『ホドロフスキーのDUNE』伝説の穴
アレハンドロ・ホドロフスキー監督がSF小説の『DUNE 砂の惑星』の映画化に失敗したというのは、SF映画ファンの中では有名な話。でもその詳細はよく知らない。そこのところを、監督本人のインタビューをメインに構成したのが、このドキュメンタリー映画『ホドロフスキーのDUNE』。
ホドロフスキー監督といえば、『エルトポ』や『ホーリーマウンテン』などの作品が有名。自分はミニシアターブームの80年代後半に、復刻上映で知った。当時『エルトポ』は、ジョン・レノンがあまりに気に入りすぎて映画の版権を買い取り、一般公開が制限されたとか言われてた。
自分が初めてホドロフスキー映画に触れたのは10代の頃。もっとも多感で、分別もつき始めた年代だ。このシュールでアバンギャルド、暴力とエロスと笑いが混在する世界観に戸惑った。これがカルトムービーというものなのか!
『ホドロフスキーのDUNE』の冒頭、監督の映画企画意図として「ドラッグに頼らないトリップ感覚を、映画で表現したい」と言っていた。この言葉で、ホドロフスキーの他の映画が示すよう、完成された映画の姿がはっきりイメージできた。難解と思われていたホドロフスキーの作品も、とてもわかりやすく紐解いてくれる。観客は純粋に怖がって笑えばいい。
ドキュメンターのインタビューに答えるホドロフスキー監督は、ハンサムでとても明るくパワフル。魅力的な人物。カリスマ性という言葉が当てはまる人。この人にだったらついていきたいと思ってしまう。作品の印象から、怖い人なのかと先入観を抱いてしまいがち。でも彼の発する言葉の一つひとつは、とても明快でわかりやすい。多くの人が大好きになってしまいそうな人だ。それゆえの危うさ。
とかく暴力を扱った作品の作者というのは、心優しい好感のもてる人が多い。暴力と向き合うことで、己の中の悪を浄化しようとしてるのかもしれない。自分の中の凶暴性に正直だからこそ、自分にも他人にも親切になれる。綺麗事はそこにはない。
むしろ生温く甘ったるい世界ばかりを描いている人は怪しい。邪悪なものを感じる。ホドロフスキーは、簡素でわかりやすい言葉で高尚な世界に導いている。
ホドロフスキーが企画途中の映画『DUNE』のスタッフキャストを世界中から集めてくる。いま振り返ると、みんなハリウッドの名だたる巨匠ばかり。ただ、この時はみな無名のアーティスト。ホドロフスキーの人を見る目の確かさが伺える。人選の基準が「有名人だから集めてみました」では、興醒めもいいところ。
興味深いエピソードでは、『2001年宇宙の旅』で大成功したダグラス・トランブルを振ったところ。「君はただの技術者だ。僕が欲しいのは芸術家だ」とバッサリ。なんとも痛快。
結果として映画『DUNE』は、撮影寸前でハリウッドから中止命令が下る。ドキュメンタリーを見る限りでは、もしこの映画が完成していたら、映画史に残る名作が生まれていたに違いないと、残念に思う。
プリプロダクションの段階で終わった『DUNE』の資料は、どこかの映画で見たものばかり。のちに製作される多くのハリウッドSF映画に、ホドロフスキー版『DUNE』の遺伝子が影響されて生きている。完成しなかった映画だからこそ、今まだ作り続けられている映画なのかもしれない。あの映画もこの映画も、ホドロフスキーの息がかかっている。
これだけ凄そうな映画企画なのに、なぜ実現しなかったのだろう? ドキュメンタリーは、ホドロフスキー目線なので、そこのところはよくわからない。結果的にハリウッドは、ホドロフスキーだけを弾いたことになる。ハリウッドはホドロフスキーを危険視したとしか思えない。
そういえば80年代にホドロフスキーは、日本の『風の谷のナウシカ』や、『AKIRA』の実写映画化権が欲しいと言っていたような。それらの作品がまだ世界で評価される前のこと。マンガの実写化なんて、まだ誰も考えていない時代。なんて先見の明があったのか。いや、早すぎて周囲が理解できなかったのかも。
ホドロフスキーはこのドキュメンタリーの中で、「自分がやりたいのは金儲けではない。芸術がやりたいのだ。そのために貧乏したって、命をへずったっていい」と言っている。なんとも高尚だし、それくらいの意気込みがなければ名作は生まれない。
ホドロフスキーは、ハリウッドの拝金主義を大いに批判している。実際、いまのハリウッドでは、芸術性よりも生産性の方が求められている。芸術家タイプのクリエーターは早々にハリウッドを後にする。残る人材は、従順に使いか、割り切った人たちだろう。夢の都ハリウッドも、カネの帝国となった。パワハラとセクハラの巣窟。夢もつい果てた。外国映画がアカデミー賞を獲るのも頷ける。ハリウッドが入れ物だけになった。それはホドロフスキーの指摘通り。
理想高き孤独な芸術家ホドロフスキー。彼はカネでは得られないものを求めて冒険している。でもそれも理想。現実はカネがなければ、映画も作れない。その理想と現実の折り合いのつかなさが、ホドロフスキーの魅力。成功の間際に立っていながらも、それを拒む潔癖さ。そりゃあハリウッドから嫌われる。リスクの高い冒険だ。
『DUNE』はのちにデヴィッド・リンチが監督して映画化している。公開当時、自分もこの映画を観たけれど、恐ろしくつまらなくて、もう一度観るのが怖いくらい。
今度、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督でリメイクするらしいし。地雷臭の企画に思えてならない。呪われた原作。でも自分はきっとヴィルヌーヴ版『DUNE』、観ちゃうんだろうな。SF好きの性(さが)が悲しい。
ヴィルヌーヴ版の『DUNE』がもし面白かったとしても、ホドロフスキーが最初に描こうとした『DUNE』の企画意図とそれは別物。
ホドロフスキー版の『DUNE』は、永遠に成仏することない。ハリウッドを漂い続ける魂になったのだろう。なんとも不気味。くわばらくわばら。
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