『逃げるは恥だが役に立つ ガンバレ人類! 新春スペシャル!!』 結束のチーム夫婦も前途多難⁉︎
2016年に人気だった『逃げるは恥だが役に立つ』、通称『逃げ恥』の続編スペシャル版。なんとなしに途中から観ていたら、あまりの面白さに、小学生の子どもと最後まで観入ってしまった。人気テレビシリーズの続編スペシャルや劇場版は、つまらない作品が多い。ナメてかかっていました。ゴメンナサイ。配信で最初から観直してしまった。
このドラマは「ムズキュンドラマ」と宣伝されていた。でも実のところは、ラブコメに社会問題を織り込んだ、斬新な視点が最大の魅力。
主婦の労働対価とは?から始まった前回の連続シリーズ。今回のスペシャル版も社会問題てんこ盛り。夫婦別姓やLGBT、会社での産休・育休の取りづらさ、ルッキズム、女性の働きづらさ・生きづらさ、定期検診の曖昧さ、独身中年が大病を患ったときの不安、ワンオペ育児、そしてコロナ禍の閉塞感……。描くべき問題が多すぎて、テレビドラマとは思えないくらいの情報量。目が回る。
ちなみに2016年の前回の連続ドラマの時点で、主婦の労働(家事)を年収に換算すると、304万円になっていた。かなり高額だ。そうなると、家計のためと安易にパートに出るより、徹底的に家事に向き合った方が、生活のクオリティが上がることになる。政府は共働きを推進するが、これは各家庭によって事情が違ってくる。家族会議の必要性も、このドラマの最大のテーマ。
新垣結衣さん演じる主人公みくりさんは、大学院まで通った才女。それでも非正規の派遣社員の仕事にしかつけず、通っていた会社の矛盾点を指摘したがために「小賢しい女」と、契約更新を打ち切られたりしている。ドラマの中でも、彼女の頭の良さが要素要所に発揮されている。もし彼女が適材適所に就ければ、ものすごく能力を発揮できることだろう。高学歴でもそれを活かせない。これまでに費やした学費や、努力の投資がすべて無駄になっている。しかも学資ローンだったから返済も大変。「女だから」という理由だけで冷遇されてしまうのは、社会がまだまだ幼い証拠。女性を認めない損害は、個人レベルだけではなく、社会そのものにとっても大きな問題。先進国として恥ずかしい。昭和バブル脳やミソジニーは、もう卒業しないと国の存亡にも関わりかねない。
星野源さんが演じる夫の平匡さん。優秀なITエンジニア。ドラマではハッキリ言ってないけど、発達障害なのがわかる。博識で常識的だけど、人とのコミュニケーションが苦手。言葉足らずで、みくりさんとしばしば意思疎通の誤解が生じてる。結婚してから、ずいぶん表情が人間らしくなった。今後続編が展開していく中で、みくりさんがカサンドラ症候群になりかけるようなストーリーもあるかもしれない。
ネットで『逃げ恥』と検索すると、「逃げ恥 嫌い」と真っ先に出てくる。なんでもフェミニズムなところや啓蒙的なところが嫌なんだって。それじゃあこのドラマの価値を全否定だね。それだったら他のドラマを観ればいい。『逃げ恥』は、甘いラブコメの様相をした、社会への問題提起の辛いドラマ。コメディで明るく笑えるけど、観賞後ちょっと考えさせられる。そんなエンタメは自分は大好物。現実逃避してないところがいい。もしかして、世の反響が盛り上がってるところに、一石投じたいだけの、かまってちゃんが批判をつぶやいてるのかしら?
