*

『デューン/砂の惑星(1984年)』 呪われた作品か失敗作か?

公開日: : 最終更新日:2021/02/28 映画:タ行, , 音楽

コロナ禍で映画業界は、すっかり先行きが見えなくなってしまった。ハリウッド映画の公開は延期に次ぐ延期。世界の映画産業はすっかり止まってしまった。それに引き換え日本の映画館は、『鬼滅の刃』の大ヒットもあって、ちょっと世界とは様相が異なる。日本の映画館での上映プログラムは、国内完結型の邦画作品ばかりラインナップされている。海外作品が好きな自分にとっては、映画館自体に興味が遠のいてしまう。

ドゥニ・ヴィルヌーヴの最新作『DUNE』がもうじき公開予定。今後のハリウッド映画がどうなっていくのかは誰にもわからない。ワーナーは『ワンダーウーマン1984』のリリースは、劇場公開と配信を同日から開始するらしい。『DUNE』も同じワーナー作品。このワーナーのリリース方法に、製作陣から総スカンを食らっている。今後どうなるか、動向に注目だ。

フランク・ハーバートのSF小説『デューン』は何度も映像化が試みられている。ドキュメンタリー映画『ホドロフスキーのDUNE』では、アレハンドロ・ホドロフスキー監督が、この原作の映画化に挫折した経緯が語られている。そして1984年にデヴィッド・リンチ監督で映画化している。でもこのリンチ版『デューン』ついては、映画ファンの間でもあまり語られることはない。リンチの作品の流れからすると『エレファントマン』と『ブルー・ベルベット』、『ワイルド・アット・ハート』の頃に発表した作品。ノリに乗ってる時期の作品。ズバリ言ってしまえば、失敗作扱い。自分も公開当時にリアルタイムで観ていると思うが、ほとんど記憶に残っていない。

怖いものみたさでデヴィッド・リンチ監督の『デューン』をあらためて観てみた。こちらは1984年に製作された映画、1994年には再編集版も製作されたらしい。自分のデヴィッド・リンチとの出会いは『エレファントマン』。感動作という謳い文句だったけど、その映像美のほうが印象的だった。障害を持った主人公の理不尽な現実を描かれて不快感こそすれど、感動にはつながらなかった。今で言う感動ポルノに当てはまる。別の意味で問題作になりそうだ。

のちに自主制作でつくった長編第1作『イレイザー・ヘッド』を観た。なんだかこちらの方が『エレファントマン』よりしっくりときた。まだ10代だった当時の自分は、突拍子のない悪夢的な映像表現に、新鮮なショックを受けた。20年以上過ぎて、自分が親になってから観直すと、『イレイザー・ヘッド』は育児鬱の心象風景を描いているのがわかる。普遍的なテーマで、突拍子のない世界などではない。リンチはカルト監督だけど、あるポイントに気づけば、道理に沿った作風なのだと気づいた。つくづく『エレファントマン』は雇われて作った作品なのだと気づく。「『イレイザー・ヘッド』のビジュアルで感動作つくってよ」と、当時のプロデューサーの嫌らしい声が聞こえてきそうだ。

デヴィッド・リンチ版の『デューン』は、悪役がとにかくおもしろい。シンガーのスティングが殺し屋の役をノリノリで演じてる。まるで『ブレードランナー』のルトガー・ハウアーのような、キレッキレの悪役だ。いちシンガーとは思えないような、鍛え上げた身体を見せつける。もうこれだけでこの映画は観る価値がある。

そしてもう1人、伯爵と呼ばれてるデブのおじさん。肥満が行き過ぎて、自分で移動できないのでプカプカ浮いてる。脂ぎって肌もボロボロ。大声で笑いながら天を舞う。醜い。でもなんだかとても楽しそう。映画やドラマの悪人はとにかく笑う。自分の野望を叶えるという目標を持ち、いつも笑っている。なんてポジティブ。悪人でいるほうが健康に良さそうだ。幸せそうな悪人をみると、普段は絶対にそんな風に生きられないので、ストレス解消になる。

あと黒幕で巨大な芋虫みたいな宇宙人が出てくる。そいつも非常に気になる。映画は説明不足なので、そういつが何者なのかサッパリわからない。もう理屈は超えている。考えなくていいのだ。

カイル・マクラクランが演じる主人公もよくわからない。というか、苦悩している主人公は、観ていてこちらも暗くなる。感情移入したくない。デヴィッド・リンチは、狂気の悪役にしか興味がない。もう原作の完全映像化は早々に諦めている。

「君は選ばれし者だ」と言われている主人公のSFやファンタジーは、前世紀の定番だった。観客や読者はどこか皆、自己肯定感が低い。みにくいアヒルの子のように自分を追い込んでいる。いつしか自分も白鳥になれるのではと、仄かな期待を胸に秘める。ボクも「選ばれし者」なのだと現実逃避。でももう選ばれし者の物語なんて見たくもないし、信じられない。

人の尊厳を無視してきた今までの社会。それを変えていこうとする動きが、年々世界的に育ってきている。ちょっと前に流行った歌謡曲ではないが、誰もが「そもそも特別なオンリーワン」という考え方だ。世界的な不景気が長く続き過ぎて、経済や成功を追い求めて頑張っても、成果が出なくなってきたからだろう。

