*

『ホドロフスキーのDUNE』 伝説の穴

公開日: : 最終更新日:2021/02/28 アニメ, 映画:タ行, 映画:ハ行, , 音楽

アレハンドロ・ホドロフスキー監督がSF小説の『DUNE 砂の惑星』の映画化に失敗したというのは、SF映画ファンの中では有名な話。でもその詳細はよく知らない。そこのところを、監督本人のインタビューをメインに構成したのが、このドキュメンタリー映画『ホドロフスキーのDUNE』。

ホドロフスキー監督といえば、『エルトポ』や『ホーリーマウンテン』などの作品が有名。自分はミニシアターブームの80年代後半に、復刻上映で知った。当時『エルトポ』は、ジョン・レノンがあまりに気に入りすぎて映画の版権を買い取り、一般公開が制限されたとか言われてた。

自分が初めてホドロフスキー映画に触れたのは10代の頃。もっとも多感で、分別もつき始めた年代だ。このシュールでアバンギャルド、暴力とエロスと笑いが混在する世界観に戸惑った。これがカルトムービーというものなのか!

『ホドロフスキーのDUNE』の冒頭、監督の映画企画意図として「ドラッグに頼らないトリップ感覚を、映画で表現したい」と言っていた。この言葉で、ホドロフスキーの他の映画が示すよう、完成された映画の姿がはっきりイメージできた。難解と思われていたホドロフスキーの作品も、とてもわかりやすく紐解いてくれる。観客は純粋に怖がって笑えばいい。

ドキュメンターのインタビューに答えるホドロフスキー監督は、ハンサムでとても明るくパワフル。魅力的な人物。カリスマ性という言葉が当てはまる人。この人にだったらついていきたいと思ってしまう。作品の印象から、怖い人なのかと先入観を抱いてしまいがち。でも彼の発する言葉の一つひとつは、とても明快でわかりやすい。多くの人が大好きになってしまいそうな人だ。それゆえの危うさ。

とかく暴力を扱った作品の作者というのは、心優しい好感のもてる人が多い。暴力と向き合うことで、己の中の悪を浄化しようとしてるのかもしれない。自分の中の凶暴性に正直だからこそ、自分にも他人にも親切になれる。綺麗事はそこにはない。

むしろ生温く甘ったるい世界ばかりを描いている人は怪しい。邪悪なものを感じる。ホドロフスキーは、簡素でわかりやすい言葉で高尚な世界に導いている。

ホドロフスキーが企画途中の映画『DUNE』のスタッフキャストを世界中から集めてくる。いま振り返ると、みんなハリウッドの名だたる巨匠ばかり。ただ、この時はみな無名のアーティスト。ホドロフスキーの人を見る目の確かさが伺える。人選の基準が「有名人だから集めてみました」では、興醒めもいいところ。

興味深いエピソードでは、『2001年宇宙の旅』で大成功したダグラス・トランブルを振ったところ。「君はただの技術者だ。僕が欲しいのは芸術家だ」とバッサリ。なんとも痛快。

結果として映画『DUNE』は、撮影寸前でハリウッドから中止命令が下る。ドキュメンタリーを見る限りでは、もしこの映画が完成していたら、映画史に残る名作が生まれていたに違いないと、残念に思う。

プリプロダクションの段階で終わった『DUNE』の資料は、どこかの映画で見たものばかり。のちに製作される多くのハリウッドSF映画に、ホドロフスキー版『DUNE』の遺伝子が影響されて生きている。完成しなかった映画だからこそ、今まだ作り続けられている映画なのかもしれない。あの映画もこの映画も、ホドロフスキーの息がかかっている。

これだけ凄そうな映画企画なのに、なぜ実現しなかったのだろう? ドキュメンタリーは、ホドロフスキー目線なので、そこのところはよくわからない。結果的にハリウッドは、ホドロフスキーだけを弾いたことになる。ハリウッドはホドロフスキーを危険視したとしか思えない。

そういえば80年代にホドロフスキーは、日本の『風の谷のナウシカ』や、『AKIRA』の実写映画化権が欲しいと言っていたような。それらの作品がまだ世界で評価される前のこと。マンガの実写化なんて、まだ誰も考えていない時代。なんて先見の明があったのか。いや、早すぎて周囲が理解できなかったのかも。

ホドロフスキーはこのドキュメンタリーの中で、「自分がやりたいのは金儲けではない。芸術がやりたいのだ。そのために貧乏したって、命をへずったっていい」と言っている。なんとも高尚だし、それくらいの意気込みがなければ名作は生まれない。

