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『ロボット・ドリームズ』 幸せは執着を越えて

公開日: : アニメ, 映画:ラ行, 配信, 音楽

『ロボット・ドリームズ』というアニメがSNSで評判だった。フランスとスペインの合作でアメリカが舞台。世界では3Dアニメが全盛にも関わらず、この作品は手描きの2Dアニメでつくられている。ヨーロッパで制作されているのに舞台は1980年代のアメリカ・ニューヨーク。まだその時代にはワールドトレードセンタービルもある。地下鉄の治安の悪さが問題だった頃を思い出す。登場人物は擬人化された動物とロボット。セリフはひとこともない。キャラクターたちは表情と動きで感情すべてを表現する。それでも彼ら彼女らが、何を思っているか、ちゃんと理解できてしまう。なんとも不思議なアニメ。

サイレントでロボットが主人公というと、真っ先にディズニー・ピクサーの名作『ウォーリー』を思い出す。『ウォーリー』は映画の前半がロボット同士の交流だけだったため、言葉を交わす意外のコミュニケーションが描かれていた。人間が出てこないという新しい表現で、とても面白かった。後半になって人間が登場してくるのでセリフが出てくる。アニメは言葉を越えた表現ではあるけれど、どうしても言葉に頼ってしまうところがある。

2Dアニメといえば日本の専門分野のようなところがある。日本も一時期は3Dアニメに挑戦しようとしたときもあったが、なにせ予算がつかない。安く作品をつくるには、つくり手の工夫と努力しかなくなってくる。要は安い賃金でたくさん働いてくれる人材の力に頼ることにならざるを得なくなる。好きな仕事で給料をもらえるのだから文句はないだろうと、やりがい搾取が横行してしまう。アニメーターは50歳を越えたとたんに、命に関わる病気になるとよく言われていた。

『ロボット・ドリームズ』がどんな経緯で、あえて2Dアニメでいこうとなったのか知りたい。手描きでつくられているので、独特の温かみがある。絵本のような印象。

そういえば日本のアニメは、動きがどんなにすごくても、やり過ぎなくらい説明過多のセリフ責めだったりする。映画ファンからすると、この理屈責めは無粋にすら感じてしまう。セリフでぜんぶ語ってしまうので、誰が観ても同じ印象になってしまう。登場人物のひとり語りで、心情のすべてを語ってしまう。これから起こることも、とりあえずセリフで事前にぜんぶ説明して、ストーリーはあとからそれをなぞっていく。観客に想像させてくれるような余白をつくってくれない。それは日本のアニメ作品の欠点ではあるのだけれど、そういった表現をしなければならない事情もあるらしい。ある一定の客層が、セリフですべて説明することを求めているとのこと。

ここで理屈っぽいオタク層の人々の姿が浮かんでくる。自分も充分オタクなので、これは自分とはまた違ったタイプのオタクをさす。自分はミーハーなので、ひとつの作品に執着することはあまりない。あっちへ行ったりこっちへ来たりと作品を飛び交うのが楽しい。むしろひとつの作品ばかり観ているとすぐ飽きてしまう。ひとつのジャンルやひとつの作品にのめり込んでいく沼気質のオタクではない。ものごとにハマりすぎてしまうと、自然と視野が狭くなってしまう。それはとても怖いこと。ひとつの作品との出会いで、その作品のルーツを調べるきっかけができて、さらに視野が広がる人もいれば、逆にその作品だけに執着して、どんどん他が見えなくなってしまう場合もある。後者は精神疾患を疑った方がいい。ものごとには適切な距離感というものがある。

すべてを説明しなければならない心理というのもなにかある。森羅万象のすべてに理屈をつけるのは難しい。わからないものをわからないまま楽しむ余裕は大事。オタク気質を拗らせて、病気になる人も多い。病気の人がアニメにハマりやすいのか、アニメにハマったから病気になるのか、よくわからない。

