*

『ひろしま』いい意味でもう観たくないと思わせるトラウマ映画

公開日: : 最終更新日:2020/03/03 映画:ハ行,

ETV特集で『ひろしま』という映画を取り扱っていた。広島の原爆投下から8年後に製作された映画で、実際に被爆された方も多く出演しているとのこと。当時ムーブメントのようになり、撮影に参加した被爆者のエキストラは、最終的には8万人にも及んだらしい。でも、日教組が製作したせいか、反米的ということでほぼお蔵入りだったらしい。

すっかり軍事・政治ジャーナリストとなったオリバー・ストーン監督も「詩的な作品で、世界中の人に観てもらいたい」とコメントを寄せていた。ETV特集では、当時撮影に参加した被爆者たちのインタビューも載せていた。

反米的で政治的内容だから上映できないという当時の雰囲気。エキストラ出演した多くの被爆者たちは、自分たちの悲惨な経験を知ってほしいと、純粋な気持ちで参加したので、不本意で理不尽な思いをしたらしい。

大きなものに忖度する空気感は、現代だってそれほど変わらない。よくこんな番組を放送できたなと、番組製作者の勇気を感じる。映画の場面は、どれも凄惨でショッキングなものばかり。この幻の映画、観てみたいけど観る勇気がない。調べると、レンタルこそはしていないが、名画座では上映してる。と思っていたら、その翌週には本編をテレビ放送するじゃないか! いろいろ言われるNHKだけど、この時期この映画の放送はすごい決断だと思う。

原作は被爆者たちの文集『原爆の子』らしい。『原爆の子』といえば新藤兼人監督作品が真っ先に浮かぶ。なんでも新藤兼人版はドラマ性が強すぎて、実際の原爆の悲惨さが伝わりにくいということ。日教組が同じ原作の別バージョンで製作したらしい。

自分も鑑賞するのに勇気が必要だった。被爆者たちのインタビューでは、この撮影時にフラッシュバックで吐きながら演技をしていたとか。それでも現実はもっとひどかったと言う。映画を観ただけでもトラウマになりそうだ。犠牲になるのが子どもたちばかりなのも胸が痛む。

被爆者たちへの世の中の差別もきちんと描かれている。近年でも原爆に関する作品は生まれてくるが、こういった差別に関わる部分は、いつもマイルドになってしまう。現代では描けない、当事者だからこその描写だと迫ってくる。

「人は嫌なことは忘れてしまものだ。でも、忘れてはいけないこともある」と被爆者の方が言っていた。映画は当時の空気感をダイレクトに伝えている。セミドキュメンタリーの感覚だ。

音楽は伊福部昭さんが担当している。そういえば第一作目の『ゴジラ』もこのころ製作されている。『ゴジラ』の存在核兵器や戦争へのメタファー。あちらも数年前に被爆した国の空気感が怖かった。『ゴジラ』も反戦がテーマだが、戦争が直接描かれているわけではないので、問題にならなかったのだろうか? 第一作目の『ゴジラ』も、だいぶ怖かったけど。

純粋に被爆することの恐ろしさを伝えたくて、この映画を製作したり、エキストラ出演した人たちの気持ちが、ないがしろにされていたならとても悲しい。映画『ひろしま』は本当に恐ろしい映画で、鑑賞後には呆然としてしまう。戦争が恐ろしいのは当然だが、戦争にまつわる表現が、そのまま政治的になってしまうのも恐ろしい。

映画が内包する様々なテーマをかんがみても、この映画のテレビ放送は意味深いものだと感じる。

関連記事

『銀河鉄道の夜』デザインセンスは笑いのセンス

自分の子どもたちには、ある程度児童文学の常識的な知識は持っていて欲しい。マンガばかり読んでい

記事を読む

『私をくいとめて』 繊細さんの人間関係

綿矢りささんの小説『私をくいとめて』は以前に読んでいた。この作品が大九明子監督によって映画化

記事を読む

『MEGザ・モンスター』 映画ビジネスなら世界は協調できるか

現在パート2が公開されている『MEGザ・モンスター』。このシリーズ第1弾を観てみた。それとい

記事を読む

『復活の日』 日本が世界をみていたころ

コロナ禍になってから、ウィルス災害を描いた作品が注目され始めた。小松左京さん原作の映画『復活

記事を読む

no image

映画づくりの新しいカタチ『この世界の片隅に』

  クラウドファンディング。最近多くのクリエーター達がこのシステムを活用している。ネ

記事を読む

『あしたのジョー』は死んだのか?

先日『あしたのジョー』の主人公矢吹丈の ライバル・力石徹役の仲村秀生氏が亡くなりました。

記事を読む

no image

『リング』呪いのフォーマットは変われども

『リング』や『呪怨』を作った映画制作会社オズが破産したそうです。 そういえば幼稚園頃の娘が「さ

記事を読む

no image

『ジュブナイル』インスパイア・フロム・ドラえもん

  『ALWAYS』シリーズや『永遠の0』の 山崎貴監督の処女作『ジュブナイル』。

記事を読む

no image

『君たちはどう生きるか』誇り高く生きるには

  今、吉野源三郎著作の児童文学『君たちはどう生きるか』が話題になっている。

記事を読む

『呪術廻戦』 邪悪で悪いか⁉︎

アニメ映画『呪術廻戦0』のアマプラ独占配信の予告を観て、『呪術廻戦』をぜんぶ観たくなった。実

記事を読む

『ケナは韓国が嫌いで』 幸せの青い鳥はどこ?

日本と韓国は似ているところが多い。反目しているような印象は、歴

『LAZARUS ラザロ』 The 外資系国産アニメ

この数年自分は、SNSでエンタメ情報を得ることが多くなってきた

『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』 みんな良い人でいて欲しい

『牯嶺街少年殺人事件』という台湾映画が公開されたのは90年初期

『パスト ライブス 再会』 歩んだ道を確かめる

なんとも行間の多い映画。24年にわたる話を2時間弱で描いていく

『ロボット・ドリームズ』 幸せは執着を越えて

『ロボット・ドリームズ』というアニメがSNSで評判だった。フラ

→もっと見る

PAGE TOP ↑