ただがむしゃらに頑張ったり、無理矢理成功にこじつけようとしたりすると、誰かを蹴落とさなければやっていけない。もしくは、ただただその頑張りを、権力者に搾取されて疲弊するだけ。現代では、経済や成功に向けて頑張るより、もっと大切なものを見出さなければ生きていけない。足元を見つめよ。

2000年代に入ってから、ファンタジー作品の主人公たちの人生の選択肢が変わってきた。選ばれし者と言われた主人公が、普通の人として生きていくことを選ぶ。伝説の英雄になるよりも、ささやかな幸せを選択する。『ハリー・ポッター』や、日本で大人気の『鬼滅の刃』の炭治郎がそれ。現代的な主人公たちの行動を通して考えさせられる。出世することや、誰かに認められることが本当の幸せではないと。『ハリー・ポッター』や『鬼滅の刃』の作者が女性なのも意味がある。

ボクもオンリーワンかもしれないけど、周りのみんなも同じくオンリーワン。「自分だけは特別」なんて考え方は利己的だ。これからは多様性の時代。いろいろあって、認め合いながら社会を育てていく。誰か特別な1人が救世主になって、社会の仕組みを変えるなんてことはない。みんなで工夫してつくっていく社会が理想だ。多様性を協調し合える世の中ならば、もう救世主なんていらない。

そうなると、今更『デューン』のような主人公の姿は時代遅れ。人は変わっていく必要もなければ、自分を無理に押し殺すこともない。それこそ、どこぞの国の陰謀説をのたまうよりも、今日食べたみかんが甘くて美味しかったことの方が重要事項だ。

ヴィルヌーヴは好きな監督だけど、今度の映画化も地雷臭しかしてこない。呪われた原作というか、そもそも映画化に向いてない企画なのだろう。題材が時代遅れで、暗い印象ばかりの『デューン』。プロデュース側のセンスが問われる。でもこのコロナ禍でハリウッド映画が激減した今だから、やっぱりヴィルヌーヴ版『DUNE』も楽しみにしている自分がいる。

デヴィッド・リンチ版の『デューン』は、驚くようなビッグ・バジェットで製作された偉大なる失敗作。ある意味とても贅沢な作品。リンチからしたら黒歴史かもしれないけれど、今だにカルト・ムービーとして密かにファンがいるのもうなづける。A級の製作費でB級映画が作られている。ちょっと珍味としてクセになりそう。まあそりゃあ万人向けではないのは確かだけど、そもそもSF映画が万人向けのジャンルではないのだから仕方ない。

企画の段階でかなり危険な道を選ぶハリウッドのプロデューサー陣の考えはいかに?

関連記事

『思い出のマーニー』 好きと伝える誇らしさと因縁

ジブリ映画の最新作である『思い出のマーニー』。 自分の周りでは、女性の評判はあまり良くなく

記事を読む

『ベイビー・ドライバー』 古さと新しさと遊び心

ミュージカル版アクション映画と言われた『ベイビー・ドライバー』。観た人誰もがべた褒めどころか

記事を読む

『コジコジ』カワイイだけじゃダメですよ

漫画家のさくらももこさんが亡くなった。まだ53歳という若さだ。さくらももこさんの代表作といえ

記事を読む

『クラッシャージョウ』 日本サブカル ガラパゴス化前夜

アニメ映画『クラッシャージョウ』。1983年の作品で、公開当時は自分は小学生だった。この作品

記事を読む

no image

『君たちはどう生きるか』誇り高く生きるには

  今、吉野源三郎著作の児童文学『君たちはどう生きるか』が話題になっている。

記事を読む

『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』 変遷するヒーロー像

コロナ禍の影響で、劇場公開の延期を何度も重ね、当初の公開日から1年半遅れて公開された007シ

記事を読む

『超時空要塞マクロス』 百年の恋も冷めた?

1980年代、自分が10代はじめの頃流行った 『超時空要塞マクロス』が ハリウッドで実写

記事を読む

『トップガン』カッコいいと思ってたけど?

「♪ハーイウェイ・トゥ・ザ・デンジャゾーン」風にのって歌が聴こえてくる。これは……、映画『ト

記事を読む

『ターミネーター/ニュー・フェイト』 老人も闘わなければならない時代

『ターミネーター』シリーズ最新作の『ニュー・フェイト』。なんでもシリーズの生みの親であるジェ

記事を読む

no image

関根勤さんのまじめな性格が伝わる『バカポジティブ』

  いい歳をした大人なのに、 きちんとあいさつできない人っていますよね。 あ

記事を読む

『ミッション:インポッシブル デッドレコニング PART ONE』 はたして「それ」はやってくるか⁈

今年の夏の大目玉大作映画『ミッション:インポッシブル』の最新作

『aftersun アフターサン』 世界の見え方、己の在り方

この夏、イギリス映画『アフターサン』がメディアで話題となってい

『ブレイブハート』 歴史は語り部によって変化する

Amazonプライムでメル・ギブソン監督主演の『ブレイブハート

『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』 マルチバースとマルチタスクで家庭を救え!

ずっと気になっていた『エブエブ』こと『エブリシング・エブリウェ

『RRR』 歴史的伝統芸能、爆誕!

ちょっと前に話題になったインド映画『RRR』をやっと観た。噂ど

→もっと見る

PAGE TOP ↑