『スノーマン』ファンタジーは死の匂いと共に
4歳になる息子が観たいと選んだのが、レイモンド・ブリッグスの絵本が原作の短編アニメーション『スノーマン』。お、なかなかナイスなチョイスじゃないの。これならお父さんも観たい! 久しぶりに観ようじゃないの『スノーマン』!
このアニメーション作品『スノーマン』は、原作の雰囲気にものすごく忠実で、絵本の手書きのイラストがそのまま動きだすような、一枚一枚手間ひまかけて描いて動かしている丁寧なつくり。本編はサイレントで、セリフも効果音もなく、映像と音楽のみで展開する。
少年が作った雪だるま・スノーマンが夜な夜な動きだし、少年の良き友人として一緒になって遊ぶ。少年はスノーマンに自分の取り巻く世界を紹介する。そのお礼なのか、スノーマンは少年を不思議な世界へ誘ってくれる。スノーマンと一緒に空を飛び、夢のような楽しい世界へ連れて行ってくれる。
スノーマンと少年が空を飛ぶ場面でかかるのが『Walking in the air』という曲。自分がこの曲を初めて聴いたのはラジオ番組だった。当時『PSY・S』という音楽ユニットで活躍されていた松浦雅也さんのNHKFMのラジオ番組『サウンドストリート』で紹介されていた。リスナーの皆さんも気にいるでしょうとおすすめしてました。なんでも友人の記念日にこのビデオをプレゼントしたとのこと。のちにこれほど有名な作品になるとは。かなりの先見の明でした。松浦さん、流石!
そういえば、この『サウンドストリート』のホスト前任者は坂本龍一さんだった。松浦雅也さん当時のあだ名は「博士」。坂本龍一さんが「教授」と呼ばれているからか? この曲を初めて聴いたとき、この美しくも悲しい曲が、まさかこんな可愛らしいスノーマンの映像のものとは思いもしなかったが、まったく違和感なく受け入れることができた。
『スノーマン』では、サイレントなので、本編では基本的に人の肉声は入らない。唯一このスノーマンと少年が飛翔する場面にかかる『Walking in the air』は歌曲なので、人の声が入る。ボーイソプラノのシンプルな曲。空を飛ぶという、心が解き放たれる象徴的な場面にしては切ない。人の声が入るということは、ここまでインパクトのあることなのかと思うほど、強調され印象的な場面となる。人の声のもつ力。
ここでは死の匂いを感じずには得られない。ファンタジーとはそもそも死と隣り合わせの世界。その死とのスリルが、想像世界の魅力となる。スノーマンが連れて行ってくれる世界は楽しいことばかり。これは死の直前にみる走馬灯の世界に近い。スノーマンは少年が作り出した理想の心の友達。心の友達は厄介だ。未成熟な時期にみる幻は、居ごこちが良すぎて抜け出られなくなる危険性がある。
ピクサーの最近作『インサイド・ヘッド』の中でも、ローティーンの少女の脳内には「ビンボン」という心の友達がいる。このビンボンが登場するときは、少女の精神状態がかなりまずいとき。物語上ビンボンは消えゆくべき存在。スノーマンも然り。
スノーマンと楽しい一夜の旅を経験した少年は、朝目覚めると無残に溶けてしまったスノーマンの姿にがく然として物語は終わります。自分が初めて『スノーマン』を観たのは10代前半。なんて悲しい終わり方なんだろうとショックを受けました。しかしレイモンド・ブリッグスが選んだこのラストシーンは正しい結末なんだと、後になって思えてきた。スノーマンとの世界は、妄想の世界。人にはときに現実逃避も必要だけど、そこにどっぷりハマり過ぎては、現実世界では障壁となってしまう。スノーマンの姿が儚く溶けてなくなってしまうことで、少年は本当に目が醒めるのです。残酷で悲しい終わり方にみえるけど、これこそ現実。少年は一瞬死にかけて、生きることについて見せつけられたことになる。
こんなに可愛いタッチの絵柄なのに、音楽や演出が悲しげだった意図はハッキリとした。
2013年の最近になって『スノーマン』の続編『スノーマンとスノードッグ』という作品が発表された。技術も前作よりも進化して、前作へのオマージュがいっぱい。でもこの新作には死の匂いはしない。まったくもってマイルド。独立した作品というよりは、ファンサービスに力点を置いている作品。それはそれでアリでしょう。でもやはり死や狂気と隣り合わせだからこそ、ファンタジーはおもしろい。
あんなに楽しかったのに、寂しく終わる本編。息子は当然ショックを受けていたみたいだけど、このやるせないラストシーンは、子供たちの想像力に刺激を与えるのは間違いない。
関連記事
-
逆境も笑い飛ばせ! 日本人のユーモアセンスは!?『団地ともお』
『団地ともお』は小学生。 母親と中学生になる姉と 三人で団地暮らし。 父親
-
『沈黙 -サイレンス-』 閉じている世界にて
「♪ひとつ山越しゃホンダラホダラダホ〜イホイ」とは、クレイジー・キャッツの『ホンダラ行進曲』
-
『シン・ウルトラマン』 こじらせのあとさき
『シン・ウルトラマン』がAmazon primeでの配信が始まった。自分はこの話題作を劇場で
-
『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』これからのハリウッド映画は?
マーベル・ユニバース映画の現時点での最新作『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』をやっと
-
『希望のかなた』すべては個々のモラルに
「ジャケ買い」ならぬ「ジャケ借り」というものもある。どんな映画かまったく知らないが、ジャケッ
-
『名探偵ピカチュウ』日本サブカル、これからどうなる?
日本のメディアミックス作品『ポケットモンスター』を原作に、ハリウッドで製作された実写映画『名
-
『なつぞら』自分の人生とは関係ないドラマのはずだったのに……
「アニメーターってなによ?」7歳になる息子が、NHK朝の連続テレビ小説『なつぞら』の番宣での
-
『ジョジョ・ラビット』 長いものに巻かれてばかりいると…
「この映画好き!」と、開口一番発してしまう映画『ジョジョ・ラビット』。作品の舞台は第二次大戦
-
『ハンナ・アーレント』考える人考えない人
ブラック企業という悪い言葉も、すっかり世の中に浸透してきた。致死に至るような残業や休日出勤を
-
『THE FIRST SLAM DUNK』 人と協調し合える自立
話題のアニメ映画『THE FIRST SLAM DUNK』をやっと観た。久しぶりに映画館での