だからこそ、変な出世欲はないのかもしれない。きっと監督だけでなく、この映画に出演している俳優さんたちもみな、バイトとかしながら役者業をしているのかもしれない。彼ら彼女らが映画をつくるモチベーションは、真に映画が好きだからに他ならない。映画全編から溢れんばかりの映画愛を感じてしまう。それでもエンドロールで関わっているスタッフの多さに驚く。よく見ると同じ名前が何度も出てくる。ひとつの映画の中で、兼業している人の多さよ。手づくり感がありすぎてニヤニヤしてしまう。
時代劇や日本映画に対する愛でいっぱいと噂されていた『侍タイムスリッパー』。さぞやマニアックなオマージュだらけの映画なのかと構えていたら、めちゃくちゃわかりやすい映画だった。ウェルメイド過ぎて驚くくらい。安田淳一監督が、「家族で楽しんでもらえる映画がつくりたかった」と言っている通りの作品。老若男女どんな人が観ても理解できる映画は、最近ではすっかり少なくなった。それに昨今大ヒットする映画は、単純明快のわかりやすいストーリーのものが圧倒的に多い。結局みんな、シンプルなものに心動かされるのだろう。この映画が海外で受け入れられているのも納得。みんな侍は好きでしょ?
しかしこの映画、出演者の平均年齢が高すぎる。きっと平均年齢60歳くらいか。みんな初老か老人。だから役者の実年齢より、20歳くらい差し引いてみないといけない。いくら若々しい役者さんでも、設定と実年齢の乖離は否めない。もうそこはファンタジー。これだけ能力の高い役者さんは、あまり若過ぎても演じきれない。映画というフィクションの世界で、観客も想像力を巡らせてイメージを補完していくのもおもしろい。そして高年齢化のこの映画を観ていると、年齢を理由に逃げてはいけないと痛感させられる。自分の心身が健康ならば、年齢など軽々凌駕できる。そんな希望もこの映画は与えてくれる。
『侍タイムスリッパー』の中では、それこそ黒澤明監督へのオマージュもあれば、テレビの時代劇のようなコテコテの勧善懲悪の作品も元ネタにしている。そもそも時代劇の演技の形は、歌舞伎からきている。決め口上で、カメラがドンとズームイン。笑ってしまうけど、それが気持ちいい。「いよっ、待ってました!」となる。リスペクトが映画全編を動かしている。京都の太秦スタジオが全面協力しているのも頷ける。作品の原動力は熱意と敬意。
この映画を『日本アカデミー賞』受賞で知った人も多い。自分はこの映画祭はあまり得意ではないので、他人事としてスルーしてしまっていた。家族がこの授賞式を観ていた。いつもの常連監督や俳優たちのなか、知らないおじさんたちが受賞して、抱き合ってい泣いている姿に興味を惹いたとのこと。それが安田淳一監督と主演の山口馬木也さんだった。
明らかにアウェイの映画人たちが作品賞を受賞する。『侍タイムスリッパー』の関係者からすると、顔見知りはほとんどいない。ただ、役所広司さんが温かい拍手を贈っていたとのこと。役所広司さんなら、『侍タイムスリッパー』の関係者をよく知っているのかもしれない。才能があるのに日の目を見ない、真に映画を愛している映画人。続けていればいつか報われるなんて気軽に言えない。この映画の人たちは、30年前にとっくに評価されたっていいくらい。それくらい映画業界は、流れが滞っているのだろう。
主演の山口馬木也さんは、業界人にだけは有名で、裏方みたいな人かと思っていた。実はNHKの大河ドラマにも常連で、2年おきに出演している。大河ドラマは連続して毎年出演してはいけないので、2年おきの出演となると皆勤にあたる。大河ドラマは自分も結構観ているので、当然山口馬木也さんは観ているはず。彼が画面にいるだけで、時代ものの作品が締まるのは想像がつく。シリアスな芝居ではとことん狂気の表情をつくり、コメディ作品では困った顔で笑わせる。頼もしい役者さん。
この映画で語られているように、時代劇は廃れていくのだろうか。きっといままでのスタイルのままだったら、オワコンになっていくだろう。ただ、ハリウッドでつくった真田広之さんの『将軍』が、世界的に大ヒットして、各作品賞を総ナメしている現状をみると、時代劇そのものが人気がないわけではない。むしろ新しい切り口での時代劇ならみんな観てみたい。
大河ドラマは、歴史ファンも多いから、うるさい観客も多い。歴史の新しい説をすぐに大河ドラマは反映させる。新説でまだ一般に知れ渡っていない解釈をドラマで発表しただけで、クレーム炎上してしまうこともある。そんな凶暴な客層がいると、なかなか新しいことはできない。ましてやクリエイティブにいちばん大事な、遊び心さえも否定されてしまう。
『将軍』は、徳川家康をモデルにしたフィクション。あのときあの武将が生きていて、別の勢力と共闘したらどうなるかのIFの世界。史実には忠実ではないけれど、世界観やそこで描かれる精神は戦国時代に敬意がおかれている。それがハリウッドの巨大な製作費でつくられる。むしろこんな時代劇が観たかったと、観客を喜ばせてくれる。
『侍タイムスリッパー』は、逆に低予算でも、この映画が海外も求めている時代劇のひとつであるのは確かなこと。日本人以上にこの作品を楽しんでくれるのではないだろうか。
これは映画に限らず日本の産業のあらゆるものにも当てはめられる。失われた30年ですっかり弱ってしまった日本だけれど、この30年間はその衰退そのものにも目を逸らし続けていた。今はやっとその衰退を認めることができている。病は自身がそれを受け入れなければ、治療へは進められない。過去のままではいられない。古くから受け継いでいるものは大事にしつつ、新しいものを受け入れる寛容さ。そのイノベーション次第で希望も見えてくる。さて、こらから時代劇や日本映画、はたまた日本の立ち位置はどうなっていくのだろう。
主人公の侍が属していた会津藩の滅亡から160年弱。時代劇の舞台の時代から、まだそれくらいしか経っていない。大昔ではないという衝撃。日本の近代化はここ100年で急激に進んだのだと思うと、かなり不思議。『侍タイムスリッパー』を観ていると、日本の未来にも楽観的なものを感じてしまう。でもそれはお花畑すぎるのだろうか。世界は侍文化を待っている、と思うのだが。
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