『ワンダー 君は太陽』親になってわかること

自分はお涙頂戴の映画は苦手だ。この『ワンダー』は、予告編からして涙を誘いそうな予感がする。原作は有名なベストセラー。この映画に興味を示したのは、自分よりも家族たちだった。
主人公は10歳の少年オギー。彼は難病のため顔が変形してしまっている。そのため普通の通学はせず、母親から個人授業で家庭学習をしていた。5年生への進学を機に、一般の学校に普通に通学することを決心した。
オギーの変形した顔を見て、周りの生徒たちはさまざまななリアクションをする。偽善的に声をかけてくる者もいれば、あからさまにイジメてくる者もいる。
なんでも作者のR.J.パラシオが、障害を持つ人にどう接していいかわからず、自分の子どもにも、わかりやすく考えるきっかけにならないかと、執筆し始めたとか。パラシオさん、本職は自分と同じグラフィックデザイナー。原作本の表紙デザインが、とてもかわいい。
だからこの作品は実話ではなく、完全なるフィクション。登場人物たちが、あまりにも皆善人なのは、いささか甘口。でもこの作品は、オギーと同世代の子どもたちにも観てもらいたいから、絶望的な描き方はしてはいけない。必ず希望に向かっていく。たとえ理想論であれど、そんな大志を掲げる精神は大切だ。
残念だけど、世の中から差別やイジメはなくなりそうはない。だからこそ私たちは、いざというとき立ち向かえる術も身につけなければならない。社会が個人を守れるには限界がある。この作品に登場する学校の先生たちは、みんなちゃんと子どもたちをみてくれている。たとえ自分の子が、学校で友達と困ったことになったとしても、先生がより良い判断をしてくれているなら安心だ。
そうした公正な判断ができる先生は、イジメっ子の立場も知ろうと、一方的に怒ることはない。イジメられた子の親からすると、歯がゆい思いをするのだが、イジメに走ってしまう心理には、なにがしかの原因は必ずある。そこに目を向けていかなければ、その子の心の歪みを治癒していくことができない。イジメは悪いことだが、その子の尊厳は守らなければいけない。きっとイジメっ子になる子は、どこかでその尊厳をないがしろにされている可能性が高い。物事の根底をみつめていく大切さ。
先生たちが子どもたちをしっかり見守ってくれるのは、先生たちにも良い環境が必要だ。余裕がなければ、仕事が大変過ぎて、ただルールでがんじがらめの管理ばかりになってしまう。先生たちが毎日遅くまで残業してたり、休日もろくにとれずにいたなら、ちゃんと子どもたちと向き合うことができなくなる。いい先生は、ゆとりある環境がつくる。やっぱり社会が変わらないと。
この作品がクレバーなのは、語り口の視点がオギーだけに絞っていないところ。オギーを中心に、その家族や友達、友達の友達と、クルクルと視点を変えて、冷静で多角的な描き方をしている。目に見えてわかりやすい辛さを持つオギーに対して、目に見えにくい各々の切ない気持ちにも、作者の視点は優しく寄り添っていく。オギーをイジメる主犯のジュリアンにすら、暖かい目線で描かれている。ただ、それでも登場人物たちとのドライな距離感があるのがいい。
この映画からは原作に対する敬意を感じる。なんでも監督のスティーヴン・チョボスキーは、自分が父親になったころにこの本と出会ったとか。この作品に惚れ込んで、映画化するために、まず原作者のR.J.パラシオにいちばん納得してもらえなければいけないと、彼女と共同作業で映画化したらしい。
ジュリア・ロバーツ演じる才女のオギーの母親と、オーエン・ウィルソン演じる子どもっぽい父親。原作者と監督とまったくダブる。そしてこの作品全編に漂っているちょっと過保護になっちゃう視点すら、まるで我が子を見守るよう。
オギーのいちばん最初の友だちジャック・ウィルも言ってる。初めてオギーの顔を見たときは驚いたが、そんなのはすぐ慣れた。それよりオギーが楽しい人なので、大好きになっていった。ジャック・ウィルは、人の外見だけで判断しないで、ちゃんと内面をみている。大人だって難しいこと。
オギーが魅力的なのは、素晴らしい家族と生活しているから。人生にどんな壁が立ちはだかろうとも、知性があれば乗り越える道は必ず見つかる。
だから娘が家に連れてきたボーイフレンドが黒人だとか、そんなつまらない発想には絶対にならない。「いい青年だよ」とか「娘が選んだ相手だから間違いない」と、その人の内面を見ようとする。
とかく親心としては、自分の子どもには「いい子」でいて欲しい。優しい人であっても、優しいだけだとナメられる。残念ながら世の中には「悪い子」もいる。自分に危害を加える者もいる。「優しい子」であっても、戦わなければならないときもある。どんな荒波が来ようとも、おのれの心を荒ませずにいられる防波堤は「知性」の中にある。「悪い子」が悪くなるには、それなりの事情があるのだが、それを洞察していくのはまた次の話。
とかく『ワンダー』の中でのイジメっ子・ジュリアンを糾弾してしまいがち。「ジュリアンみたいになるな!」という風潮に、パラシオの意図はない。のちにジュリアン目線で描いた続編『もうひとつのワンダー』を書いている。それも決してジュリアンを擁護するようなウェットな視点ではないらしい。イジメや差別を無くすには、加害者を一方的に責めてはいけない。その原因に向き合うこと。
物事には、みなそれなりにハッキリとした原因がある。掘り下げれば大したことではないのに、億劫がってフタをしてしまうから、厄介なことになって現れてくる。
『ワンダー』も、最初のうちは、またもや障害者ポルノかと警戒してしまうのだが、いつしか自分や自分の子どもたちの話なのだと思い始める。目立つ個性を持つ者は、真っ先に叩かれやすい。それでも腐らず、明るくみていこう。それだけで世界は変わる。
鑑賞後、なんだか優しい気持ちになる映画だった。
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