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『映画から見える世界 上野千鶴子著』ジェンダーを意識した未来を

公開日: : 最終更新日:2020/03/03 映画,

図書館の映画コーナーをフラついていたら、社会学者の上野千鶴子さんが書いた映画評集を見つけた。『映画から見える世界―観なくても楽しめる、ちづこ流シネマガイド』。

上野千鶴子さんって、あのフェミニストの先生だよね。映画評とかも書くんだ。さてどんな映画をセレクトしているのかしらと興味がそそる。

ページを開けてみると、ことごとく自分が観ていない作品ばかりで笑えてきた。本書の中でご本人も「私は地味な映画ばかり選んでしまう」と書いているので、その通りなのだろう。読み進めていくうちに、「あ、この映画観たわ」という作品もいくつかあった。自分も映画は結構観ているほうだと思っていたが、まだまだ若輩だった。

要するに自分は派手な映画ばかりにとらわれていて、なかなか大人っぽい作品はセレクトしていないのだ。歯に絹着せぬフェミニストから観る映画というのはどんなものか、楽しくなってきた。

タイムリーにもTBSの『情熱大陸』で、上野千鶴子さんが特集されていた。今年の春に東大の入学式での祝辞が話題の中心になる。それは「頭のいい女性はものすごい差別にあうし、生きづらさを感じるよ。覚悟して進もう!」というものだった。

この祝辞の反響は、東大生だけにとどまらず、SNSを通じて、多くの人の心に響いた。もちろん賛否両論。「私は東大に忖度して、一石を投じたまでよ」とあっさり言う上野千鶴子さんがカッコいい。自分は、上野千鶴子さんの「過激な祝辞」は、騒がれるほど「過激な」ものとは感じなかった。

最近『東大を出たあの子は幸せになったのか~「頭のいい女子」のその後を追った』という樋田敦子さんの本を読んだばかりだったので、高学歴女子への世間の風当たりの前知識があったからかもしれない。

樋田さんの本は、電通で過労自死された高橋まつりさんの件に始まり、さまざまな東大女子の卒業後の人生をインタビュー形式で追っている。

「学歴なんて必要ない」とバブリーな人たちはよく口にするが、やはり学歴は、ないよりあった方が人生の選択肢が増える。優秀な仲間もできるだろうし、たとえつまづいたとしても、立ち上がる方法を見出す力もついている。本来勉強とはそういうものだ。

東大卒生の本を読んで思ったのは、エリートになったからには、同じようなレベルの人たちが集まるところに進んだ人の方が、生きづらさを感じずに邁進していけると感じたこと。学歴格差のある職場では、コンプレックスのある人からの立ち回りで、余計な労力を使ってしまい振り回されてしまう。それでは本人の能力が発揮できない。これは本人だけでなく、社会からも損失だ。

自分も女子の親でなければ、ジェンダーの問題には興味が湧かなかったかもしれない。

成人してから知って驚いたのは、女性のほとんどが通勤電車で痴漢の被害にあっているとうこと。痴漢行為は犯罪だし、多くの男性はそんなことはしない。だから男の自分には、まったく関係のないことだと思っていた。そんな理不尽な目にあっていたら、そりゃあ男嫌いにも男性不信にもなる。男が見てる世界と女が見てる世界は違う。ジェンダー問題は身近なことだ。

フェミニストの上野千鶴子さんということで、「男憎し!」の人なのかと思いきや、「あの男優さんタイプだわ」とか女子高生みたいなことも言ってたりする。チャーミングだ。要するに上野さんは「男性が嫌い」なのではなく、「女性に優しくない社会や人」が嫌いなのだと。至極まっとう。

「私は自分には興味がない。自分のことなんて、自分自身だってわからないでしょ? だから社会学者になった。自分に興味がある人は小説とか書くんでしょ?」とは『情熱大陸』の中での上野さんの言葉。

小説やら映画を下に見るような意見にも感じるが、この本『映画から見える世界』を読んでいると、文章からは映画愛が満ち溢れている。創作物語が好きだからこその、突き放した言葉なのだろう。のめり込まないことの重要性。周りが見えなくなってしまわないように。

映画というものは多くの人が携わって作っていくものなのに、監督の名前で選んでしまう。作品にはその監督の色や体温が感じられる。

映画監督は圧倒的に男性が多い。21世紀の現代でさえ、「女流監督」というと珍しく感じてしまう。いや実際珍しいのだ。世の中に氾濫するメディア作品は、ほとんど男目線でつくられている。女性搾取的な表現があったとしても、なんとなく我々は慣らされてしまっている。海外の人が日本に旅行に来て、カルチャー・ショックを受けたなんて話もよく聞く。

自分もそろそろ男目線の作品は飽きたかな。近年のジェンダー論の流行で、ちょっと前まではOKだった表現も、眉をひそめるものにもなってきた。「昔は平気でこんなことみんな言ってたのよ」と、歴史に恥ずかしい表現にならないように作り手も意識して欲しい。

上野千鶴子さんの映画評は、映画は楽しみ方の手引書でもあり、ジェンダー論を考える入門書にもなっている。『クロワッサン・プレミアム』に連載されていたものの書籍化ということで、扱っている映画の製作年が2005〜2012年くらいに偏っている。もっと多くの作品での上野千鶴子映画評も読んでみたい。映画評論家の映画評よりおもしろいかも? もちろんそれは本職ではないからこその視点だからなんだろうけど。この本の続編やらないかな?

『映画から見える世界』を読んだ後は、この本で取り上げられた作品をぜんぶ観てみたくなる。以前観た作品も観直したい。とりあえず印象に残った作品をシラミ潰しに観てみよう。映画を選ぶ視野が広がったようで、とても嬉しい。

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