『JUNO ジュノ』 ピンクじゃなくてオレンジな
ジェイソン・ライトマン監督の『JUNO ジュノ』は、エリオット・ペイジがまだエレン・ペイジ名義で俳優をしていたときの2008年の作品。10代の女子学生の妊娠を描いた作品。
この映画を観に行った頃、我が家にもちょうど妊婦がいた。まさにリアルタイムのお腹の大きな連れ合いとともに、渋谷の映画館・ヒューマントラストで、『JUNO ジュノ』を観た。同じ上映を観ていた観客の人たちも「あら、この人も妊婦さんなのね」と、連れ合いのお腹に視線を送っているを感じた。妊娠発覚から出産までを描いたこの映画。主人公ジュノは、我が家がこれから経験するであろう未知の領域まで進んでいってしまう。ちょっと不安もつのったものだ。
10代の妊娠がテーマとなると、我々日本人の発想としては、暗い未来しか想像できない。まずは彼氏が責任逃れのトンズラをする。主人公は両親から責められる。学校からは退学を言い渡される。世間という集団圧力に押しつぶされる。10代の妊婦は一瞬にして社会の落伍者になる。やるせない重苦しい悲劇しか待っていない。そんな映画、観たくもない。
でも『JUNO』は、絶対にそんな結末にはならない。映画を公開時に観ていた時の自分は、当事者意識が強かったせいか、この映画をあまり客観的に楽しめていなかった。いま見返すと、主人公ジュノが、どんなに明るくて強い人なのかがよくわかる。10代の妊娠というスキャンダラスな入り口ではあるけれど、けっして奇をてらうあざとい映画ではない。
ジェイソン・ライトマン監督は、『ゴースト・バスターズ』のアイバン・ライトマン監督の息子さん。お父さんの作風は、ブロックバスターな大道エンターテイメントだが、息子のジェイソンは、社会問題を扱ったシリアスな映画が多い。だからといってジェイソン作品は肩肘張ったものではなく、ものすごくカジュアルでオシャレ。観ていてとても気分が良くなる。なんでもジェイソン・ライトマンの次回作は、『ゴースト・バスターズ』の続編らしい。作風の違う父アイバン・ライトマンのあとを継ぐことになる。果たしてどんな作品になるのか楽しみだ。
『JUNO』が日本公開された時のポスターが話題になった。お腹の大きなエリオット・ペイジの横向きの立ち姿。エリオットが着ているボーダーのシャツがピンクと白。オリジナルで着ているボーダー色はオレンジと白。日本版ポスターだけローカライズされている。この配色の変更意図はすぐ察しがつく。「若い女の子なんだからピンクが好きでしょ。カワイイし」 安易な発想の配給会社のおじさんの鶴の一声。あの頃、女子がオレンジを着ることが流行りはじめた頃だと思う。当時の時流を読めば、オレンジの方が十分カワイかった。逆にピンクはダサめ。まあ、本編でジュノが着ているボーダーは、オレンジといよりはブラウンみたいだったけど。
映画鑑賞というものは、ただストーリーを追っていくだけが楽しみではない。編集や音楽の使い方、インテリアなど観どころはたくさんある。登場人物のファッションは、そのキャラクターの性格を知るための大切な要素。とても重要。その作家の意図を勝手に無視して、ファッションを変えてしまうなんて、オリジナルに対する敬意がない。宣伝の失敗で、本来集客できるであろう観客層を逃してしまうかもしれない。で、最近の『JUNO』の日本版DVDジャケットは、オリジナルのオレンジボーダーをジュノが着ているものに戻っている。先のクレームが日本の配給会社に聞こえたのか、これみよがしにオレンジボーダーがフィーチャーされたデザインだ。ちょっとこれもヤケクソじみている。
『JUNO』は、一見悲劇になりそうなプロットを、観客の予想を良い意味でどんどん裏切っていく。ジュノが周りに自分の妊娠を告白していく場面も面白い。ジュノの保護者、お母さんは継母だったりする。その確執もあるはずだから、どんな化学反応が起こるのか、楽しくて仕方がない。ジュノの楽天的な性格もあってか、彼女の周りには味方がどんどん増えてくる。ただ実際は、ジュノも好機の目で晒されて、悔しい思いもしている。そこにとらわれることがないのが、ジュノが物語の主人公たる所以。
望まぬ子どもができてしまうカップルもあれば、どんなに望んでも授かれないカップルもある。10代の妊娠も問題だが、不妊治療に悩まされるのも現代社会の大問題。すべては自己責任なのか? 映画は対照的な家族の姿を掘り下げて、さらに物語に深みが増す。人がひとりこの世に誕生することは、とても大変なことだ。世の中はいろんな立場の人の多様性によって成り立っている。
エリオット・ペイジはLGBTとして、以前よりカミングアウトしていた。最近になって男性名のエリオットに変更した。名前が男になったからといって、彼は初めから心は男で体が女だったことに変わりない。周りが認識するかどうかの違いだけ。エリオットがジュノを演じているとき、少年が少女を演じていたことになる。心が少年だから、どう演じたら女性的に見えるか、男目線で計算しているのだろう。とてもややこしいパラドックス。これは生きづらい。でもこの足枷がエリオット・ペイジの名優たらしめるものなのだろう。
人が困難にぶちあたったとき、暗く塞ぎ込むのは容易にできる。そこで踏ん張って顔をあげて前に向かっていくことが如何に重要か。ひと昔まえには、そんな姿をバカにする風潮があった。所謂冷笑系。でもいまは、バカで何が悪いと思えてくる。結局何かを成し遂げている人とは、明るく前向きな、良い意味でのおバカさん。バカになることは尊い。
妊婦が家族にいた以前の自分と、今回落ち着いて観直している自分とでは、この映画の印象がだいぶ違う。一人ひとりの登場人物に、優しく寄り添っているデアブロ・コーディの脚本も好感が持てる。ジェイソン・ライトマンの距離感のある演出も良い。時流を掴みつつ、変わることのない心の機微に触れている。実はウェルメイドな映画。この映画は優しく強い。集団圧力で、弱いものを虐め殺すような風潮がある現代だからこそ、偏見でものを見てはいけないことを教えてくれる。
そういえばあの頃、お腹の中にいたあの子は、もうすぐ中学生になろうとしている。時の流れは早いものだ。
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