*

『アンブロークン 不屈の男』 昔の日本のアニメをみるような戦争映画

公開日: : 最終更新日:2021/04/18 アニメ, 映画:ア行, 映画:ハ行, 映画館

ハリウッド女優のアンジェリーナ・ジョリーが監督する戦争映画『アンブロークン』。日本公開前に、抗日映画だとネットなどで大炎上したことばかりが記憶に残る。このまま日本公開は打切りかと思っていたが、そのあとひっそりとイメージフォーラムなどで単館公開されていった。

すっかり忘れ去っていた映画だったが、電気量販店のAVアンプコーナーに行くと、視聴用デモンストレーション映像で何度もみかけるようになった。一時は日本公開も危ぶまれた作品が、こうもたやすく公の場で観れるようになった。あの炎上はいったい何だったのだろう?

アンプのデモ用に使われる映画なら、さぞハイテクを駆使した映画なのだろうと、鑑賞してみることにした。デモ用の映像は、まさに映画の冒頭部の、日本軍基地への空爆の場面だった。

脚本はコーエン兄弟。撮影はコーエン兄弟映画の常連で、先日念願のオスカー受賞したロジャー・ディーキンス。意外にも主題歌はコールドプレイ。ミニシアターでかかるようなアート系の映画ではなく、ハリウッドの王道のコテコテ英雄譚なのだ。それこそシネコン向き。

実在したオリンピックの陸上選手ルイ・ザンペリーニの第二次大戦中の苦労談を、エンターテイメント作品に仕上げてる。本作での敵は大日本帝国だ。だからといって抗日的な映画とは感じなかった。

映画は事実に基づいた戦争映画。シリアスな題材だし、緊張感ある場面の連続でもある。だけどなんだか自分の印象は、昔の日本のミリタリー系のアニメを観たときの感覚に似ている。サンライズがつくるリアル・ロボットものや、松本零士さんのコンバットものみたいな硬派なヤツ。戦闘シーンにCGをふんだんに使ってるからかも。

アンジーの演出は、まったく女っ気がない。戦う女が共感した不屈の男。近年のハリウッドが大好きな、英雄を讃える映画だ。テーマがシンプルだからこそ、戦争映画なのに軽い印象を受けるのだろう。抗日映画ではないけれど、右傾エンタメなのには間違いない。だからこそ、日本のネトウヨたちが、まだ映画を観る前からビビッと反応したのかもしれない。

あえて言うなら、日本が悪というより、戦争の悪質性を訴えている。戦争は被害者にもなるが、加害者にもなる。正義のための戦争などない。主人公ルイが、日本兵に酷い目にあわされながらも、日本自体を恨んではいないのが特徴的だ。

映画好きな海外の人と喋ったりすると、好きなものが同じだったり、似たような人生観だったりする。自分のつたない英語力でも、深く親しみを感じたりすることがある。言葉を越えて、人同士が繋がる瞬間。

でも時代が違ったり、ひとたび国同士が戦争を始めてしまったら、この人たちと殺し合わなければならなくなるのかと想像したら怖くなる。友だちになれる相手なのにだ。

そしてなんといってもこの映画のいちばんのみどころは、日本軍の捕虜収容所の所長を演じたミュージシャンのMIYAVIさん。ルイをはじめ、米兵捕虜たちを虐待しまくる。ものすごい邪悪な存在を怪演してる。この映画を観てる観客すべてに憎まれるであろうヒール役だ。そこにいるだけで、ヘドが出るほどイヤな感じがするんだからすごい。もうすべてこの人の存在に持っていかれてしまった。

MIYAVIさんが演じた、最低の軍人も実在した人。2003年没となってるから、つい最近まで存命だった。『アンブロークン』は、事実を基にはしているが、あくまでフィクション。脚色もされているだろう。戦争体験は、まともな人間さえ狂わせるが、ここまで悪人に描かれていて、遺族もよく承諾したものだ。

シリアスな戦争映画だけど、どこかコミカルで、アニメ的な表現をしているのは、アンジーはじめ製作スタッフの余裕なのか、はたまた不謹慎なだけなのか。とにかくアメリカはいろんな意味で懐が深いということだ。

関連記事

『愛がなんだ』 さらば自己肯定感

2019年の日本映画『愛がなんだ』が、若い女性を中心にヒットしていたという噂は、よく耳にして

記事を読む

『ヒックとドラゴン/聖地への冒険』 変わっていく主人公

いまEテレで、テレビシリーズの『ヒックとドラゴン』が放送されている。小学生の息子が毎週それを

記事を読む

『ふがいない僕は空を見た』 他人の恋路になぜ厳しい?

デンマークの監督ラース・フォン・トリアーは ノルウェーでポルノの合法化の活動の際、発言して

記事を読む

『なつぞら』自分の人生とは関係ないドラマのはずだったのに……

「アニメーターってなによ?」7歳になる息子が、NHK朝の連続テレビ小説『なつぞら』の番宣での

記事を読む

no image

『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』ある意味これもゾンビ映画

『スターウォーズ』の実写初のスピンオフ作品『ローグ・ワン』。自分は『スターウォーズ』の大ファンだけど

記事を読む

『スター・ウォーズ/スカイ・ウォーカーの夜明け』映画の終焉と未来

『スターウォーズ』が終わってしまった! シリーズ第1作が公開されたのは1977年。小学

記事を読む

no image

『カーズ/クロスロード』もしかしてこれもナショナリズム?

昨年2017年に公開されたピクサーアニメ『カーズ/クロスロード』。原題はシンプルに『Cars 3』。

記事を読む

no image

低予算か大作か?よくわからない映画『クロニクル』

  ダメダメ高校生三人組が、未知の物体と遭遇して 超能力を身につけるというSFもの

記事を読む

no image

『アバター』観客に甘い作品は、のびしろをくれない

ジェイムズ・キャメロン監督の世界的大ヒット作『アバター』。あんなにヒットしたのに、もう誰もそのタイト

記事を読む

no image

『世界の中心で、愛をさけぶ』 フラグ付きで安定の涙

  新作『海街diary』も好調の長澤まさみさんの出世作『世界の中心で、愛をさけぶ』

記事を読む

『チェンソーマン レゼ編』 いつしかマトモに惹かされて

〈本ブログはネタバレを含みます〉 アニメ版の『チ

『アバウト・タイム 愛おしい時間について』 普通に生きるという特殊能力

リチャード・カーティス監督の『アバウト・タイム』は、ときどき話

『ヒックとドラゴン(2025年)』 自分の居場所をつくる方法

アメリカのアニメスタジオ・ドリームワークス制作の『ヒックとドラ

『世にも怪奇な物語』 怪奇現象と幻覚

『世にも怪奇な物語』と聞くと、フジテレビで不定期に放送している

『大長編 タローマン 万博大爆発』 脳がバグる本気の厨二病悪夢

『タローマン』の映画を観に行ってしまった。そもそも『タローマン

→もっと見る

PAGE TOP ↑