『日本のいちばん長い日(1967年)』ミイラ取りがミイラにならない大器

1967年に公開された映画『日本のいちばん長い日』。原作はノンフィクション。戦後20年以上経ってから製作されたこの映画。今だから言える「あの時実際どうだったのよ?」「順序立てて説明してよ」という世論の好奇心もあったのではないだろうか。スケールのデカい映画になって、作り手の気概を感じる。とくに主役を決めずに、淡々とドキュメンタリータッチで描いていく。
製作当時東宝は、赤字覚悟でオールスターキャストで映画化したらしい。三船敏郎さんや志村喬さんという東宝人気のキャストはもちろん、松竹からも笠智衆さんもいる。当時役者は、特定の映画会社に所属して、基本的には他社製作作品には出演できなかった。例外は「特別出演」と表記される。映画会社を越えてのキャスティングに力を感じる。
いま観ても、テンポの良い演出は、実録モノという堅苦しさを凌駕してエンターテイメントに徹している。演出は岡本喜八監督。戦争にまつわる娯楽映画が多い人だ。とかく戦争がテーマだとその題材の重さに負けて、暗く息苦しい作品になりがち。でも岡本喜八監督は、コメディタッチすれすれの演出をしている。
戦争が題材だとさまざまな思想が交錯して、万人向けに作るのが難しい。状況を淡々と綴っていくドライな表現は、観る人によってどうとでも解釈できる。作品に余裕がある。長時間の上映時間にも関わらず、あっという間に映画は展開していく。
オールスターキャストでドキュメンタリータッチ。この演出法、最近の日本映画『シン・ゴジラ』でも採用している。忘れた頃に過去作品の表現方法を拝借する庵野秀明監督のしたたかさ。
情報過多な映画なので、やれ思想がどうこうとのんびり考えている暇がない。手練れなのは右派も左派もどちらの言い分の言葉も登場するが、深入りしないので結局どちらにも傾倒しない。
映画の内容としては、第二次大戦の敗戦を前にして陸軍兵たちがクーデターを企てたり、集団自決を計画したりと、狂気の沙汰もいいところ。登場人物たちの行動がみな極端に偏っているので、戦中の人間は自分たち現代人と異なった考え方なのかと誤解しがち。でもそもそもこの映画の作り手たちも、登場人物たちに感情移入しているように思えない。
朱に交わればなんとやら。ミイラ取りがミイラとなりかねない歴史的事実。登場人物たちの心情に距離をおきながら、状況をスピーディに描き切るには器が必要。
それはそれ、これはこれと、映画はあくまで娯楽作品というスタンスでブレることはない。観客を楽しませてなんぼ。アクション映画のスタイルは、現代にも十分通じる。いや、いつから日本映画はトロい演出ばかりになってしまったのだろう。
「役に殺される」という言い方がある。役者が自分の演じる役の大きさに負けて、精神疾患になってしまっりすることがそれ。役者に限らず日常の仕事でも、あまりに自分の器で受け入れられないようなビッグプロジェクトを任されて、プレッシャーで潰されちゃうことなんて日常茶飯事。
岡本喜八監督の映画は、ある意味適当でいい加減。でもそれは雑という意味ではない。解釈がダイナミックなのだ。ハラがすわってる。こういった器の大きい監督って、最近の日本映画ではとんとみかけない。流行りじゃないのか、それとも芽を摘まれちゃうのか?
映画はあくまできっかけをくれるもの。歴史を調べたければ、ちゃんと自分で調べなけらば何にもならない。作品はその作者のひとつの解釈に過ぎない。だからあまりその作品で深読みするのは意味がない。まあ、人様が作った作品に、したり顔で「あーでもないこーでもない」と語り合うのも、それはそれで楽しいのだけれど。
劇中に昭和天皇が登場するけれど、顔がいっさい映らない。皇室を映像表現するのは不謹慎はばかりないことなのだろう。でもそれによって天皇の存在が神秘的なものになり、当時の国民が抱く天皇のイメージがよく伝わる。表現の足枷が効果を成した、演出の工夫。
もちろん現代だって、娯楽作品で皇室を描くのは恐れ多いことだろう。イギリスの王室コメディのように辛辣になりすぎるのも意地悪すぎだけど、海外の視点でこの映画を観たら、どんな印象になるのだろう?これはこれで「よそはよそ、うちはうち」と国民性が出ていて興味深い。
戦時における政治家や軍人という極端な世界。一般市民は登場しない。我々が知らないけれど、密接に関わっている国内外の情勢。戦争の映画もさまざま。いろんな作品を観て、多角的に物事を捉える視点を養っていきたい。これが過去の歴史であって、未来のシミュレーションにならないようにするために。
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