*

『もののけ姫』女性が創る社会、マッドマックスとアシタカの選択

公開日: : 最終更新日:2020/09/21 アニメ, 映画:マ行

先日、『マッドマックス/怒りのデスロード』が、地上波テレビ放送された。地上波放送用に、絶妙なタイミングで残酷描写をカットした再編集版。我が家では、初めて家族全員でこの『マッドマックス』を観た。

女性が中心となって形成された社会で、流れ者の男が、その中に入っていくという姿は、『もののけ姫』と同じ。ただ、ラストシーンで、主人公が選ぶ道が相反するところが興味深い。『マッドマックス』と『もののけ姫』の二作品、似て非なるフェミニズム。両作の結末のその後を考えてみた。

『マッドマックス』テレビ放送が終わり興奮冷めやらぬ中、小学生の娘は「このあと、この人たちはどうなったんだろう。マックスもみんなと一緒に残ればいいのに……」と呟く。自分は「マックスは人生に絶望を感じてるから、死に場所を探しに行ったんじゃないのかな」とは言ってみたものの、なんだかしっくりこない。

今年のコロナ禍で、映画館の新作がストップし、数本のスタジオジブリ作品がリバイバル上映された。この『もののけ姫』もラインナップに入っており、本作を初めて映画館で観たなんて若者の声も聞こえてきた。

自分はこの映画はリアルタイムで映画館で観ていた。何度もあしげく劇場に通った。ジブリ作品でも数少ない、男が主人公の作品で、かなり興奮して映画を観ていた。

制作発表時、鈴木敏夫プロデューサーが、「この映画は黒澤明監督への挑戦状です」と発言していた。そういえば黒澤作品の、とくに『影武者』をオマージュした場面もあったっけ。

黒澤監督の映画がヒットしたあとからの時代劇は、すべて黒澤映画の着物の着付け方など、衣装のスタイルがほとんど同じになってしまったらしい。けれど文化は時代や場所によって異なるもの。いくら黒澤作品の着物の着こなしかたがカッコよかったからといって、すべて同じになるはずもない。『もののけ姫』は、きちんと時代背景や土地柄の文化を検証してから、帯の絞め方ひとつから、衣装のデザインをしたらしい。もうそれは考古学。ちゃんと調べれば調べるほど、作品のアイデアは膨らんでいくことだろう。世の中には、まだまだ語るべき物語はたくさんある。

『もののけ姫』が公開された当時、自分は二十代だった。映画が始まって10分もしないうちに、自分の涙腺は緩んだ。村を追われた主人公・アシタカが旅立つ。朝日を浴びながら鹿に乗る少年の姿からは、悲しみが伝わる。そこに壮大な劇伴がかかり、シンバルの音が響く。「どんな状況であれ、若者が旅立つときは祝福されるべき」との宮崎駿監督の演出意図。当時若者だった自分にも、そのシンバルの音は響いた。

『もののけ姫』は、アクション映画にも関わらず、フェミニズムを描こうとした作品。当時としては、世界的にも珍しい題材だった。

女性が創る社会に、一人の男が入っていこうとする。その男アシタカの姿勢は、女性ファンの多いジブリ作品には歓迎されるべき態度であった。

女政治家たちは争っている。アシタカの失敗は、その間に立って諍いを諌めようとしたことにある。争う二人の女性を両脇に抱え、その上に立とうとする。

女性社会は共感力が求められる平等な社会。女同士でも、上に立ちたがる人は煙たがられる。「ボクが争う二人の間に入って、仲良くさせてみせるよ。だってみんなボクのこと好きでしょ?」。アシタカの自惚は、フェミニズムが浸透した現代では、すこし痛々しい。

女社会に男が入っていくことを想像してみた。かなり大変だ。体力的に上の男は、頼まれごとも多くなる。女性たちのホルモンの調子が悪ければ、理不尽にあたられることもありそうだ。「だから男はダメなんだ!」って。今までの男優位の社会に対する恨み辛みも聞いていかなければ共生できない。果たしてアシタカはどこまで覚悟していたのだろうか。

一方、マッドマックスは、空気を読みながら女社会と付き合っている。一見我が道を行きそうなマックスは、女たちの顔色を伺いながら、上手に自分の居場所を築いていく。

『マッドマックス』でのジョージ・ミラー監督は、女性を演出するときにフェミニズムの先生に付いてもらって、逐一アドバイスを伺っていたらしい。女性描写にものすごく気をつかっているのが、完成された映画からも伝わってくる。