ラブコメの結末は、たいてい男女が結ばれたところで終わる。ひと昔前なら、結婚は人生の墓場とか終着駅とか言われていた。実のところは、結婚してからの方がいろいろ起こる。第二ラウンドの始まり。でも劇作品で、地道な結婚生活をじっくり描いている作品は案外少ない。まだまだエンターテイメントで扱うべき未開の題材は山ほどある。結婚でラブコメが完結してしまうのでは前時代的。夫婦というチームが、立ち向かうべき敵はあまりにも多すぎる。悲しいかな、社会は結婚や育児にとても冷たい。
本来仕事とは生活を形成するためにするもの。いつの間にか、仕事先にありきの世の中になってしまった。普通に働いただけでは、とても生活していけない賃金設定。非正規雇用なら、経済的に将来の夢は見ずらい。正規雇用なら、まず自分のプライベートの時間なんて望めない。どっちにせよ、仕事のためだけに生きている奴隷になってしまう。仕事と生活の相性が悪すぎる。そりゃあ少子化にもなる。社会のシステムがどうもおかしい。
みくりさんちご夫婦は、仕事ができる優秀な人たち。それなりに高収入。まだ選択肢がある。それでも結婚して出産・育児していくのに、前途を阻む障害が多い。新婚夫婦の最大の敵は、社会制度そのものだったりする。育児をしていく上での、この国の社会保障はあまりにも手薄。いままで政治に無関心だった人も、結婚してから選挙にちゃんと行くようになった、なんてよく聞く話。
そういえば我が家も「眠りつわり」だったっけ。新婚なのにパートナーがずっと眠ってて、独身みたいだった。
男なんだから、家長なんだから、いい父親にならなければ。自分自身を苦しめる呪いの言葉。平匡さんが追い込まれていく。奥さんの方が大変なはずだから。あれもやらなきゃ、これもやらなきゃ。それでは夫も体を壊してしまう。育児鬱になるパパさんが社会問題になったこともある。もうイクメンなんてあたりまえの時代。家事をまったくしない昭和気質のパパさんなんて、あまり聞かなくなった。でも社会はまだ男の育児なんて許してくれない。育休の権利はあるけれど、それだけ。すべて自己責任。制度はあるけど使えない。制度ができただけ、10年前よりはマシ。でも、またまたこれもおかしな話。
自分や家族も健康で、120パーセント仕事に集中できる状態を想定して、社会が成り立っている。それでは自分や身内に何か起こった場合、個人は、一瞬にして滑り落ちてしまうことになる。これが将来への不安感につながっていく。
『逃げるは恥だが役に立つ』というタイトルを回収するように、この困難な道のりも、みくりさんたちは工夫で乗り越える。臨時に家政婦さんを頼んだり、無痛分娩で計画出産を選んだり。先進国のほとんどが無痛分娩をしているのに、日本ではあまり導入されていない。施術料金が高額なのも問題だ。子どもは腹を痛めて産むからこそ意味があると、根拠のない化石時代の慣例論がはびこる。この夫婦にはそんなつまらない同調圧力に屈することはない。ドラマで無痛分娩の場面を観たのは初めて。こんなにラクなんだ。我が家も導入したかった。こういった情報は、どんどん啓蒙してほしい。
ただでさえ大変な出産。そんな中にこのコロナ禍が入り込んでくる。脚色の妙。今の混乱期に妊娠出産した人たちの苦労を想像すると胸が痛む。コロナをドラマで描いている作品があまりに少ないのが不思議。こんな歴史的な有事を、リアルタイムで取り扱わない手はない。時代を象徴するためにも、マスクのある生活を表現する必要がある。我々の日常生活を変えてしまったコロナ禍。マスクを着用した前提でのファッションだってある。ドラマが雑誌的要素もあるなら、尚のことコロナを無視できない。
現代社会の生き方にじっくり向き合った『逃げ恥』。ファッションもインテリアも、ドラマ表現にありがちな、ファンタジックに高額な品ばかりでてくることはない。なんだかすぐに真似できそうなオシャレ感がいい。いかにお金をかけないで、満足感を持って生活していけるか。今後、現代社会を生きる上での最大の課題。
みくりさんと平匡さんは、きちんと生活を考えて生きている。それでも生きづらい。カワイくオシャレ、まじめに心穏やかに生きているだけなのに、なかなか幸せになれない。お互いをリスペクトし合った、結束の硬い「チーム夫婦」でもこれだけ苦労する。自助とか自己責任は、もうやり尽くされた。
個人個人が幸せを感じたり、将来に気軽に夢を抱けるのが理想の社会。人権が軽視されることがないように。人の尊厳を考えれば、フェミニズムも自然と含まれてくる。人は誰でもどこかでマイノリティに属してる。多様性を認めることは、自分自身を救うこと。これといった思想がなくとも、自ずとそこにたどり着く。
影響力の高いテレビドラマで、これだけ新しいライフスタイルの提案シミュレーションをしてくれるのは、とても貴重。暗く重い現実を突きつけられて、塞ぎ込んでしまいそうなところを、明るい方向へ導いてくれる。ひとつの作品が、世の中の流れを変えてくれることもある。
ドラマのラストシーンでは、家族はマスクを着けていない。現実には今はまだ、コロナ禍の収束が見えそうにない。だからこそ、希望の未来がそこに描かれている。
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