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『1917 命をかけた伝令』戦争映画は平和だからこそ観れる

公開日: : 映画:ア行

コロナ禍の影響で『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』の公開が当初の予定から約一年後の4月に一応決定した。ダニエル・クレイグがジェイムズ・ボンドを演じるのはこれが最後と言われている。そういえばクレイグ版の007は連作だった。いままでどんな展開だったのかすっかり忘れてしまった。クレイグ007の一作目『カジノ・ロワイヤル』から観直してみたくなった。

『007 スカイフォール』と『007 スペクター』は、2作連続サム・メンデスが監督している。アカデミー受賞の映像派監督が、人気アクション映画を監督するのも珍しかったし、007シリーズでメガホンを続投する監督も珍しかった。さすがに3作連続とはいかなかった。

なんとなく気になっていた『1917 命をかけた伝令』。これもサム・メンデスの監督作。なんだかサム・メンデス祭りになってしまった。『命をかけた伝令』というのは、もちろん邦題だけについている。類似タイトルとの区別化のためだろう。あまり文句は言うまい。

『1917』は、第一次大戦をイギリス側の目線で描いた戦争映画。映像派のサム・メンデスらしく、1カットの長回しにみえる演出法。この方法によって、観客はあたかも戦場にいるかのような没入感を感じる。これは怖い。寝る前にこの映画を観ていたら、すっかり眠れなくなってしまった。

以前プロジェクターに興味があって、あちこち店巡りをしていたときがあった。そのデモンストレーション用の映像のほとんどは、アクション映画やSF映画の見せ場や音楽コンサートの中継。「大画面でゲームができると楽しいですよ」と、店員さんがシューティングゲームの映像を流してくれた。戦場にいる兵士の目線で、爆発や狙撃を交わしながら前進していく。敵兵と出会したら銃撃戦になる。もちろん相手を倒さなければ、その面はクリアできない。臨場感がありすぎる。そのゲームは、血が噴き出たりするような残酷描写はなかったけれど、人を殺す場面では自分の脳から何か麻薬のようなものが吹き出している感覚があった。戦場とはこういった場所なのか。だんだん気分が悪くなってきた。

戦争映画とホラー映画の感覚は似ている。突然狙撃されたり爆発が起こったりしてびっくりする。敵兵に追いかけられる恐怖は、ゾンビ映画の感覚に似ている。そしてホラー映画映画はポルノに似ている。刺激的な映像で、脳内麻薬が分泌する。中毒性があって、どんどんこの世界観にのめり込んでいってしまう。いくら似たような刺激のジャンルだからといって、戦争映画とポルノが同じ路線にのるのはイヤだな。戦争描写に刺激を求めたくはない。

この『1917』は、ゲーム映像に似た感覚がある。このバーチャル戦場は、戦争経験者からしたらPTSDの発作を呼び起こしてしまいそうだ。戦争映画は、戦争を経験していない人だからこそ楽しめるジャンル。戦争体験のある人にしてみれば、二度と経験したくない出来事のはずだ。

ふとアウシュビッツのザンダーコマンダーの視点で描かれた『サウルの息子』を思い出す。カメラは主人公のサウルの表情を正面から追い続ける。画面はブラウン管時代のスタンダードサイズ。サウルの背後には地獄絵図が広がっているだろうが、映像はそれを捉えることはない。逆に音声はサラウンド効果をふんだんに活かした演出をしている。一人称で描かれる、ハイテク戦場描写。ともすれば不謹慎とバッシングされそうな技術映画。『1917』と『サウルの息子』のアイデアの源は近い。

戦争体験者が描く作品には、悲しみと怒りが根底にある。戦後派というか、戦争を知らない作家は、戦争という地獄を、いかに冷静に捉えるかに焦点をおく。平和だからこそ生まれてくる表現もある。

サム・メンデスは、戦争に行った祖父から聞いた話からこの映画に着想したらしい。初めは祖父に対する敬意から始まっただろう。祖父に喜んでもらいたい映画をつくるぞと。

映像派のサム・メンデスは、ここで単純に戦争映画をつくっても、すぐ観客に忘れ去られてしまうのを恐れただろう。技術屋としては、実験的な演出を映画の中に取り入れたい。ワンカットで進んでいくこの映画。観客は画面の中に入り込んで、スルスルと戦場の恐怖体験を擬似的に付き合わされる。映画のファーストショットとラストショットを似せているのも皮肉。この2時間弱のワンカット風演出の中で、観客の我々はいろいろな擬似体験をさせられた。

劇中で指揮官が言っていた「今日死ぬつもりだったが、命令中止で先延ばしになっただけだ」と。地獄が終わっても、地獄はまだ続く。戦争とはそんなもの。映画はひとときの夢。観客としてはこの悪夢が覚めて本当によかったと実感する。

サム・メンデス監督の祖父はすでに他界されているらしい。もしこの映画を彼が観ていたら、どんな感想を抱いただろうか。サム・メンデスは、むしろ祖父が故人だったからこそこの映画を製作しようと思ったのかも知れない。映画は多くの人に事象を伝える道具になるが、軽薄にもなりかねない。まったく諸刃の刃とはこのことだ。

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