*

『さとうきび畑の唄』こんなことのために生まれたんじゃない

公開日: : 最終更新日:2019/06/13 ドラマ, 音楽

 

70年前の6月23日は第二次世界大戦中、日本で最も激しい地上戦となった沖縄戦が終了した日だそうです。毎年沖縄では戦没者追悼式が沖縄平和祈念公園にて行われますが、今年は例年よりかなりメディアでとりあげられているように感じます。戦後70年という節目もあるけれど、日本人が今、戦争と平和について関心が高まっているのでしょう。

このドラマ『さとうきび畑の唄』はTBSで2003年に放送したもので、森山良子さんの楽曲『さとうきび畑』から着想して、当時の戦場の様子を調査して脚本を仕上げたと聞きます。森山良子さんの歌う『さとうきび畑』は、沖縄戦で父を亡くした想いを歌う10分もある大作曲です。NHKの『みんなのうた』で有名な曲らしいのですが、この曲を森山さんがつくるとき「こういった深刻なテーマから逃げて、耳あたりの良い恋愛の歌ばかり歌っていてはいけない」と覚悟を決めて作ったとのことです。本当に感心してしまいます。その覚悟の曲があってこそその後、耳あたりの良い歌を作ったとしても、それは意味が変わってくることでしょう。

ドラマはオールスターキャストの豪華な顔ぶれ。主人公の明石家さんまさんは、普段どおりの大阪弁の演技。大阪から沖縄に駆け落ちしてきた夫婦の設定だったが、この設定により沖縄戦の地獄が、沖縄だけの問題ではないということを視聴者に認識させる工夫としても機能している。日本のテレビドラマとは思えないくらい、戦争の場面は残酷な描写で描かれていきます。そこではおじいもおばあも子どもも女性も、もちろん兵隊も死んでいきます。肢体がちぎれて人が死ぬ。殺した相手の死体に何度も何度も銃剣を刺している兵、自殺を共用する日本兵……。民間人の殆どが日本軍の兵隊に自殺を強要されて死んだということ。戦争下において、勝っても負けても生きてかえってはいけないという『一億総玉砕』。どれもこれも気が滅入る悲惨なエピソード。作り手の本気が伺えます。この残酷描写には意味がある。これでテレビ局にクレーム入れるのなら、その受け手に問題があると感じます。制作者の真摯な意図を汲み取る力が問われます。

この作品の主人公はカメラマン。望まぬ戦場に駆りだされ、戦争行為を強制されます。降伏してきた米兵を殺せとの上官の命令を断固として断ります。「こんなことをするために生まれたわけじゃない」と。たとえ自分が殺されても、相手を殺さない。『反戦』よりももっと強い『非戦』の意思。戦争はイヤだけれど、戦争反対だけではなく、もっと積極的な考え方。戦争をしないということの勇気を知らせてくれるドラマでした。この主人公が残したカメラのフィルムには、人々の笑顔ばかりが記録されています。地獄の戦場の写真とは思えない笑顔の数々。今はもういない人の笑顔もたくさんある。

人生にはさまざまな不幸があります。その中で最も究極の不幸が戦争状況下に生きること。不幸の多くは自身の努力や、心の持ち方でなんらかの活路を見出すことがてきるかも知れない。しかし戦争下となってしまったら、もう個人がどんなに努力しても報われることはない。

沖縄平和祈念公園には、この沖縄戦の犠牲者の名前が記されている。以前観光でその地におもむいたとき、この膨大な名前の記録に圧倒されたことを覚えている。そして『ひめゆりの塔祈念館』へ行ったとき、そこへ勤務しているおばあさんが『鉄の雨』の話をしてくれたこと。『鉄の雨』とは海の向こうの米戦艦から地上へ向けてのミサイル一斉掃射。これを受けて人が生きていられるわけがない。このおばあさんはそれをみてきた人なんだと、身近に戦争を感じました。

このドラマが過去の出来事を伝えるものであって欲しい。くれぐれも未来への黙示録にならないで欲しいと願うばかりです。

関連記事

『パラサイト 半地下の家族』 国境を越えた多様性韓流エンタメ

ここのところの韓流エンターテイメントのパワーがすごい。音楽ではBTSが、アメリカのビルボード

記事を読む

no image

王道、いや黄金の道『荒木飛呂彦の漫画術』

  荒木飛呂彦さんと言えば『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズの漫画家さん。自分は少年ジ

記事を読む

『ワンダヴィジョン』 おのれの感覚を疑え!

このコロナ禍で映画に接する意識がすっかり変わってしまった。今まで映画は映画館で鑑賞するものと

記事を読む

no image

『マルモのおきて』育児は楽しい事ばかりじゃない

  先日も新作スペシャル版が放送されていた 『マルモのおきて』。 芦田愛菜ち

記事を読む

no image

『アトミック・ブロンド』時代の転機をどう乗り越えるか

シャーリーズ・セロン主演のスパイ・アクション映画『アトミック・ブロンド』。映画の舞台は東西ベルリンの

記事を読む

『デザイナー渋井直人の休日』カワイイおじさんという生き方

テレビドラマ『デザイナー渋井直人の休日』が面白い。自分と同業のグラフィックデザイナーの50代

記事を読む

『バグダッド・カフェ』 同じ映像、違う見え方

いつまでも あると思うな 動画配信。 AmazonプライムビデオとU-NEXTで配信中

記事を読む

『デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・デイドリーム』 スターの魂との距離は永遠なれ

デヴィッド・ボウイの伝記映画『ムーンエイジ・デイドリーム』が話題となった。IMAXやDolb

記事を読む

『イエスタデイ』 成功と選ばなかった道

ネットがすっかり生活に浸透した現代だからこそ、さまざまな情報に手が届いてしまう。疎遠になった

記事を読む

『うる星やつら 完結編』 非モテ男のとほほな詭弁

2022年の元日に『うる星やつら』のアニメのリメイク版制作の発表があった。主人公のラムが鬼族

記事を読む

『新幹線大爆破(Netflix)』 企業がつくる虚構と現実

公開前から話題になっていたNetflixの『新幹線大爆破』。自

『ラストエンペラー オリジナル全長版」 渡る世間はカネ次第

『ラストエンペラー』の長尺版が配信されていた。この映画は坂本龍

『アドレセンス』 凶悪犯罪・ザ・ライド

Netflixの連続シリーズ『アドレセンス』の公開開始時、にわ

『HAPPYEND』 モヤモヤしながら生きていく

空音央監督の長編フィクション第1作『HAPPYEND』。空音央

『メダリスト』 障害と才能と

映像配信のサブスクで何度も勧めてくる萌えアニメの作品がある。自

→もっと見る

PAGE TOP ↑