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『チャレンジャーズ』 重要なのは結果よりプロセス!

公開日: : 映画:タ行, 配信, 音楽

ゼンデイヤ主演のテニス映画『チャレンジャーズ』が面白いとネットで話題になっていた。なんでも劇伴がテクノとか。自分はテクノが好きなので、スポーツものの試合場面で、上手にテクノミュージックがシンクロするような演出があれば、それだけでノってしまうだろう。ゼンデイヤがテニス選手役というのも、まさに的役の説得力。そういえば自分の子どももテニス部に入っている。自分も中学生のとき、少しだけテニスをやっていたのを思い出した。

『チャレンジャーズ』の監督は『君の名前で僕を呼んで』のルカ・グァダニーノ。ゼンデイヤをめぐる三角関係の話だと聞くと、ドロドロの恋愛ものなのだろうと想像できる。『チャレンジャーズ』への期待は高まる。ルカ・グァダニーノ監督は近年はホラー映画を多く撮っているとのこと。『サスペリア』のリメイク作も、彼の監督作だとか。自分はホラー映画は苦手だが、『君の名前で僕を呼んで』の監督のホラー映画なら、ちょっと興味が湧いてくる。

ネットと現実との乖離は、実感としてよく知っている。評判がいいからといって、その映画がヒットしているとは必ずしも言い難い。昨今、映画館で映画を鑑賞するという行為は、かなりの贅沢なレジャーとなってしまった。物価の高騰で、映画館の入場料もどんどん高騰してきた。ただでさえ、世界からみて日本の映画館の入場料は高いのに、それに拍車をかけてしまった。学生割引やシニア割引のきかない一般層からすると、もう気軽に映画館へは行くことができなくなった。

配信サービスが充実してきたのをきっかけに、映画館で映画を観るより、自分の家で気軽に映画を観る方がいいよ、となるのは当然の流れ。少ない客から多くを稼ごうと、映画館側からはIMAXなどの高額ラージフォーマットの鑑賞を勧めてくる。この不景気な世の中で、一本の映画を観るだけで3千円前後かかってしまうなんて、もう怖くて映画に集中できなくなってしまう。

近所の映画館を調べてみると、案の定『チャレンジャーズ』の上映が少ない。上映回数が少なかったり、早朝いちばんや夜遅い上映時間に追いやられているのはあたりまえ。そもそも上映すらしていないシネコンも多い。今は洋画が不人気。もう洋画は映画館で観るなとでも言われているみたい。

最近の映画館は、映画作品を上映するよりもK-POPアーティストのライブ映像上映や、アニメ関係のイベント上映の方に力を入れている。その方が確実にお客が集まる。ショッピングモールにある映画館に人が集まる。なんの映画を観に来たのかと想像しても、話題作は見当たらない。そういったときは大抵イベント上映だったりする。ファンの中で事前告知され、劇場にもポスターが貼られていないので、どの作品の観客なのかさっぱりわからない。部外者からはまったく状況が見えてこないステルス上映会。今後、映画館は映画を上映するよりも、ニッチな客層のイベント上映が、プログラムの主流となっていくのだろう。

『スパイダーマン』シリーズや『DUNE』シリーズのゼンデイヤ主演ということで、『チャレンジャーズ』はスター映画でもある。観客のほとんどはゼンデイヤ目当てだと思う。

ゼンデイヤ演じるタシは、学生時代からテニスの花形選手として注目を浴びてる。試合中の事故をきっかけに選手生命を絶たれ、以降はコーチとして活動をしている。そのコーチに就く選手がジョッシュ・オコナー演じるパトリックと、マイク・ファイスト演じるアート。2人の男性選手をタシが行ったり来たりする。今までの概念から捉えたら、1人の女性を2人の男性が略奪しあう話なのだとシンプルに思えてくる。実際にタシを演じるゼンデイヤはスター俳優だし、翻弄される男性2人の俳優は、日本ではまだ無名に近い。この3人の男女の関係性は、俳優たちの現状の立ち位置によく似ている。

ただ現代は多様性の時代。男と女が恋愛関係になるとは一概に言えない。パトリックとアートは、子ども時代からテニスを一緒にやっている幼友だちでもある。人生のほとんどを共に過ごしてきた、2人の選手の絆は深い。友人というだけではなく、BL的な関係性も孕んでいる。そこにスター性のある女性・タシが割り込んできて、バランスを崩していく。単純にタシがどちらかの男性を選べば終わりという話ではなくなっているのが面白い。

