『コンテイジョン』映画は世界を救えるか?
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最終更新日:2020/10/19
映画:カ行
知らないうちに引退宣言をしていて、いつの間に再び監督業に復帰していたスティーブン・ソダーバーグの2011年の作品『コンテイジョン』。今世界を震撼させているコロナウィルスのシミュレーション映画になってしまった。
映画は、謎の新型ウィルスが世界で蔓延したらどうなるかを、パニック・スリラーのスタイルで描いている。でもこれはソダーバーグ作品。あくまでドライに描いている。叙情的だったり扇動的だったりな野暮な演出は絶対しない。
この手のパニック映画では、いくらでもお涙頂戴の展開にできる。こちらとしてはもうそんな手垢まみれの演出なんて観たくない。登場人物たちとは、ある程度な距離を保ちながら、観客の想像力を刺激するソダーバーグの演出テクニックは安定の鉄板芸だ。
物語の冒頭で、ローレンス・フィッシュバーン演じるアメリカ疾病予防管理センター(CDC)のチーバー医師と、そこの掃除夫との会話で「息子のADHDに困っている」というのがある。そこでチーバーが掃除夫に「私は専門外なので、知り合いの医師を紹介するよ。大丈夫、治るよ」と答える場面がある。
ADHDは病気ではないから、治るとか治らないの問題じゃないと思うんだけどな〜。本当の医者が、希望的観測の話はしないんじゃないかな〜。と、ふとこの映画、ファンタジーになるんじゃないかと一抹の不安を覚えてしまった。その心配もつかの間。それは一つの伏線のエピソード。聞き流してしまっていいようだ。2011年当時はまだADHDの認知も、世間ではこの程度だったのだろう。
2020年の現在、メディアの向こうで見るコロナの惨状の様子はこの映画とほぼ同じ。綿密な取材がされているのがすぐわかる。新型ウィルスが誕生する経路も、今回のコロナウィルスと酷似している。ウィルスに感染しても100%の人が死ぬわけではなく、もともと免疫がある人もいるというのがリアル。こういった事象が起これば、このような状態になる。そう学説的に言われても、一般人にはほとんど想像できない。でも映画のビジュアル的表現があると、未知なる話であっても我々一般人にも想像できるようになる。
テレビでは伝わらない部分も、映画で「こんなに酷いのか」と擬似的に実感できる。知らないで怖いより、知っていた方が恐怖が和らぐ。でもこの映画のシミュレーションは、今現在進行形のコロナショックにあまりに似すぎているので、メンタルが弱っている人には鑑賞は逆効果になりそう。要注意。
戦争映画など、大きな事象に翻弄される人々を描くとなると、その切り口が作品の勝負となる。『コンテイジョン』は、ソダーバーグ作品らしい豪華キャスティング。誰か一人が主人公となることはなく、群像劇で見せている。ウエットな演出が苦手な自分としては、ソダーバーグの演出は好み。悲劇的な状況でも、それを悲劇と感じるかどうかは観客それぞれの感性次第。このドライすぎるくらいの演出が、目に見えないウィルスの存在を不気味に「見せて」くる。
死をもたらす謎の感染症で、崩壊していく家族の姿を無数に見せていくこともできるだろう。でもソダーバーグはそうしない。マット・デイモンとグイネス・パルトロウの、感染症第一号の被害者の家庭の様子こそは描けども、数多の家族の話は観客の想像に委ねている。
物語はCDCを中心とする、医師たちの命がけの奮闘にスポットを絞っている。プロットは英雄譚だが、何せ演出に距離感があるのでハナにつくことはない。この映画の魅力は、決して臭くならないところに尽きる。ダサい演出は不真面目に誤解される。感染防止にはソーシャル・ディスタンスを保つことが、今回のコロナ禍には言われている。この映画のドライな距離感はまさにそれ。相手に尊厳は保ちながらも、適度な距離を保つ。この適度な距離感を保つ必要性は、どんなことにも当てはまりそうだ。
