*

『かもめ食堂』 クオリティ・オブ・ライフがファンタジーにならないために

公開日: : 最終更新日:2022/05/07 映画:カ行, 映画館,

2006年の日本映画で荻上直子監督作品『かもめ食堂』は、一時閉館する前の恵比寿ガーデンシネマで観た。もう10年以上前なのだから、月日が経つのは早いものだ。

美味しそうな食べものがたくさんでてくる映画。劇場のあちこちから、お腹がぐーぐーなってる音が聞こえてくる。もちろん自分も。

この映画は公開当時、多くの女性の評判を得て、メディアでたくさんとりあげられていた。後にこの荻上直子監督によって、『めがね』や『トイレット』と、同じようなテーマで数本映画が製作された。それどころか、別の監督で同じキャストの亜流作品もたくさん誕生した。それほどこの『かもめ食堂』は、画期的な作品だったのだろう。

フィンランドを舞台に、食堂を営む日本人女性を中心に、ぶらりとひとり旅に彷徨ってきた中年女性たちとの交流を描かれるのが、大まかなプロット。

女一人で日本から遠く離れたフィンランドに旅してくるのだからワケありに違いない。この映画の素敵なところは、登場人物たちはお互いなにかしら過去があるだろうけど、それには一切触れず、深入りしないで交流してるところ。それは無関心なのではなく、大人の思いやりのある、適切な人間関係の距離。

日本の世知辛い都会の生活から離れ、異国の静かな街で料理を追求する。しかもムーミンが生まれたフィンランド。ファンタジー性も深まる。マリメッコやら、俄かにおしゃれ女子の中では、当時話題となっていたフィンランド。

日本では若いことをいちばん良しとする風潮がある。老いることを否定したり、歳を重ねることに魅力をみいだそうとはしない。女性も若くてキレイでなければダメのような雰囲気。この『かもめ食堂』では、けして美人ではない中年女性たちが主人公。中年女性でも魅力的に生きられるのだと映画は伝えている。主人公を演じた小林聡美さんは、一時期おしゃれ番長の代表的な人物となってしまった。

自分はおしゃれとは無縁な人間だが、おしゃれな人は好きだ。おしゃれはただ様相だけが良ければ良いものではない。他人からどう見えるか、相手に失礼な格好はしていないか、様々な配慮がそこに現れる。決して目立つことがおしゃれではない。だから本当におしゃれな人は、たいてい品があって感じのいい人が多い。

ただ最近、おしゃれさんに対する自分の気持ちが変わってきた。こんな不景気な世の中だからか、都会で活躍するファッションリーダーたちがメディアに取り上げられることが多くなった。その人たちの言うことなすことがいちいちハナにつく。なんでだろう?

メディア的に流行を追求したり、ファッションで自己アピールしたりするには、どうしても金がかかる。都心のおしゃれスポットへ行ったり働いたりすれば、日頃の服装にもそれなりのものを用意しなければならなくなる。賃金が下がり物価が上がり続け、税金や年金も上がるけど、その恩恵が受けられない社会では非常に困難な道のりだ。

単純に髪を染めたりするのも、自然ではないことを身体にするのだから負担はかかる。それを維持するには身体的だけでなく、経済的にもエネルギーが必要。忙しく毎日を過ごして、その中から時代の最先端をキャッチするとなれば、いろいろ破綻が起きてくる。

映画の中で、厳選の希少価値の高いコーヒーを淹れる場面がある。湯を注ぐ前に呪文を唱えると、さらに旨味が増すという。なんてゆとりある行為だろう。でもこれ日常の中に毎日取り込んでしまったら大変過ぎる。心を豊かさを求めてかえって苦しくなってしまうのでは本末転倒。『かもめ食堂』の生き方は2017年の日本ではファンタジーにしかならない。

荻上直子監督がもしいま、同じテーマで映画を撮るなら、また違ったアプローチの表現をすることだろう。表面的なカタチは違っても、根幹はブレない、まったく別の生き方。様相をマネしてもただ苦しくなるだけ。生き方のスタイルは、時代時代で変わるもの。その世の流れを敏感に察知して、身の丈に合った自然体の生き方を目指していくのが本当のおしゃれさんだと思う。

映画『かもめ食堂』を観た当時、自分は「ずいぶん早いテーマだなぁ」と感じたが、10年経ったら、追い求める現実的な生き方ですらファンタジーになってしまったのはとても皮肉だ。

この働けど働けどの日本社会で、どれだけ無理をせず心豊かに生きられる方法を見つけられるか? これは死活問題に関わるので、結構シビア。その答えは十人十色でみんな違う。だからこそ自分自身のクオリティ・オブ・ライフを探求する旅を楽しむくらいじゃないといけないみたいだ。

関連記事

no image

岡本太郎の四半世紀前の言葉、現在の予言書『自分の中に毒を持て』

  ずっと以前から人に勧められて 先延ばしにしていた本書をやっと読めました。

記事を読む

no image

『バッファロー’66』シネクイントに思いを寄せて

  渋谷パルコが立て替えとなることで、パルコパート3の中にあった映画館シネクイントも

記事を読む

『思い出のマーニー』 好きと伝える誇らしさと因縁

ジブリ映画の最新作である『思い出のマーニー』。 自分の周りでは、女性の評判はあまり良くなく

記事を読む

『機動戦士Zガンダム劇場版』 ガンダム再ブームはここから?

以前バスで小学3~4年生の子どもたちが 大声で話していた内容が気になった。 どうせ今

記事を読む

『火垂るの墓』 戦時中の市井の人々の生活とは

昨日、集団的自衛権の行使が容認されたとのこと。 これから日本がどうなっていくのか見当も

記事を読む

『誘拐アンナ』高級酒と記憶の美化

知人である佐藤懐智監督の『誘拐アンナ』。60年代のフランス映画のオマージュ・アニメーション。

記事を読む

『愛がなんだ』 さらば自己肯定感

2019年の日本映画『愛がなんだ』が、若い女性を中心にヒットしていたという噂は、よく耳にして

記事を読む

no image

『ジャングル大帝』受け継がれる精神 〜冨田勲さんを偲んで

  作曲家の冨田勲さんが亡くなられた。今年は音楽関係の大御所が立て続けに亡くなってい

記事を読む

no image

『君の名は。』株式会社個人作家

  日本映画の興行収入の記録を塗り替えた大ヒット作『君の名は。』をやっと観た。実は自

記事を読む

no image

『おやすみなさいダース・ヴェイダー』SWファンもすっかりパパさ

  ジェフリー・ブラウン著『おやすみなさいダース・ヴェイダー』。 スターウォーズの

記事を読む

『東京卍リベンジャーズ』 天才の生い立ちと取り巻く社会

子どもたちの間で人気沸騰中の『東京卍リベンジャーズ』、通称『東

『君の名は。』 距離を置くと大抵のものは綺麗に見える

金曜ロードショーで新海誠監督の『君の名は。』が放送されていた。

『ゴーストバスターズ アフターライフ』 天才の顛末、天才の未来

コロナ禍真っ只中に『ゴーストバスターズ』シリーズの最新作『アフ

『護られなかった者たちへ』 明日は我が身の虚構と現実

子どもの学校の先生が映画好きとのこと。余談で最近観た、良かった

『gifted ギフテッド』 お金の話はそろそろやめて人権の話をしよう

「ギフテッドを持つ子どもの支援を国をあげて始めましょう」という

→もっと見る

PAGE TOP ↑