ホドロフスキーは、ハリウッドの拝金主義を大いに批判している。実際、いまのハリウッドでは、芸術性よりも生産性の方が求められている。芸術家タイプのクリエーターは早々にハリウッドを後にする。残る人材は、従順に使いか、割り切った人たちだろう。夢の都ハリウッドも、カネの帝国となった。パワハラとセクハラの巣窟。夢もつい果てた。外国映画がアカデミー賞を獲るのも頷ける。ハリウッドが入れ物だけになった。それはホドロフスキーの指摘通り。

理想高き孤独な芸術家ホドロフスキー。彼はカネでは得られないものを求めて冒険している。でもそれも理想。現実はカネがなければ、映画も作れない。その理想と現実の折り合いのつかなさが、ホドロフスキーの魅力。成功の間際に立っていながらも、それを拒む潔癖さ。そりゃあハリウッドから嫌われる。リスクの高い冒険だ。

『DUNE』はのちにデヴィッド・リンチが監督して映画化している。公開当時、自分もこの映画を観たけれど、恐ろしくつまらなくて、もう一度観るのが怖いくらい。

今度、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督でリメイクするらしいし。地雷臭の企画に思えてならない。呪われた原作。でも自分はきっとヴィルヌーヴ版『DUNE』、観ちゃうんだろうな。SF好きの性(さが)が悲しい。

ヴィルヌーヴ版の『DUNE』がもし面白かったとしても、ホドロフスキーが最初に描こうとした『DUNE』の企画意図とそれは別物。

ホドロフスキー版の『DUNE』は、永遠に成仏することない。ハリウッドを漂い続ける魂になったのだろう。なんとも不気味。くわばらくわばら。

関連記事

『ヒミズ』 闇のスパイラルは想像力で打開せよ!

園子温監督作品の評判は、どこへ行っても聞かされる。自分も園子温監督の存在は『ぴあフィルムフェ

記事を読む

『この世界の片隅に』 逆境でも笑って生きていく勇気

小学生の頃、社会の日本近代史の授業で学校の先生が教えてくれた。「第二次大戦中は、今と教育が違

記事を読む

『ワンダーウーマン1984』 あの時代を知っている

ガル・ガドット主演、パティ・ジェンキンス監督のコンビでシリーズ第2作目になる『ワンダーウーマ

記事を読む

『ブレイブハート』 歴史は語り部によって変化する

Amazonプライムでメル・ギブソン監督主演の『ブレイブハート』が配信された。映画『ブレイブ

記事を読む

『フェイブルマンズ』 映画は人生を狂わすか?

スティーヴン・スピルバーグ監督の自伝的映画『フェイブルマンズ』が評判がいい。映画賞も賑わせて

記事を読む

『ブリグズビー・ベア』隔離されたハッピーな夢

シニカルコメディの『ブリグズリー・ベア』。赤ん坊の頃に誘拐された青年が、25年ぶりに解放され

記事を読む

『風立ちぬ』 憂いに沈んだ未来予想図

映画『風立ちぬ』、 Blu-rayになったので観直しました。 この映画、家族には不評

記事を読む

『TOMORROW 明日』 忘れがちな長崎のこと

本日8月9日は長崎の原爆の日。 とかく原爆といえば広島ばかりが とりざたされますが、

記事を読む

『TAR ター』 天才やらかしあるある

賛否両論話題となっている映画『ター』。世界的な最高の地位を得た天才指揮者リディア・ターの目を

記事を読む

『シェイプ・オブ・ウォーター』懐古趣味は進むよどこまでも

今年2018年のアカデミー賞の主要部門を獲得したギレルモ・デル・トロ監督の『シェイプ・オブ・

記事を読む

『夜明けのすべて』 嫌な奴の理由

三宅唱監督の『夜明けのすべて』が、自分のSNSのTLでよく話題

『きみの色』 それぞれの神さま

山田尚子監督の新作アニメ映画『きみの色』。自分は山田尚子監督の

『ベルサイユのばら(1979年)』 歴史はくり返す?

『ベルサイユのばら』のアニメ版がリブートされるとのこと。どうし

『窓ぎわのトットちゃん』 他を思うとき自由になれる

黒柳徹子さんの自伝小説『窓ぎわのトットちゃん』がアニメ化される

『チャレンジャーズ』 重要なのは結果よりプロセス!

ゼンデイヤ主演のテニス映画『チャレンジャーズ』が面白いとネット

→もっと見る

PAGE TOP ↑