『ロボット・ドリームズ』は、日本のアニメとはまったく違った作風のアプローチ。キャラクターの線は極力少なめなシンプルなもので、動くときはめちゃくちゃ動く。動きというのは、その人の性格がそのまま出てくる。生成AIが進んで、過去の写真を動かすことができるようになった。でもそこで動いている人の姿は、自分が知っているその人ではない。その人となりの認識は、容姿だけではない。その人の動きから醸し出す雰囲気も、その人と判断する要素として大きい。『ロボット・ドリームズ』のキャラクターたちは、止まった絵で見てしまうと、シンプル過ぎて味気ないくらい。むしろ今の日本のアニメのデザインが複雑になり過ぎているのだろう。

この映画の主人公である犬とロボットは、とてもかわいい。擬人化されたその人(?)たちは、どんなに孤独であったり困難にあっても口角が上がっている。そこがいじらしくもあり、観客が好感を抱いてしまう。笑顔の大切さをあらためて感じさせる。そうなると観客としては、どうしてもこの人たちに幸せになって欲しくなる。

『ロボット・ドリームズ』は、お涙必至の映画との噂を聞いていた。悲しい話は観たくない。確かに切ない話ではあるけれど、鑑賞後はなんだかハッピーな気持ちになる映画だった。セリフがなく、動きだけでみせていくこの映画は、それこそ余白がたくさんある。年齢や性別によって感じ方も変わってきそう。擬人化されているので、犬とロボットの関係が友情にもみえるし、恋愛関係にもみえる。映画で描かれる2人の蜜月期は、予想していたよりもはるかに短い。その幸せな日々は、記憶の中でどんどん美化されて永遠にすら思えてくる。これが従来のアニメだったら、その永遠に思える記憶に執着した、過去の栄光探しの旅となってしまうことだろう。それはそれでいいけれど、執着からはあまり人は幸せにはなれそうにない。

アドラーの心理学は、人には過去も未来もなく、今だけがあるという。過去が今の自分に影響を与えてはいるけれど、過去を理由に苦しむのはおかしなこと。かといって、まだどうなるかわからない未来のことで悩んだりするのはあまり意味がない。未来という夢物語に現実逃避するなど、お門違いもいいところ。この映画の主人公たちは、彼らなりに自分の人生をより良いものにしようと動きだす。うまくいかないことが多いのだけれど、動いている者はいつしかささやか幸せをみつけることができる。それがもしかしたら、最初に目指していた幸せとはちょっと違かったりもする。それが人生のおもしろいところ。もし神様がいるのなら、神様はかつて自分が願ったものとは異なった形で、その夢を叶えてくれていたりする。これが執着にとらわれてしまうと、願ったものと違った顔をして現れた幸せの存在に気づかなかったりもする。人生というのはなんとも皮肉なものだろう。

きみも幸せ、ぼくも幸せ、ならいいよね。作品のテーマはそこにある。ときに身を引くことで、いまもっとも幸せの道を選択したことにもなる。人が人生でできることには限りがある。何かを得るときは、案外何かを手放す覚悟を決めたとき。何を取捨選択していくか。本当に人生って皮肉でいっぱい。これもフランス文化的なのか。エスプリマインドがこの作品にたくさん忍び込んでいる。この映画は、かわいらしいキャラクターで子どもたちは好きになるだろうし、大人はついつい自分の人生を見つめ直してしまう。

自分はこの映画は恋愛ものだと思っている。人生には、お互い好き合っているのにうまくいかないこともある。恋愛がうまくいくのは、お互いの気持ちだけでなく、環境やタイミングもある。縁があるときは、周りの空気すら自分たちに味方して、話がトントン拍子に進んでしまう。やはりその流れを素直に感じて乗っかる軽さが、人生を楽しくさせる可能性につながってくる。

過去の思い出を懐かしむのは、男性特有のものとも思える。女性からすると、元カレとはもう二度と会いたくないという人が多い。どうも再会したときに、身の危険を感じてしまうとのこと。腕力で来られたらたまったものではない恐怖というのは、自分が男だから感じたことがない感覚なのだろう。女性の方が過去の恋愛を引きずらないというのは、先に進まないとやっていけないからであって、仕方がなく割り切っているだけなのかもしれない。

『ロボット・ドリームズ』は、割り切りの映画。日本のアニメではあり得ないような価値観。さっぱりきっぱりが気持ちいい。相手を想う気持ちはさまざまと思わされる。絵柄のとおり、優しい映画だった。

 

 

 

 

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