映画の主流は、コートに対峙するパトリックとアートのテニスの試合場面となっている。そこにここまでに至るエピソードを、回想と試合とを同時進行でストーリーが進んでいく。これは最近の日本のスポーツアニメでよく使われている手法。それこそ『THE FIRST SLAM DUNK』や『ハイキュー!!』の劇場版でもこの手法は使っていた。この試合の華舞台に立つまでの物語を、ほぼリアルタイムな試合展開と回想とで話は進んでいく。『チャレンジャーズ』のスタッフが、はたして日本のスポーツアニメを知っているのかどうか。監督のルカ・グァダニーノは、『君の名前で僕を呼んで』のサントラに坂本龍一の曲を使っていたから、日本の文化には通じているかもしれない。『チャレンジャーズ』の構成に、日本のスポーツアニメが影響していたとしたら、なんだか嬉しい。

『チャレンジャーズ』の劇伴にはテクノサウンドが使用されている。ルカ・グァダニーノ監督が坂本龍一のファンならば、テクノとクラシックは好みだろう。誰が『チャレンジャーズ』の音楽を担当しているのかと調べると、ナイン・インチ・ネイルズのトレント・レズナーと、そのプロデューサーのアッティカス・ロスの連名となっていた。音楽担当はほとんどナイン・インチ・ネイルズと言っていいくらい。

劇伴の使われ方が、映画音楽の専門作曲家とはちょっと違うところも新鮮。テニスの試合の場面にテクノサウンドをガンガンに響かせるものと思いきや、意外とおとなしめに曲がかかっていたりする。日常的な場面でもテクノが響いてくる。どうやら登場人物の誰かの感情が高まってきたときに、テクノサウンドが鳴り始めるようだ。音楽が流れ始めれば、観客の我々は「何かがきたぞ」と無意識のうちにワクワクし始める。他人の不幸は蜜の味。観客の我々が劇物語に触れるときは、たいてい登場人物たちのトラブルに期待している。このトラブルの匂いが、下世話な楽しい気分と相乗効果として表面化していく。

映画で描かれている現在は、パトリックとアートの試合当日。そこで描かれている現在でのアートは、タシと結婚していて小さな娘もいる。アートは世界的な選手として成功していて、欲しいものは全て手に入れている。反対にパトリックは、貧しさの真っ只中。世界選手となったアートに挑戦して名を上げようとしている。かつてはダブルスのチームだったパトリックとアートの戦いは、普通に考えれば、挑戦者であるパトリックにとって精神的に辛いものとなる。でもなぜか挑戦者パトリックの方が意気揚々としていて、成功者であるアートの方が元気がない。

この映画の面白いところは、登場人物の3人は、お互いのことが性別を超えて好き合っているということ。そしてその3人の中で、誰がいちばんになるかがもっとも重要だということ。3人の中でいちばん上に立つことで、このゲームは終了してしまう。現状を維持して守るだけの人生なんて味気ない。腑抜けになってしまうアートの姿は、この3人の誰がその立場になっても同じ状態になてしまうことが考えられる。この人たちは争ってこその人生。刹那的に優位に立つことが、いちばんの人生の楽しみなのだろう。勝利を勝ち得るのは一瞬の喜びでしかない。勝ってしまってはもう挑戦はできない。その先のない勝利は生き甲斐を失うことを意味している。

タシにとっては、パトリックとアートのどちらが自分を選ぶかということよりも、この2人の愛憎関係を翻弄することの魅力の方に憑かれている。パトリックとアートも、お互い競い合う大義名分が必要となる。勝利者からしてみれば、勝つことがゲームオーバー。敗者が自分に挑戦しなければ、これでお終い。勝利者の方が精神的に追い詰められるという矛盾。3人が三者三様で戦う理由を見つけたときのカタルシス。奇妙な三角関係。これでは、この3人のうち誰かが死なない限りは、永遠にゲームを戦い続けなければならない。

映画は、どうやって撮影したのかわからないようなカメラワークで、激しく試合を演出していく。略奪が判明したとき、怒りよりも笑みがこぼれてしまうというのが面白い。この人たちはハプニングを求めている。『チャレンジャーズ』というタイトルの意味回収されていくところも気持ちがいい。ドロドロとしている心情を描いているにも関わらず、清々しい気分になってしまうのだから、不思議な映画だ。人間の持つ感覚には、まだまだ経験したことのないものがあるものだ。この映画には結末はないのだと思わせる。今この瞬間も、この3人は世界のどこかで、互いに挑戦し合っているのかもしれないと思えてくる。COME ON‼︎

 

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