1月17日が教授こと坂本龍一さんの誕生日。
1月18日はビートたけしこと北野武さんの誕生日。
ということで『戦場のメリークリスマス』。

公開当時、自分はまだ小学生で、
「戦争映画なんて怖い」と
予告編ですら怖がっていた。

周りの小学生だった友達たちは、
こぞってタケちゃんマンが英語の
シリアスな映画に出てると大騒ぎだったが、
自分としてはYMOの坂本龍一さんと
デビッド・ボウイさんの共演の方が
エラいことなんだと感じていた。

サントラは子どもながらカッケーと思っていた。
全編シンセ音楽の戦争映画なんて、
自分の概念にはまったくなかった。

映画を観たのは中学生になってからだと思う。
淀川長治さんの映画番組でのテレビ放送。
なぜかトム・コンティさんの日本語まで
吹き返されていた。

映画を観て同性愛の映画だと知り、
チューボーの頭では理解の範疇を
既に容量オーバーしていた。

ただ不思議なもので、
最近この映画を観直したとき、
当時ローティーンの自分が観た時との
映画の印象がまったく同じだったということ。

ようするに子どもだろうが、
物事の根幹はきちんと掴めているのだなと
実感しました。

よく「お前は子どもなんだから黙ってろ!」と
親に言われて自分は育ってきました。
親の我を通そうとしてた訳ですね。

自分が親になって子ども達をみていると、
表現こそ拙いけれど、
ちゃんと本質は掴んでいるようにみえます。

子どもだからというだけで、
口を封じてはいけないということですね。
子どもから教わることもたくさんあるのです。

本作の大島渚監督は、
素人の役者を好んで起用する。
素人の役者が生み出す、
読めない演技が醸し出す化学反応を
演出意図としていたのでしょう。

坂本龍一さんの談では、
大島監督から出演のオファーが来たとき、
「音楽もやらせてくれたら出演する」と
交換条件のようなことを言ってしまって、
今となっては恥ずかしい限りだと言ってました。

そういった劇伴を手がけたことのない
作曲家も快く採用してしまう大島監督の
器量の大きさを感じずにはいられません。
『朝まで生テレビ』などで怒ってばかりの
人ではなかったのですね。

後の「世界のサカモト」、「世界のキタノ」の
将来を位置づけしたような作品でしょう。

大島監督の先見の明というよりか、
坂本さん武さんの可能性を
映画というジャンルでの
グローバルな視野を開眼させた
作品かも知れません。

メジャー配給しているけれど、
内容はアート映画。
とにかくヘンテコな戦争映画です。
それがカッコいい!!