『マッドマックス』公開当初の客層は、厨二病らしき青年とオールドファンのおじさんばかりだった。映画が話題になりロングランになると、いつしか女性が半数以上客席を占めるようになっていった。

マックスが、女社会に背を向けたのは、カッコよくいえば、「死に場所を探しに行った」ともとれるが、やっぱり「こんなところでやってけるかよ!」と、いじけて去ってしまったととった方が、理由としては大きそうだ。

そういえば『もののけ姫』が公開されてまもなく、「やっぱり宮崎さんはわかってない!」と、フェミニズムの先生たちが怒っていたっけ。当時の自分にはその意味がわからなかった。20年以上たった今では、『もののけ姫』は、フェミニズム黎明期のエンターテイメント作品なんだと観ることができる。

これからのエンターテイメント作品で、フェミニズムを無視していくのは難しい。映画ファンは、男性よりも女性の方が圧倒的に多い。マーケティング的にも、女性客を意識しなければ、ヒットは見込めない。

DCコミックの映画化でも『ワンダー・ウーマン』は、自分はとくに好きだ。女性監督が演出してるから、新鮮な感覚なのかもしれない。子どもたちに人気の『鬼滅の刃』も、女性描写が自然だ。これも原作者が女性だからだろう。『もののけ姫』が、いろんな意味で、参考にされているように思える。

女性社会の中に入っていこうとして、空回りしてるアシタカ。でもそんなおバカさんなアシタカを、同性である自分はどうしても嫌いになれない。高尚なことを言ってる割には空気が読めないアシタカ。もののけ姫ことサンや、女政治家のエボシが、「やれやれ、あんたはとんだ英雄さまだよ」と付き合ってくれている姿を想像すると笑えてくる。

嗚呼、神輿の上に担がれているアシタカよ……。

関連記事

no image

『平成狸合戦ぽんぽこ』さよなら人類

  日テレ好例『金曜ロードSHOW』枠でのスタジオジブリ特集で『平成狸合戦ぽんぽこ』

記事を読む

『あしたのジョー2』 破滅を背負ってくれた…あいつ

Amazon primeでテレビアニメの『あしたのジョー』と『あしたのジョー2』が配信された

記事を読む

『アンブロークン 不屈の男』 昔の日本のアニメをみるような戦争映画

ハリウッド女優のアンジェリーナ・ジョリーが監督する戦争映画『アンブロークン』。日本公開前に、

記事を読む

『機動戦士ガンダムUC』 小説から始まり遂に完結!!

2010年スタートで完結まで4年かかった。 福井晴敏氏の原作小説は、遡る事2007年から。

記事を読む

no image

『精霊の守り人』メディアが混ざり合う未来

  『NHK放送90年 大河ファンタジー』と冠がついたドラマ『精霊の守り人』。原作は

記事を読む

no image

『ジャングル大帝』受け継がれる精神 〜冨田勲さんを偲んで

  作曲家の冨田勲さんが亡くなられた。今年は音楽関係の大御所が立て続けに亡くなってい

記事を読む

『のだめカンタービレ』 約束された道だけど

久しぶりにマンガの『のだめカンタービレ』が読みたくなった。昨年の2021年が連載開始20周年

記事を読む

『聲の形』頭の悪いフリをして生きるということ

自分は萌えアニメが苦手。萌えアニメはソフトポルノだという偏見はなかなか拭えない。最近の日本の

記事を読む

『マグノリアの花たち』芝居カボチャとかしましく

年末テレビの健康番組で、糖尿病の特集をしていた。糖尿病といえば、糖分の摂取を制限される病気だ

記事を読む

『コジコジ』カワイイだけじゃダメですよ

漫画家のさくらももこさんが亡くなった。まだ53歳という若さだ。さくらももこさんの代表作といえ

記事を読む

『夜明けのすべて』 嫌な奴の理由

三宅唱監督の『夜明けのすべて』が、自分のSNSのTLでよく話題

『きみの色』 それぞれの神さま

山田尚子監督の新作アニメ映画『きみの色』。自分は山田尚子監督の

『ベルサイユのばら(1979年)』 歴史はくり返す?

『ベルサイユのばら』のアニメ版がリブートされるとのこと。どうし

『窓ぎわのトットちゃん』 他を思うとき自由になれる

黒柳徹子さんの自伝小説『窓ぎわのトットちゃん』がアニメ化される

『チャレンジャーズ』 重要なのは結果よりプロセス!

ゼンデイヤ主演のテニス映画『チャレンジャーズ』が面白いとネット

→もっと見る

PAGE TOP ↑