『RAW 少女のめざめ』それは有害か無害か? 抑圧の行方
映画鑑賞中に失神者がでたと、煽るキャッチコピーのホラー映画『RAW』。なんだか怖いけど興味をそそるのは、宣伝としては大成功。映画祭では地味にいろいろ賞を獲っている。ユニバーサル映画が配給なので、アメリカ映画だとばかり思っていた。知らない役者ばかりなので、独立系の作品なんだろうと。そしたらフランス映画じゃないか。フランスのホラー映画なんて久しぶり。あの独特の、怖さの中にある芸術的な雰囲気は好みだ。
ホラーとポルノは近いジャンル。どちらも刺激的な表現が売りで、内容なんてあってないようなもの。最近のホラー映画は、脅かすことばかりが先行していて、中身が空っぽのものが多い。観ているときはきゃあきゃあ言うのだが、すぐ忘れてしまう。
結末をあえてあやふやにして余韻を残す。恐怖を演出するのはひとつのテクニック。でも、作り手が観客を脅かすことばかりに意識がいきすぎて、行き当たりばったりの展開ばかりではまったく印象に残らない。広げた風呂敷をそのまま散らかしたままでは、観客に不誠実だ。まあそんなこんなもあってか、ホラー映画の客層の映画館でのマナーの悪さが、このジャンルの象徴なのだろう。
この『RAW』という映画、またもやティーン女子が主人公。10代女子にエロティックな妄想を抱く系のヤツね。また変態のおっさんが監督なんだろうと思いきや、ジュリア・デュクルノーは女流監督。それもこれが長編処女作とか。
10代は精神的にも肉体的にも不安定な時期。成長期に日々自分の心身が変化して、自分で自分が怖くなってしまう。学生ならば、校則やら制服、親の干渉など、外部からの圧力も多い。まったく生きているだけで息苦しい。世界はまるで灰色だ。
「バラ色の華やかな10代」を描く青春モノが、最近の日本映画では流行りだ。それは10代という人生で最も暗い時期の記憶を、無意識下で刷新しようとする「自分内歴史改竄作業」なのかもしれない。自分の青春期をそのまま向き合うには、勇気がいるものだ。
『RAW』は、そんな思春期の危うい心身の状態をメタファーとして、ホラー映画に見事に昇華している。だから一見突飛な設定に思えても、平生普段の日常にあてはまるリアリティが、作品に上手に織り込まれている。自分の体験に近いところから導入していって、いきなりホラー的な「オェー」っとなる場面が入ってくる。それもスプラッタ的な派手なグロさでないからこそ、恐怖に感情移入しやすい。
『RAW』の主人公ジュスティーヌは、親からベジタリアンになるようにと、肉を食べることを厳しく禁じられている。進学して寮生活を始めた矢先、先輩たちからの新入生歓迎の儀式の洗礼で、生肉を強制的に食べさせられる。そこから主人公の身体が変化を始める。
このジワジワとした不気味さが、観客の実体験の、記憶の引き出しを刺激する。映画を観て失神者がでるのもわからなくもない。共感力が高ければ高いほど、この映画の毒牙が回りやすい。
主人公ジュスティーヌを演じるガランス・マリリエールはインタビューで答えている。「観客に失神者がでたと、センセーショナルに扱われているのは心外だ。この映画は無害だ」
カニバリズム。エロスとタナトス。性と暴力を扱った映画が無害というわけはないが、煽るような宣伝文句は確かにちょっと観点が違うかも。映画の持つテーマはもっと普遍的で地味。
しかしフランスでは10代の女性でも、ハキハキ発言する。日本では若い女性が、ハッキリものを言っただけで炎上しそうだ。フランスの女性が特別知的なのではなく、日本の女性だって意見はある。それを言わせない社会が問題なのだ。「女子どもは黙ってろ」みたいな幼稚な思想は、国際的にとても恥ずかしい。これも抑圧。
ベジタリアンになることを親から強要されるのはひとつの比喩。目上の者から禁止されていたものを破ってしまったことがトリガーになり、何かに雪崩れ落ちていくことがたまにある。大人買いがやめられないなんて症状もそれだろう。
自分が子どもの頃、大抵クラスに一人か二人かは家でゲームやマンガ、アニメは禁止されている子がいた。厳しい家では、テレビ自体観せてもらえない子もいた。そんな子が大人になって、親の管理下から解放され、初めてマンガやアニメに触れてみる。もうそんなものに興味がなく、他に打ち込むべきものがみつかっていたなら大丈夫。何も影響なく親が望んだ通りの人生を歩んでいけばいい。でも、ひとたび遅れざまそんなものにハマってしまったら厄介だ。
70年代80年代に活躍していたアニメ監督さんで、自分の子どもには極力アニメやマンガを観せなかったなんて話を聞いたことがある。ふとスティーブ・ジョブズの、自分が開発したアップル社のスマホやタブレットを、自分の子どもには絶対に持たせなかったエピソードを思い出す。それはジョブズが、自社製品の有害性を熟知していたから他ならない。それを知ってて商売して、自分の子どもだけは守る。なんてずるいんだろう!
アニメやマンガを禁じた監督さんはそれとはちょっと違う。アニメーションがこれからどうなっていくかわからなかった時代。最もカッコイイ芸術になるんじゃないかと、その業界に飛び込んだ。同僚はアニメやマンガの熱心なファンばかり。アニメやマンガの話ばかりで、他のことにはまったく興味がない。まだオタクなんて言葉はなかった。
クリエイターになるからには、自分のジャンルだけではなく、あらゆる芸術に精通する努力をしなければいけないのではないかと感じたらしい。今流行りのアニメやマンガではなく、まず先に古典を学ばなければいけないのではないかと。偏ったジャンルにどっぷり浸かってしまうと、視野が恐ろしく狭くなってしまう。社会性は絶対に無くしてはいけない。クリエイターなら尚のこと。
学者になるタイプと、自分の興味のある世界だけにハマり過ぎるオタクタイプ。アニメやマンガ、ゲームなどのサブカルチャーのクリエイターには、極端な両者が一堂に会する。天才肌と最底辺。似て非なる両者。その大いなる格差。
頭のいい人は謙虚なものだ。ものごとを学べば学ぶほど、世の中には自分の知らないことがいかに多いか、身をもって知っている。すぐ人にお説教やマウンティングする人は、幼稚な人だと判断した方がいい。偏った言動のルーツは、小さい頃からの抑圧によるものだったりもすることが多い。
フランスのホラー映画『RAW』は、作中で起こる奇怪な出来事に、きちんと納得のいく結末を用意してくれている。あれもそうだったのかと思うような伏線も、きれいに回収してくれる。メタファーとしての効果が生きてくるし、気持ちがいい。ホラー映画という、あまり賢くないジャンルで、とても知的な寓話の遊びをしている。気持ち悪いのに気持ちいい。ある意味楽しい映画だ。
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