映画でも、ウイルスがあっという間に世界に広がっていく。ただ現実と違ったのは、この混乱の中でも現実の世界では暴動があまり起こらなかったことだ。実際のところ、コロナショックはまだまだ終息していないし、これからどうなっていくかも予想がつかない。しかしながら、こういったパニック映画が事前にあることによって、様々な抑止効果があったのではないかと思う。
ジュード・ロウ演じる記者まがいのブロガーが、アクセス欲しさにデマを流したりする。今回、実際のコロナ騒動でも、トイレットペーパーが店頭から無くなるようなデマがネットに流れた。現代ではネットを中心にデマが流れる。恐怖や怒りを扇動するような記事は、ものすごいスピードで拡散される。人は、真実よりもネガティブなものに食いつく。
映画公開時の2011年では、ネットに対しての個々のリテラシーは低かった。2020年の現代でのネットユーザーは、ネットの情報を100%信じることはない。デマによって買い占めをしている人のほとんどが、老人ばかりなのもいい例だ。生活必需品の買い占めは、通常どうりに生活しようとしている人たちにとっては脅威。それはもうルール違反。あらぬデマ発信もそう。そんなの見つけたら相手にしないに限る。ただこの映画の謎のブロガーは、ちゃんと足を運んで取材したりしてる。基本的には嘘つきなんだけど、根底には真実があるからタチが悪い。
悲観的観測というとネガティブな響きがある。でもリスクヘッジとして、最悪の状況を常日頃から想定していると、いざという時の態度が変わってくる。実際、程よく警戒している方が、想定していた最悪の事態ほどのことは起こらない。冷静に対処もできる。パラノイアにならない程度の危機感は常に持っていた方がいい。人事を尽くして天命を待つ。いざとなったら、なるようにしかならないとハラを決めればいい。
この映画の監修をしている医師ですら、今回コロナに感染してしまったらしい。映画の中でも、調査している最中に感染してしまう医師も登場する。誰でもかかる感染症に恐怖を感じる。映画では、ウィルス発症後から120日あまりで、ワクチンが発表される。けれど現実のコロナウィルスには、120日以上過ぎた現在に至ってもワクチンがなかなかできていない。
映画に登場するCDCというアメリカの感染症対策研究所は、なんでもトランプの政策で現在は縮小されてしまったらしい。ワクチン作成なんて、アメリカのお得意芸のような気がするが、被害が自国にこれほど及んでも手をこまねいているのは、そのせいもあるだろう。これも目先の金儲けを優先した顛末なのかも知れない。
『コンテイジョン』が公開された頃は、この映画の題材はファンタジーだっただろう。そんな恐ろしい感染症なんて現れないよって。最悪のシナリオが現実となってしまった今、現実は小説よりも奇なり。
映画では、感染症によってのパニックは描かれているが、経済に対しては描かれていない。映画も現実と同じく、感染防止のため、人と人とが気軽に会えない生活を強いられる。その時の生活費は一体どうしていたのだろう?
日本政府は、天災を自己責任問題のように外出自粛を国民に要請した。ネットでは「自粛と補償はセットでしょ」が流行語となってしまった。やっとこさ補償金が出されそうだが、まだまだ政府は出し渋っている。果たしてどうなることやら。
このコロナショックで、現代社会の資本主義システムがある程度崩壊するだろう。この災いが落ち着いたのち、コロナ前にただ戻すだけではあまり意味がない。働き蜂のように働いて、日々の生活費の追われ、あわよくば贅沢をしたい野望のために、賃金を得ようとするだけの人生に戻りたいだろうか。本当の幸せって何? 人参ぶら下げられた人生をまた送るの? 各々が自分自身の人生に向き合う転機に来ている。
コロナ後の世界が、人類によってより住み良い世界になるようにならなければ、人類は終焉への距離を近づけるだけ。まあでもとりあえず今は、元気に乗り越える努力をする。そしてなんとか生き残った時に、希望を持って生きていける社会を構築していこう。困難はチャンスとして捉える勇気。どんな時も夢とユーモアは忘れない。それこそが人間的な生き方だと思うから。
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